第七十六話 ジークフリートとフェリシア（二）
フェリシアが驚いてジークの腕の中からその顔を見上げると、ジークは不敵な笑みを浮かべる。
ジークは、怯えるフェリシアを腕の中から離すと、着ている服を脱いで全裸になり、フェリシアの前に立つ。
ジークの顔は端正で美しく、上級騎士として鍛え抜いた身体は、プロボクサーのような体型で筋肉が付いて引き締まっており、見惚れるほど美しかった。
怯えるフェリシアがジークに尋ねる。
「何を・・・」
ジークはフェリシアに冷酷に言い放つ。
「『妃になる』という事がどういう事か、教えてやる！」
ジークとしては、年上の妃であるフェリシアに舐められる訳にはいかなかった。
トラキアの女であるフェリシアに皇太子である自分が舐められ見下される事は、帝国がトラキアに見下される事であり、父である皇帝ラインハルトからも『女の尻の下に敷かれるな』と釘を刺されていた。
怯えるフェリシアにジークが告げる。
「脱げ」
フェリシアは、ジークに言われるままに羽織っているバスローブを脱ぎ、両腕で身体を隠してジークの前に立つ。
「跪け」
再び、フェリシアは、ジークに言われるままにジークの前に両膝を揃えて跪く。
修道院育ちで、男女の睦事の知識が無いフェリシアには、ジークの意図が全く理解できなかった。
ジークは、蹲り、羞恥と恐怖で涙ぐむフェリシアの腕を取って告げる。
「自分の立場が判ったか。さぁ、続きは寝室だ」
遂にフェリシアの中で、『恐怖』が『女の意地とプライド』を粉々に打ち砕く。
フェリシアは、蹲ったまま両手で自分の両肩を掴むとガタガタと大きく震え出し、大きく見開かれた美しい黒い瞳から大粒の涙が溢れる。
フェリシアの異変にジークが訝しむ。
「・・・どうした？」
フェリシアは涙ながらに叫ぶ。
「・・・初めてなのです！ ・・・殿方に触れられるのも！ 抱かれるのも！ ・・・初めてなのです！」
驚くジークに、フェリシアはジークの足元に平伏して、泣きながら慈悲を懇願する。
「・・・慰み者として玩具にされるのは嫌です。・・・『貴方に尽くす』と誓います。・・・ですから、私を愛して下さい」
フェリシアは続ける。
「・・・貴方に慈悲があるなら、優しくして下さい。・・・お願い・・・」
そこまで言うと、フェリシアは床に伏せて泣き崩れる。
（年上の妃に舐められないようにするためとはいえ、泣かせたのは流石にやり過ぎたか・・・）
平伏して泣きながら慈悲を懇願するフェリシアの姿を見て、ジークは気まずくなる。
ジークは、自分に向けて平伏するフェリシアの傍らに片膝を着いて屈むと、フェリシアに謝罪する。
「私も年上の妃は初めてで、女から舐められまいと貴女に辛く当たってしまった。どうか許して欲しい」
フェリシアは、自分に謝罪するジークに驚いて顔を上げる。
ジークは、フェリシアの頬を伝う涙を右手の親指で拭いながらフェリシアに告げる。
「・・・貴女を抱くのは、日を改める事にする。美人に涙は似合わない。次に会う時には、貴女の笑顔を見せて欲しい」
ジークはフェリシアにそう告げると、軍服を着始める。
部屋から立ち去ろうとするジークをフェリシアは呼び止める。
「お待ち下さい！ これを・・・」
フェリシアは、テーブルの上に畳んで置いてあった白い布を取り、ジークに手渡す。
それは降伏式でジークが裸のフェリシアを包んだジークのマントであった。
ジークは受け取ったマントを広げると、裸のフェリシアに羽織らせ、首元で帝室の紋章を象ったブローチで止める。
ジークはフェリシアに告げる。
「これは私からの『誠意の証』だ。貴女に贈ろう。艦内ではこれを羽織ると良い。巫女服は肌の露出が多いからな」
フェリシアは戸惑いながら、ジークが止めてくれたブローチを右手の指先で押さえて答える。
「しかし、これは大切なものでは？ 帝室の紋章が象られています」
ジークは、笑顔で答える。
「言ったはずだ。私からの『誠意の証』だと。・・・私の妃になるからには、貴女も帝室の一員。遠慮無く使って欲しい」
フェリシアは立ったまま、ジークが羽織らせてくれたマントに付いている帝室の紋章のブローチを指先でなぞりながら、部屋から立ち去っていくジークの背中を見送った。
