第八話 入学式と職業決定
ジカイラの計らいによって、アレク達八人は取調室のような部屋から解放され、自分達の寮への帰途につく。
興奮冷めやらぬアレクがルイーゼに話し掛ける。
「……凄い。まさか、あの『黒い剣士ジカイラ』が担任の先生だなんて!」
「私も驚きました! 皇帝陛下の相方を勤めた方で、たった三人で戦艦を拿捕したとか! ……伝説の剣士ですよ!」
ルイーゼも驚きを隠せず、話す声が上ずっていた。
アルは、得意げに話す。
「飛空艇で敵艦隊を急降下爆撃して、戦艦四隻を撃沈。そのあと、皇帝陛下と皇妃殿下と父さんの三人で敵の旗艦に斬り込んで、敵の提督を捕虜にしたんだ!」
アルの解説にナタリーや他のメンバーが感心する。
「そうなんだ」
アルがアレクに話し掛ける。
「お前とヤリあっていた、あのルドルフって奴も強そうだった。『ヘーゲル』って、お前と同じ姓だから、お前の遠縁の親戚か何かじゃね?」
アレクが答える。
「いや。知らないな……」
八人であれこれと話しているうちに寮へとだどり着く。
結構、遅い時間になってしまっていたため、ルイーゼとナタリーが簡単な夕食を作り、食堂に集まって八人で食事を取る。
食事しながらの会話の話題は、もちろん補給処での事件と担任のジカイラの話が中心であった。
アスカニアでは、十四歳で『成人扱い』となるため、結婚や飲酒、喫煙も解禁であり、寮での夕食にもアルコールの入ったお酒が出された。
食事と一緒に出されたお酒で酔いが回ったドワーフのドミトリーは、他のメンバーに武術の型をやって見せて喝采を浴び、同じくお酒で酔いが回ったエルフのナディアは、水の精霊達を召喚して食卓の上でダンスを踊らせ、獣人のエルザは、お酒を飲む前に漬物に入っていた『マタタビ』で酔い潰れてしまったり、蜥蜴人のトゥルムは、アルコール度数の強い部族秘伝の蒸留酒を持ってきて皆に振る舞ったりと、初めての寮での夕食は、細やかながらの宴会であった。
八人は、夕食と片付けを終えると、それぞれ入浴して自分の部屋に戻る。
--夜。
ルイーゼがアレクの部屋を訪れる。
ルイーゼは、アレクの部屋のドアをノックして尋ねる。
「アレク。起きていますか?」
アレクはドアを開けて、ルイーゼを部屋の中に招き入れる。
「起きてるよ。中に入って」
アレクがベッドに腰掛けると、ルイーゼはアレクの隣に座る。
「アレクに伺っておきたいことが」
「なんだ?」
「……寮の仲間たちに、アレクの素性……『帝国第二皇子』である事は、隠しておくのですか?」
「『バレンシュテット』と名乗ること自体を父上から禁じられているから、そうせざるを得ないだろ?」
「そうですね」
「父上からの処罰が解けるまでは、私は『平民』だよ」
学生達の中でアレクが『第ニ皇子』だという事を知っているのはルイーゼだけであり、アレク自身もその事は誰にも話さなかった。
「『平民』になりきるので?」
「そうだな。ルイーゼも、そのメイドみたいな丁寧な口調から平民の口調にするといい」
「判りました。口調を直すのは、アレクもですね」
「私もか?」
「『平民』の少年は、自分の事を『私』とは言いませんよ? 一人称なら、『俺』か『僕』でしょうね」
「……そうか」
アレクは寮の夕食のときに聞いた、メンバーたちの口調を思い浮かべる。
アレクが呟く。
「『僕はアレク』……『オレはアレク』……『オレ』のほうがしっくりくるな」
アレクの様子を見ていたルイーゼが微笑む。
「あは」
「ふふふ」
ルイーゼは、席を立つ。
「……では、私は自分の部屋に戻ります。おやすみなさい」
「おやすみ」
アレクは、部屋を後にするルイーゼを見送るとベッドで横になり眠りについた。
--翌日。
入学式の日の朝。
寮の食事は当番制なのだが、実質的に炊事ができるのがルイーゼとナタリーの二人しか居ないので、二人は自発的にメンバー八人朝食を作る。
朝食を作り終えたルイーゼは、起きてこないアレクを部屋まで起こしに行く。
ルイーゼがアレクの部屋のドアを開けて中に入り、寝ているアレクに声を掛ける。
「アレク! 朝よ! 起きて! 朝ご飯できてるわよ!!」
そう言うとルイーゼは、アレクの部屋のカーテンを開ける。
アレクが目を覚ます。
「ん~、ルイーゼか? ……まるで母上みたいだな」
一晩開け、ルイーゼの話す口調はアレクの母親であるナナイのそれに似ていた。
ルイーゼは、アレクが被っている毛布を捲る。
「今日は入学式よ。遅れないでねって、……ええっ!?」
ルイーゼがアレクが被っている毛布を捲ると、アレクの下着の隙間からポロッとはみ出して見える。
ルイーゼは赤面して両手で顔を隠すが、指の隙間からチラッと覗き見する。
「……アレク……いやらしい」
アレクが驚く。
「うわっ!? ……ルイーゼ、男なら誰でも朝はこうなんだよ」
「そ、そうなの?」
赤面して恥じらうルイーゼを見て、アレクは少しニヤけてルイーゼをからかう。
「そうだよ」
「あ~ん。朝から、もぅ……」
ルイーゼは部屋から出ていくが、入り口で部屋の中を振り返り、笑顔を見せる。
「朝ご飯、冷めないうちに降りてきてね」
「判ったよ」
--入学式。
偉い人の訓示が始まる。
この士官学校の意義と歴史、皇帝夫妻もこの学校の卒業生であること、帝国を取り巻く状況と、偉い人の長い話は続いた。
偉い人の話は『補給処での乱闘事件』に及び、関係者は入学前なので軍法会議には掛けないこと、軍刑務所や営倉には送らないことなど発表された。
会場のあちこちから、ざわめきが起こる。
アルがアレクに耳打ちする。
「オレたちのことだな」
「ああ」
偉い人の訓示が終わり、騒がしくなった入学式会場に軍監の声が響く。
「これより軍隊手帳を配布する。受け取った者は順番に登録するように」
軍隊手帳は貴族組から順番に配布された。
アレクは自分の軍隊手帳を受け取ると、登録水晶の下に手帳の指定のページを広げて置き、登録水晶に手をかざす。
登録水晶は輝き出し、水晶の表面にアレクが就ける職業を現した。
係員が口を開く。
「なかなか高い能力です。ほとんどの中堅職に就けますが、どれにしますか?」
アレクは、悔しそうに呟く。
「……中堅職か」
アレクの父である皇帝ラインハルトも、兄の皇太子ジークフリートも上級職の上級騎士であった。
アレクは、自分には父や兄のような才能が無いのかと落ち込む。
様子を見守っていたジカイラは、落ち込むアレクの傍に行き、肩に手を置くと話し掛ける。
「お前は才能はある。ただ、鍛錬していないだけだ」
ジカイラの言葉に励まされ、アレクは気を取り直すと係員に告げる。
「騎士で」
アレクは騎士を選択した。
高めの体力に攻撃力、防御力、魔法耐久力、状態異常に対する耐性を持つ、前衛の中堅職。
騎士は、騎士道に従って生き、卑怯な振る舞いや臆病は許されない、自分の信じるものに忠誠を誓った戦士である。
その忠誠の対象は領主や貴族、王、教会が一般的だが、正義や平和といった理念に忠誠を誓う場合もある。
名誉は何よりも重要で、騎士としての名誉を傷つけられた場合は、命がけで回復しなければならない。
登録が完了し、アレクが自分の軍隊手帳を水晶の下から取り出して懐へしまうと、ルイーゼが登録している事に気がつく。
ルイーゼが係員に告げる。
「暗殺者で」
ルイーゼが選択した職業にアレクは驚く。
(ルイーゼが……暗殺者!?)
アレクに見られていることに気が付いたルイーゼが、アレクに微笑み掛ける。
可愛らしい笑顔を見せるルイーゼと、暗殺者という職業のギャップに、アレクは複雑な心境になるが、補給処での乱闘事件の時に垣間見たルイーゼの『戦士としての顔』を思い出した。
(……どんな職業を選択しても、ルイーゼは、ルイーゼだ)
アレクは、自分自身にそう言い聞かせる。
アレクの悩んでいるような素振りを見たアルがアレクに話し掛ける。
「アレク、職業決まったのか?」
「決まったよ。騎士さ」
「騎士!? いきなり中堅職かよ?? 凄いな!!」
「アルは?」
「オレは、戦士さ」
こうして全員の職業が決まっていった。




