本章 1-4 ライリアーナの針
ライリアーナはその夜眠れなかった。
(こんなに心が揺さぶられたのはどれくらいぶりになるのかしら)
そう、お母様が亡くなったと聞かされたあの夜からかもしれない。
あの夜のことは忘れようとしても忘れられない。
お母様のお気に入りだったバラ園はわたくしも大好きだった。
バラ園の東屋でよくお母様とアフタヌーンティーを楽しんだ。
スコーンにバラのジャムとクロテッドクリームをたくさん塗って食べた。
わたくしが幸せな気分で甘いスコーンを食べていると、お母様がほっぺたについたジャムをナプキンで拭ってくれた。
お母様の優しい声と温かい手のひら。
あれがわたくしの中で唯一の愛されていたと確信できる、穏やかで静かな時間。
その東屋に伸びた石畳の上でお母様は亡くなっていたのだと聞いた。
わたくしが大好きだったスコーンとバラのジャムとクロテッドクリームの入ったバスケットが側に転がっていたという。
首を切られて飛び散った鮮血と共に。
この話を亡くなったお母様の亡骸の前でお母様の侍女から聞いた。
お母様の大好きなバラを棺に入れたが、入れられたバラは全て白だった。
お母様の好きなバラは真紅だった。
けれど死んだ状況を考えると赤を添えることはできなかったのだ。
その頃からわたくしの世界から色がなくなってしまったように思う。
けれど今日サリシアの挑戦的なあの瞳を見た瞬間に世界が色鮮やかに姿を変えたように思える。
胸がざわつく。
わたくしは久しぶりにわたくしを、カルカイザという家ではなく、わたくし自身を他人に認識され、そして感情をぶつけられた。
それが…これほどまでに血が沸き立つような感覚に陥るなんて…!!
カルカイザ家に迎えられてから、わたくしは家の駒に過ぎなかった。
それに対してわたくしにはどうしようもできないし、貴族として生まれたからにはそれは受け入れて当たり前で、知識や国交、持ち合わせた能力を国に捧げ、発展させ、国を栄えさせ民の生活を守る。
役割を果たすことでわたくしはこの国に生かされている。
わたくしという存在が国のため、家のためになるのならそのことに神経を注ぎ、わたくしの生涯をかけなければならない。
そう教育され、それが真実だと信じてきた。
けれど…それは『生きている』ということとは全く違うものだったのだわ!
たしかにわたくしにもやりたいことはある。
カルカイザ家は王国の中で力を持ち過ぎ、その権力は王族さえ凌駕している。
わたくしはそのいびつなカルカイザのあり方をいつかは正したいと考えているが、今はまだその時ではない。
とにかく今はまだわたくしは無力な小娘でしかないのだ。
そう思って…今までただひたすら勉強し、人を観察し、味方にできそうな人たちを選別してきた。
「友人」としてわたくしのそばにいてくれる彼女たちも例外ではない。
ベッドの天蓋を眺めていたライリアーナは眠ることを諦めて月明かりの差し込むベランダに近寄った。
「うつくしいわね…」
空に輝く星も月も、庭に咲き誇るバラも、こんなに美しかったのかと再認識させられる。
「世界は…こんなにも…」
サリシアの勝ち誇った顔、身体中に駆け巡る燃えるような感情。
生きている…!わたくしはこんな感情を持っていたのだわ…!
この時、初めてライリアーナの針が時を刻み始めたのだ。
遅くなりました。
仕事が立て込んで全然小説書く余裕がなかったです。
ゆっくりと進めます。