第九十話 掃討戦
シグマは、自分の斬撃を斬り結んで止めたナナイを睨みながら、口を開く。
「邪魔だ!」
シグマは斬撃を次々と繰り出すが、ナナイは全てレイピアで受け止める。
マスタークラスの聖騎士であるナナイは、貴族が好む正統派の剣術を学んでいた。
数回斬りつけ、斬撃の合間にフェイントを混ぜるスタイルである。
ナナイは仕掛ける。
(下段のフェイント!)
シグマは、ナナイのフェイントを『下段への攻撃』と判断し、レイピアを下げて防ごうとする。
(掛かった! 本命は上段! こっち!)
ナナイは素早く身を翻すと、裏拳を繰り出す。
ナナイの裏拳がシグマの顔面に炸裂し、シグマは数歩よろけながら後退ると、鼻血が噴き出る鼻を押さえながら嗚咽を漏らす。
「ブハッ!? ぐおぉおおおお! ・・・裏拳!? 裏拳だとぉ? ・・・下品な!」
鼻を押さえて嗚咽を漏らすシグマに、ナナイは軽口を叩く。
「あ~ら。品が無くて、ごめんあそばせ。『裏拳』は、初代ユニコーン小隊のオリジナル技よ」
「ナメた真似を・・・!」
シグマは怒りに顔を歪め、ナナイに向けて手をかざすと魔法を唱える。
「呪いの雷撃!」
ナナイもシグマに向けて手をかざして神聖魔法を唱える。
「神聖光弾!」
二人の魔法は、互いの間の空中でぶつかり合い、大きな青白い魔力の光の玉となって消える。
シグマは、ナナイが神聖魔法を唱えた事に驚く。
「神聖魔法!? くそっ! 貴様、聖騎士か!」
だが、ナナイの奮闘もここまでであった。
妊娠中で身重なナナイは、激しい戦闘によって息が上がり、片膝を付く。
「はぁ・・・はぁ・・・」
ジークは叫ぶ。
「母上!」
ナナイの後ろに転移門が現れ、戦闘装備のラインハルトと帝国四魔将のエリシスが現れる。
ラインハルトは片膝を付くナナイの肩に手を置いて優しく語り掛ける。
「ナナイ、無理をするな」
ナナイは、荒い息をしながらもラインハルトに答える。
「息子の危機よ。どんな無理だってやるわ」
「・・・あとは任せろ。下がっていなさい。・・・ジーク! 母上を!」
ラインハルトはナナイとジークにそう告げると、抜剣してダークエルフ達に向き合って構える。
「はい!」
ラインハルトに呼ばれたジークは、ナナイを介抱しながら後方へ下がる。
バレンシュテット帝国の皇帝であるラインハルトがマスタークラスの上級騎士であることは、広く世に知られていた。
現れたラインハルトに対して、シグマは警戒して数歩後退り、剣を構えて呟く。
「皇帝・・・」
ジグマの形勢不利を察した二人の従者が、シグマの後方に並んで剣を構える。
ラインハルトが装備する緋色の肩章が絶望のオーラを噴き上げる。
緋色の肩章は、上級騎士専用の装備で『帝国騎士筆頭の証』であった。
装備する者の精神に同期して、その者の能力を極限まで引き出し状態異常を防いで精神を守り、味方に士気を与え、敵に恐怖と絶望を与える。
デメリットは疲労が激しくなることであった。
ラインハルトがシグマに斬り掛かると、二人の従者がラインハルトの後方に回り、斬り掛かる。
しかし、ラインハルトはいずれの攻撃も剣で受け流して斬り返す。
ラインハルトと三人のダークエルフが激しい剣戟を繰り広げ、他の者達はその戦いを見守る。
ジカイラは、ラインハルトの戦いぶりを目の当たりにしてエリシスに尋ねる。
「ラインハルトの奴、後ろにも目があるのか・・・?」
エリシスは答える。
「陛下が装備している物は、大帝の遺した装備。あの兜を被ると死角が無くなるのよ」
ラインハルトが装備している、剣、盾、鎧、兜など、いずれも『大帝』と呼ばれる初代バレンシュテット帝国皇帝が装備していた遺品であり、非常に強力な魔法の加護を持っていた。ラインハルトはエリシスと帝室の地下墳墓までそれらを取りに行っていたので遅れたのであった。
大帝の遺品を装備したマスタークラスの上級騎士のラインハルトの力は、三人のダークエルフ達をも圧倒する。
シグマが大きき後ろへ飛び退くと、二人の従者もタイミングを合わせて後ろへ飛び退く。
三人のダークエルフは、一斉にラインハルトに向けて手をかざして魔法を唱える。
「「呪いの《カースド・》雷撃!」
大帝の遺品であるラインハルトの盾や鎧に薄い緑色の光を放つ無数の東洋文字が浮かび上がると、ラインハルトの周囲に球状の魔力の防壁が現れて三人のダークエルフの魔法を防ぐ。
シグマは、その様子を見て驚愕する。
「絶対魔法防御殻!? 魔法の無効化か!」
ラインハルトに対して自分達に勝算が無い事を悟ったシグマ達は、魔導王国軍の生き残りがいるところまで飛び跳ねて後退する。
だが、そこはジカイラとヒナ、エリシス、アレク達教導大隊が展開する場所でもあった。
「逃がすか!」
ジカイラが横殴りにシグマを斬り付けると、ジカイラの魔剣シグルドリーヴァの剣先がシグマのミスリルの鎧をえぐり、鎧に大きな傷ができる。
シグマは、鎧に付けられた傷に指先で触れながら叫ぶ。
「おのれ! 女王陛下より頂いた大切な鎧に傷をつけおって!」
アレクは、大上段に構えてシグマに斬り掛かる。
シグマは、大切にしていた鎧に傷をつけられた事に気を取られ、アレクが斬り掛かって来たことに気付くのが遅れる。
アレクの剣先がシグマの顔面を捉え、額から右目の下までを縦に斬り裂いた。
アレクは、切り裂いた時の手応えの無さに気が付く。
(浅い! あれでは致命傷にならない!)
「ぐあぁああああ!」
シグマは、血の流れる切り裂かれた顔を左手で押さえながら叫ぶ。
「おのれ! おのれぇ! 許さんぞ! 小僧!」
次の瞬間、ダークエルフ三人の姿が飛行甲板から消えた。
ジカイラは口を開く。
「消えた!?」
エリシスはジカイラに答える。
「遥か遠くから。・・・強い魔力の痕跡を感じるわ。・・・遠くへ転移したようね」
ジカイラは、剣を肩に担いぐと呟く。
「ちっ・・・逃げられたか」
ヒナは叫ぶ。
「見て! ジカさん! 霊樹の森が・・・!」
周囲の教導大隊の者達がヒナが指し示す方角を見ると、夕日に照らされている霊樹の森が次第にその数が減っていく様子が見えた。
エリシスは解説する。
「あっちは不可視化ね。見えなくなっているだけ。でも、逃げていくようね」
やがて、全ての霊樹の森が姿を消していった。
ヒマジンは、艦橋から飛行甲板に降りてきて陸戦隊に命令する。
「敵は残り僅かだ! 掃討しろ!」
ヒマジンの命令を受けて陸戦隊は掃討戦を始める。
ラインハルトは剣を鞘に納めると、ジークとナナイ、アストリッドのところへ歩いてくる。
ラインハルトは口を開く。
「終わったな」
ナナイは答える。
「そうみたいね」
ラインハルトは、ジークとアストリッドをねぎらう。
「ジーク、アストリッド。ご苦労だった。お前達は良くやった」
「父上・・・」
「陛下・・・」
飛竜に乗ったソフィアが飛行甲板に着艦してくる。
ソフィアは飛竜から飛び降りると、駆け寄ってきてジークに抱き付く。
「ジーク様! ジーク様! 御無事で!」
「ソフィア!? 皆が見ているではないか!」
ジークがたしなめるのも聞かず、ソフィアはジークにキスする。
二人の姿にラインハルトとナナイは微笑む。
飛行空母の上空で、古代竜王シュタインベルガーが二人の姿を見て、目を細める。
ラインハルトはジーク達に告げる。
「帝都に凱旋したら、お前たちの結婚式をしないとな!」
ラインハルトの言葉に、ジークとソフィア、アストリッドは照れて赤くなる。
バレンシュテッド帝国では、愛と富の許す限り、複数の妻を持つことができた。
アレクとルイーゼは、勝利に盛り上がるジーク達を離れたところから眺めていた。
アレクは寂しげな顔で盛り上がりを眺めていた。
アレクの両親は、次男の自分ではなく、長男の兄のジークに大きな期待を寄せ、愛情を注いでいた。
ルイーゼも寂しげな顔で眺めていた。
アレクの父ラインハルト、母ナナイは、我が身を危険に晒してでも、息子達を守るためダークエルフと戦った。
自己犠牲。
親が我が子に注ぐ『本物の愛情』であった。
しかし、ルイーゼの両親は違っていた。
ルイーゼの両親は、自分達が食べていく口減らしのために、幼いルイーゼを帝室に奉公に出したのであった。
アレクは、無意識に傍らのルイーゼの手を握る。
ルイーゼは、自分の手を握ってきたアレクの顔を見て呟く。
「アレク・・・」
アレクは、自分の名前を呼んだルイーゼを傍らに抱き寄せる。
「オレにはルイーゼが居る。他には何も要らない」
「アレク。私も・・・」
ルイーゼは、両手でアレクの頬に触れるとキスする。
飛行空母の飛行甲板に立つ二人を夕日が照らしていた。
ユニコーン小隊の面々とジカイラ、ヒナが二人のところへやって来る。
エルザが二人を茶化す。
「まだ、飛行甲板で鼠人やゴブリンとの掃討戦が終わってないのに、二人とも、お熱いところを見せつけてくれるねぇ~」
ナディアも二人を冷やかす。
「もぅ・・・二人とも。まだ明るいうちから・・・」
エルザとナディアの言葉に周囲が笑いだす。
ジカイラはアレク達を労う。
「皆、良くやった。ダークエルフは仕留めそこなったが、一応、オレ達の勝利ってことだ」
ヒナはジカイラにツッコミを入れる。
「ジカさん、まだ飛行甲板の掃討戦が終わってないのよ?」
ジカイラは悪びれた素振りも見せず続ける。
「オレ達の勝利は変わらないさ」
帝国辺境派遣軍飛行艦隊は、霊樹の森の魔導王国軍の掃討戦を終えると、作戦行動を終了して凱旋するため、その進路を帝都へ向けた。
トラキア連邦を舞台にしたバレンシュテッド帝国と魔導王国エスペランサの戦いは、バレンシュテッド帝国の勝利であった。




