第六十一話 応急処置と小休止
--少し時間を戻した ユニコーン小隊
アレクたちが黒死病の村から飛行空母へ帰還する途中、ルイーゼは原生林の向こう側に爆発煙が上がるのを視認する。
ルイーゼは叫ぶ。
「アレク! 爆発煙を視認。三時方向、原生林の向こう」
ルイーゼの言葉を聞いたアレクも右側を見ると原生林の向こう側に爆発煙が上がっているのが見える。
「確認した! 行ってみよう! ルイーゼ、手旗信号を頼む」
「了解!」
ルイーゼは、手旗信号で原生林の向こう側へ向かうことを僚機に伝える。
アレクたちユニコーン小隊は、爆発煙が上がっている原生林の向こう側へ飛空艇で向かう。
アレクたちに原生林の向こう側の様子が見えてくる。
綺麗に並んで駐機する四機の飛空艇と、地面に砲撃で空いたであろう穴。
そして、その周辺に集まり救助を待っている者たち。
それらを見たアレクが口を開く。
「ルドルフ!?」
ルドルフたちのグリフォン小隊であった。
グリフォン小隊の者たちは、皆、手酷く負傷していた。
アレクは指示を出す。
「ルイーゼ、全機着陸! グリフォン小隊を救助する!」
「了解!」
アレクたちユニコーン小隊は高度を下げ、ルドルフたちグリフォン小隊の傍へ着陸する。
アレクたちは飛空艇から降りると、負傷しているルドルフたちを介抱する。
アレクはルドルフに尋ねる。
「ルドルフ! 一体、何があった?」
アレクからの問いかけにルドルフは自嘲気味に答える。
「帝国軍から砲撃されたのさ。……まさか、味方から撃たれるとはな」
ルドルフは、アレクたちにトラキア連邦軍の部隊やキャスパーたちバジリスク小隊との経緯を話した。
キャスパーの行為を聞いて、アレクたちはいきり立つ。
アルが口を開く。
「……あのオカッパ頭め、ヒデェ事しやがる」
ナタリーも続く。
「トラキアの部隊と話したからって、一緒に攻撃するなんて……」
トゥルムも唾棄する。
「自軍を攻撃するなど……虫唾が走る」
ルイーゼは、ルドルフを介抱しながら口を開く。
「ドミトリー。彼に回復魔法を掛けてあげて!」
ルドルフが答える。
「……いや、オレより先に僧侶の彼女の回復を頼む。小隊で唯一、回復魔法が使える彼女が重傷で動けないから、ウチの小隊は回復できず、身動きが取れなかったんだ」
ドミトリー口を開く。
「了解した。拙僧に任せろ」
ドミトリーは、僧侶の女の子に回復魔法を掛ける。
アレクは、ルイーゼが付きっきりでルドルフの介抱をしている様子を目の当たりにするが、小隊長という立場上、『放っておけ』とも言えず、ご機嫌斜めであった。
アレクは口を開く。
「グリフォン小隊の応急手当が終わるまで、小休止しよう。ナタリー、食事の用意を」
ナタリーは笑顔で答える。
「はーい」
アルは口を開く。
「……そう言えば、朝から休んでもいないし、何も食べてないな。もう、昼も過ぎているのに」
ナタリーは、用意していた食事を手際良く用意する。
アレクがナタリーの用意した食事を一人で食べていると、それを見つけたエルザとナディアがアレクの両隣にやって来る。
「アレク! 一緒に食べよう!」
「私もね!」
「ああ」
アレクの気の無い返事を聞いたエルザが、アレクの耳元で囁く。
「……溜まっているなら、私がするわよ」
エルザと反対側の耳元でナディアが囁く。
「……夜が寂しいなら、私が」
アレクは慌てて苦笑いしながら否定する。
「いや、そっちは大丈夫」
ナディアがアレクの顔を覗き込む。
「……何だか、元気無いわね」
「色々とね」
ナディアは笑顔でアレクを励ます。
「……考え過ぎよ」
三人のやり取りを見ていたトゥルムがやって来る。
「隊長、『両手に華』ですな」
そう言うとトゥルムも三人の近くに座って食事を始める。
トゥルムが続ける。
「……流石に、あの『黒死病の村』では食事できないだろう」
「……同感だ」
トゥルムの言葉にアレクは同意する。
アレクも同じ考えであったため、『黒死病の村』で小休止は取らなかった。
疫病と飢えに苦しむ村人たちの前で自分たちだけ食事を取るなど、村人たちの神経を逆なでするような行為を避けるため、それは憚られた。
バレンシュテット帝国とトラキア連邦では、食糧事情は大きく異なっていた。
バレンシュテット帝国の場合、帝国北部の竜王山脈から流れる雪解け水からなる豊富な水源は、有り余る大河となって肥沃な穀倉地帯であるルードシュタットを含む帝国本土を潤し、帝都ハーヴェルベルク近くの河口から海へと流れ込んでいた。
大河が運ぶ豊富な水とルードシュタットを含む帝国本土の肥沃な大地は、バレンシュテット帝国に毎年、豊かな実りをもたらした。
しかし、トラキア連邦にそのような水源と大河、肥沃な大地は無かった。
トラキア連邦内にいくつもある小国は、原野や原生林を切り開いて開墾しても灌漑できるだけの水源が無いため、常に僅かな水源の水を巡って争っていた。
トラキアの人々は、生活には井戸の水か、僅かな小川の水に頼るしかなかった。
アレクたちが食事を終えた頃、ルドルフとルイーゼがアレクの元にやって来る。
アレクが尋ねる。
「もう、良いのか?」
ルドルフが答える。
「大丈夫だ。済まない。助かった」
「キャスパーたちの事は、どうするつもりなんだ?」
「……まずはジカイラ中佐に報告する。きっと、何かしら処分があるだろ」
「そうだな」
応急処置と小休止を終え、アレクたちのユニコーン小隊とルドルフたちグリフォン小隊は、飛行空母への帰途に就いた。




