表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

ライリアーナの章

ライリアーナ・シャロン・カルカイザ公爵令嬢 16歳。

王立マテルシア学園3年生である。


ライリアーナはカルカイザ家の長女だ。

兄弟は兄が2人いる。

長男は公爵家の跡継ぎとして、現在領主の仕事を手伝っていた。

次男は王立マテルシア学園、6年生で生徒会長をしており、来年卒業を控えているが、その後は城勤めで父の宰相の秘書として入ることが決まっている。


カルカイザ公爵家はマテルシア王国において唯一無二の貴族であり、マテルシアでは王族以上の権力を持っていると噂されている。


ライリアーナはカイラス王子と婚約中で、その関係はカイラスが立太子した8年前から決まっていた。

カルカイザ公爵家のリアナ公爵夫人は元は第3王女で、シークス・カルカイザ公爵とはやはり幼少の頃から結婚が決められていた。

王族はカルカイザ家と深く繋がり、カルカイザはその血の繋がりを重要視していた。


「お兄様、おはようございます」

邸宅の廊下を侍女と歩いていたライリアーナは長男のクリストフェルとばったり出会い、挨拶した。

「………」

フイっと視線をそらして立ち去るクリストフェル。

じっと見ていた侍女がため息混じりに進言する。

「恐れながらお嬢様、クリストフェル様はお嬢様よりお立場は上かと思います。ご挨拶はクリストフェル様からのお声がけをお待ちになられた方がよろしいかと。」

「分かっててやってるのよ」

ニッコリと柔らかく微笑むライリアーナ。

眉をひそめ、ため息をつく侍女。


(家族同士でまで身分階級での挨拶なんて馬鹿げてる)

(わたくしの母が侯爵家の令嬢だから何だというの?お父様の血を引いたれっきとしたカルカイザ公爵家の娘だわ。

お兄様達のお母様が元王族だからわたくしが格下?

なんてくだらないのかしら)


ライリアーナの記憶に眠る母の亡き骸。

それを思い出してもライリアーナの心は揺れることはない。


足を止め、窓の向こうに広がる空を見つめるライリアーナ。

(わたくしが王妃になったら、兄様達はわたくしの前で跪くのかしら)

(いいえ、彼らが跪くのはわたくしではなくカルカイザの血ね)

(あの人たちにとってわたくしはただのカルカイザ家の下僕)

(王家にカルカイザの血を入れる。

それこそが最も重要な関心事。

わたくしの意思など意味はないのだから)

「だからこそ…」

前を見て再び歩き出す。

高らかに足音が邸宅に響き渡る。


(この見苦しいまでの血へのこだわりを嘲笑ってみせる)



普段の朝食は各自の自室で取っている。

朝食後のティータイムにライリアーナの自室をリアナ夫人が顔を出した。

(珍しいわ)

やや驚くライリアーナにリアナは挨拶もせず要件だけ告げる。

「この度王妃様からお茶会に呼ばれたの。

  貴女のドレスを仕立てるので北の広間にいらっしゃい」

「今ですか?」

「ぐずぐずしないでちょうだい」と冷たく理不尽な返事が返ってくる。

(学校に行かなければならないのに…)

うんざりとした気持ちを隠し、城の北の塔に向かうライリアーナ。

普通王族からのお茶会は1ヶ月以上前に招待状が届く。

だがリアナはドレス選びの段階までライリアーナに告げることなく話を進める。

お茶会や舞踏会の参加はリアナがすべて取り仕切り、どのパーティーに行くか行かないかをライリアーナに告げる事はない。

意地悪をしている訳ではなく、必要がないから告げないのである。

カルカイザ家ではライリアーナは「公爵令嬢」という、コマのひとつでしかないのだ。

そこに親子の情愛など必要なかった。


「このドレスは少し幼いような気がするわ」

「そちらは派手すぎるわ」

仕立て屋の職人とメイド達に指示を出し、お茶会のドレスを品定めしていくリアナ。

ライリアーナはジッとして口もきかず、ひたすら着せ替え人形に徹する。

「ああ、このドレスがいいわ。布の素材が良いし、デザインも落ち着いていてお茶会にちょうど良いわ」

(さすがお継母様ね)

元王族であったリアナは茶会に最適なドレスを選ぶ。

(センスがいいわ)

満足げなリアナ。

美しく着飾ったライリアーナ。

リアナはあくまで効率を重視し、ライリアーナにそれ以上興味を持つ事はなかった。

(寂しくないわけではないわ)

(ただカルカイザ家の人たちに愛されたいとは思わない。

そんな感情とうに忘れてしまったわ)


カイラスが立太子すると決まった8年前

ライリアーナは母の元から強引にカルカイザ家に連れてこられた。

しばらく泣いて暮らしていたライリアーナの元に母の訃報が届いた。

侯爵家の庭先で何者かに殺害された。

美しく薔薇が咲き誇る庭で母の鮮血と赤い薔薇の花びらが石畳に散っていたのだという。


「そんな…どうして…」

ショックを受けたライリアーナは部屋から出なくなった。


だが公爵家にライリアーナを気遣う者は誰もいなかった。

何もなかったかのように、ライリアーナのお披露目パーティが開催された。


母の訃報に元気がなかったライリアーナはひと通り挨拶を終えた後、途中でパーティを退席した。

その退席を気にするものは誰もいなかった。


控え室のソファに横になって休んでいると貴婦人たちが入室してきて、噂話に花を咲かせた。

「ご存知?ライリアーナ様の実母の侯爵令嬢、お亡くなりになったでしょう?」

「聞きましたわ、賊に殺害されたらしいですわね」

「まあ、怖い」

「でも」

ここから声をひそめる。

「カルカイザ家の密偵が暗殺したって聞きましたわ」

「どうもライリアーナ様を取り戻そうと侯爵令嬢が動いていたのをカルカイザ公爵がお気付きになって手を回したそうですのよ」

「それは…カルカイザ公爵に逆らえばそうなりますわね」

チラリと壁際に佇むライリアーナの侍女を見る貴婦人。

ソファで横になっているライリアーナは貴婦人たちからはソファの背もたれに隠れた形になっていた。

なので彼女達は誰もいないと思っていた。

メイドだけだと油断して下世話な噂話で会話を楽しむ貴婦人たち。

その話をライリアーナが聞いてるとは知らず。


その日からライリアーナは泣かなくなった。

仄暗い光が瞳に宿り、カルカイザ家の令嬢として何事もなかったかのように過ごした。


ライリアーナは自分の無力を知ったのだ。

自分には何もできないことを。

母の死の真実を知ることも出来ないと。

(所詮はお母様の死も貴族達には面白おかしい噂話でしかないのね)

(わたしにはそれを咎める力もないのだわ)



そうして出会ったのは婚約者であるカイラス王子だった。


カイラスは王太子しとしては真っ直ぐな正義感の持ち主で、国王となるには少し頼りないところがあったが、婚約者としては特に問題はなかった。


学園の庭園にある東屋でライリアーナとカイラス王子は月に一度のお茶会をたのしんでいた。

「ライリアーナ、先日良い本を読んだのだ」

「まあ、どういった御本だったのですか?」

「他国の王が自国の危機を救う英雄譚だ。その王は実に素晴らしい人物で、尊敬に値する。私もかくありたい。」

少年らしい熱量で英雄譚を語るカイラス。

ライリアーナは微笑ましく、弟のように感じていた。

「殿下であればきっと成し得ますわ。

  いつも努力を惜しまない殿下なら必ず」

和やかな笑顔のライリアーナとカイラス。

側から見ると仲睦まじい恋人同士だが、ライリアーナはカイラスを決して名前では呼ばなかった。

(殿下は決して名前を呼べとは仰らない)

(王族の方達はカルカイザ家を好ましく思ってないもの。

当然の反応でしょうね)

空になったティーカップを静かに置くライリアーナ。

紅茶を注ごうと侍女が近寄るが、ライリアーナが軽く器を横にずらす。

ふたりきりのお茶会が終わる合図だ。

「殿下はこの後生徒会のご公務があると伺いました。

お忙しい中会っていただきありがとうございます」

穏やかに微笑むライリアーナ。

その笑顔をいちべつした後、席を立つカイラス。

それを見てライリアーナも席を立つ。

「今日も楽しかった。またの茶会を楽しみしている」

ライリアーナの手にキスすることなく立ち去るカイラス。

ライリアーナはひざを軽く折り、美しいカーテシーを見せる。

カイラスはその仕草を見ることなく美しい学園の庭園をライリアーナを置いてひとり立ち去った。


ライリアーナは誰ひとりとして心許すことなく、公爵令嬢として、そして王太子の婚約者としてその役目を果たしていた。



カルカイザ家に一太刀あびせる、その時を心の支えとして。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ