第八十八話 金鱗の竜王
--アレク達の乗る揚陸艇
アレク達を回収した揚陸艇は、進路を飛行空母へ向ける。
ジカイラが揚陸艇の中から格納庫へ来て、格納庫で小休止を取るアレク達に話し掛ける。
「皆、ご苦労だった」
「中佐!」
アレク達は、立ち上がってジカイラに敬礼する。
「鼠人の本拠地を叩き潰したんだってな。良くやった。・・・あと、悪い知らせがある」
ジカイラの言葉にアレクは訝しむ。
「悪い知らせ?」
「そうだ。現在、帝国軍の飛行艦隊は、霊樹の森と交戦状態にある」
エルザは答える。
「自分達も地上から見ました」
ジカイラは続ける。
「霊樹の森は飛行艦隊に接舷し、帝国軍飛行艦隊の各艦は、敵兵と甲板戦を繰り広げている状況だ。敵には、食人鬼やダークエルフも居るとのことだ」
アルは驚く。
「食人鬼! ダークエルフ!?」
ジカイラは驚くアレク達に話す。
「・・・そうだ。従って、教導大隊は、辺境派遣軍司令部のある飛行空母へ向かい、帝国軍に加勢する。お前達、今のうちに休んで置けよ!」
ジカイラはそう言うと、再び揚陸艇の中へ戻って行った。
揚陸艇は、ジークの居る飛行空母を目指して高度を上げていく。
--飛行空母 上空
ソフィアは、自分の首から下げている一際豪華な造りの『竜笛』を力一杯、吹き終えると、乗っている飛竜に飛行空母の上空を旋回させる。
程なく飛行空母の東側の上空、少し離れた位置に巨大な転移門が現れる。
転移門は、通常、人が通れるサイズのものが一般的だが、帝国四魔将である不死王のエリシス伯爵は、艦隊が通過できる大きさの転移門を作ることができた。
しかし、飛行空母の東側上空に現れた転移門は、通常ではありえない、それらを遥かに凌ぐ大きさであり、城や砦を転移させるような規模の大きさであった。
巨大な転移門の出現により、帝国飛行艦隊の各艦は大きな揺れに襲われる。
飛行空母が揺れに襲われたため飛行甲板も大きく揺れ、甲板戦を繰り広げるジーク達の帝国軍も、シグマ達の魔導王国軍も戦闘を中断し、その場にしゃがみ込む。
ジークは口を開く。
「一体、何事だ!?」
アストリッドは巨大な転移門を指差して叫ぶ。
「ジーク様! アレを!」
ジークは、アストリッドが指し示す先を見て口を開く。
「あれは・・・転移門!?」
ジークと戦っていたシグマ達も、アストリッドが指し示す先を見る。
シグマが口を開く。
「あれは転移門なのか? ・・・とすると、この揺れは『次元振動』!? 巨大過ぎる転移門の出現が、次元の歪を引き起こしているのか?」
ダークエルフの二人の従者は、不安そうにシグマに呟く。
「シグマ様・・・」
「・・・アレは一体!?」
シグマは続ける。
「恐らく巨大な転移門だろう・・・・。しかし、一体、どうやって、あのような巨大な転移門を!?」
ひと呼吸置いた次の瞬間、この巨大な転移門を作ったであろう主が転移門から現れた。
砦ほどの大きさはあるであろう、巨大な生物。
その鱗は、傾きつつある陽射しを反射して黄金色に輝いている。
古代竜王シュタインベルガー。
創造主によって、神々や魔神たちと共に『始原の炎』から作り出された古代竜王が、神話として『アスカニア大陸創世記詩編』に記されているその雄姿を現したのであった。
彼らが用いる竜語や竜語魔法は、未だ解明されておらず、アスカニア大陸の人間たちが用いる魔法とは、系統や術式が異なっていた。
シュタインベルガーは巨大な転移門を通り抜けると、その翼を羽ばたかせて飛行空母の上空に飛翔して威嚇するように咆哮を上げる。
<竜の咆哮>
戦域全体に響き渡る古代竜王の咆哮を聞いた、抵抗力の無い者は、たちまち恐慌状態に陥る。
「ウワァアアアーー!!」
たちまち両軍に動揺が走る。
シュタインベルガーの姿を見た、飛行甲板の三人のダークエルフの顔が恐怖に凍り付く。それはシグマも例外ではなかった。
ダークエルフの従者達は、震える指でシュタインベルガーを指差しながら呟く。
「あ、あれは、古代竜王!!」
「間違いない! 『神殺しの竜王』だ!」
ダークエルフは無限に近い寿命を持ち長い年月を生きており、他の種族では伝説でしかない『神殺しの竜王』に関する知識も持っていた。
シグマは、後退りしながら呟く。
「か、『神殺しの竜王』が、何故ここに・・・?」
--飛行空母上空
ソフィアは、飛行空母の上空に現れたシュタインベルガーの顔の近くに自分が乗る飛竜を寄せる。
シュタインベルガーがソフィアに話し掛ける。
「我を呼んだのは、汝か。愛娘よ」
シュタインベルガーは、友であるアキックス伯爵が可愛がっている孫娘のソフィアを『愛娘』という愛称で呼んでいた。
ソフィアは、悲痛な叫びでシュタインベルガーに懇願する。
「シュタインベルガー! 飛行甲板のジーク様を守って! お願い!」
ソフィアの悲痛な叫びを聞いたシュタインベルガーは、容易い事だと言わんばかりにソフィアを見詰めている縦に割れた瞳孔の目を細める。
「・・・承知」
シュタインベルガーは、羽ばたきながら飛行空母の甲板へ近づくと、飛行甲板の上に展開している魔導王国の軍勢を、巨大な身を翻して自身の尾で横殴りに薙ぎ払う。
シュタインベルガーの尾の一撃で、飛行甲板に降り立っていた魔導王国の軍勢の大半が飛行甲板から吹き飛び、あるいは潰れ、空中に四散する。
「ウオオッ!?」
シュタインベルガーの尾の一撃は、凄まじい暴風を引き起こし、ジーク達もシグマ達もしゃがんだまま腕で顔を覆う。
シュタインベルガーは、飛行空母に接舷していた最後の一本の霊樹の森の大木を右の前足で握ると、飛行甲板に居る者達に見せるように、握り潰してへし折って見せる。
シュタインベルガーがシグマ達に告げる。
「我が鱗は如何なる刃も通さぬ! 我が炎は神をも焼き殺す! 失せろ! 矮小なる妖魔ども!」
恐怖に凍りつくシグマ達にそう告げると、シュタインベルガーは大きく息を吸い込み、飛行空母の右下の方角へ顔を向け、浮上してくる霊樹の森に向けて火炎息を放った。
火炎息が引き起こす猛烈な熱風が飛行甲板に居る者達に届く。
シュタインベルガーの火炎息は、紅蓮の爆炎となって浮上する霊樹の森を目指して広がりながら一直線に進み、霊樹の森の中心を穿つ。
霊樹の森の中心は、一瞬で燃え尽きてドーナツのような大穴が空き、大穴の周囲の大木は炎上しながら焼け落ちていく。
同じ竜族の火炎息でも、飛竜と古代竜王では、全くランクが違っていた。
飛竜の火炎息は、ナパーム弾と同程度で『鉄が赤く焼ける程度』あった。
古代竜王シュタインベルガーの火炎息は、太陽のコロナと同程度であり『鉄など蒸発してしまうレベル』であった。
それ故、アスカニア大陸創世記では、古代竜王シュタインベルガーの火炎息を『神をも殺し、全てを焼き尽くす始原の炎』と記していた。