第五十九話 良心と悪意
ルドルフのグリフォン小隊は、アレク達ユニコーン小隊から少し離れた地域を担当していた。
グリフォン小隊の四機の飛空艇は、地上から三十メートル程まで降下して地上の様子を偵察する。
しばらくすると、ルドルフに原生林の茂みの向こう側から、激しい喧噪と共に二つの部隊が戦闘している様子が見えてくる。
(・・・鼠人と戦っているのか!?)
鼠人の集団とトラキア連邦軍の部隊が戦闘を繰り広げていた。
グリフォン小隊は、鼠人とトラキア連邦軍が戦う戦場の上を周回して偵察する。
帝国軍のように圧倒的ではないが、二十人ほどのトラキア連邦軍は、鼠人相手に優勢に戦いを進めていた。
(時代遅れの装備だが、なかなかやるじゃないか)
しかし、原生林の中から二十体ほどの新たな鼠人の集団が現れ、トラキア連邦軍の背後に回る。
(あれはまずいな・・・)
ルドルフが口を開く。
「トラキア連邦軍後方の鼠人を叩く! 全機、続け!!」
グリフォン小隊の四機の飛空艇は、トラキア連邦軍の後方の鼠人に対して、機首を向けて高度を下げ、攻撃体勢に入る。
ルドルフは、鼠人に照準を合わせ、主砲の引き金を引く。
飛空艇エインヘリアルⅡに搭載されている二門のカロネード砲が火を噴く。
ルドルフの乗る隊長機に合わせて、僚機も主砲を発射する。
四機の飛空艇の主砲から発射された砲弾は、光の弾となって鼠人の集団に命中、炸裂して爆煙と共に鼠人の集団が吹き飛ぶ。
(よし!!)
ルドルフ達グリフォン小隊による空からの砲撃によって、仲間がやられた鼠人は、戦闘から逃げ出した。
トラキア連邦軍は、敗走する鼠人を深追いせず、地上からルドルフ達に向けて手を振る。
(・・・こちらと交戦する意思は、無さそうだ)
ルドルフ達グリフォン小隊は、トラキア連邦軍部隊の傍に飛空艇を着陸させる。
ルドルフが飛空艇から降りると、トラキア連邦軍部隊がルドルフの元にやって来る。
『中世の騎士』といった出で立ちの隊長らしき人物が、ルドルフの前に来て兜を脱ぎ、お礼を口にする。
「すまない。助太刀、感謝する。お陰で命拾いした。先ずは礼を言わせてくれ」
ルドルフが答える。
「大したことはしていない。無事で何よりだ」
ルドルフより少し年上くらいの隊長らしき人物は畏まって話し始める。
「第八歩兵隊のアールックス少尉だ。・・・ところで、君たちはどこの部隊だ? その乗り物は・・・? それで空を飛べるのか?」
ルドルフは、官姓名を名乗る。
「バレンシュテット帝国辺境派遣軍教導大隊所属ルドルフ・ヘーゲル中尉だ」
トラキア連邦軍の部隊に動揺が走る。
「バレンシュテット!?」
「帝国軍か!?」
「お前ら、落ち着け!」
アールックスは、動揺するトラキア連邦軍部隊の仲間を一喝する。
アールックスが続ける。
「・・・済まない。君たちが帝国軍ということは、トラキアと帝国は戦争になったのか!?」
ルドルフが答える。
「そうだ。知らなかったのか?」
アールックスは、思うところがあるようで考えながら呟くように話す。
「ああ。オレ達は、ずっと前線に居たからな。・・・そうか。トラキアは、帝国と戦争になったのか。・・・上層部は何を考えているんだ。・・・人間同士で争っている場合ではないだろうに」
アールックスの言葉にルドルフも同意する。
「・・・同感だ。人間同士で争っている場合じゃない。まずは鼠人を倒すのが先だろう」
アールックスは、ルドルフに笑顔を見せる。
「はは。君とは意見が合いそうだ。・・・また、どこかで会おう」
ルドルフもアールックスに笑顔で答える。
「また、どこかで」
ルドルフ達グリフォン小隊とアールックス達第八歩兵隊は、笑顔でその場から立ち去ろうとした。
次の瞬間、大きな衝撃と爆発音と共に、ルドルフは吹き飛ばされる。
ルドルフには、一瞬、何が起こったのか判らなかった。
ルドルフの目には、突然、周囲の景色がぐるぐると回転して空が見えたと思ったら、地面が目の前に迫って来るように見えた。
そしてルドルフは、地面に激突した。
ルドルフは、朦朧とする意識の中で地面から起き上がると、その場に座り込む。
(なんだ!? 何が起こった?)
やがて、上空から四機の飛空艇が下りてくる。
キャスパー男爵たち貴族組のバジリスク小隊であった。
キャスパーは、着陸した飛空艇から降りるとルドルフの元にやって来る。
「ほほぉ~。トラキアの蛮族共に捕まったマヌケが居るなと思ったら、賎民のお前だったか」
ルドルフが頭を振りながら、キャスパーに尋ねる。
「・・・貴様ら、一体、何をした?」
「フッ・・・トラキアの蛮族共に捕まったマヌケなお前達を助けてやったのだ」
バジリスク小隊は、隊長のキャスパーの指示により、ルドルフ達グリフォン小隊ごとトラキア連邦軍の第八歩兵隊を飛空艇の主砲で攻撃したのであった。
「なんだと!?」
ルドルフが周囲を見ると、グリフォン小隊の者達は、皆、爆発によって吹き飛ばされ怪我をしていた。
ルドルフ自身、体のあちこちに鈍痛が走る。
第八歩兵隊は、キャスパー達四機の飛空艇の主砲による砲撃を受け、直撃した隊長のアールックスをはじめ全員が死んでいた。
即死であった。
キャスパーが故意に攻撃したことは明白であった。
ルドルフは、手に持っていた兜を地面に叩き付けると、キャスパーに掴み掛り、襟首を掴む。
「テメェ! なんてことしやがる!」
キャスパーは、薄ら笑みを浮かべながらルドルフに告げる。
「トラキアの蛮族から助けてやったのだ。感謝して貰いたいな」
「フザけるなぁ!」
ルドルフは、キャスパーを殴り掛ろうとする。
「・・・ぐうっ」
しかし、脇腹に鈍痛が走り、ルドルフ自身もすぐにその場に蹲る。
キャスパーはルドルフに掴まれた襟を糺すと、蹲るルドルフを蹴り飛ばす。
「私に助けて貰ったというのに、その私に手を上げようとするとは。いかにも賎民らしい」
蹴られたルドルフは、地面に這いつくばりながらキャスパーを睨み上げる。
「・・・テメェ! それでも人間か!?」
キャスパーは瓶底眼鏡の縁を持ってピントを合わせるようにした後、ルドルフを見下しながら告げる。
「『人間か』だと? 私は帝国貴族だ。・・・ククク。賎民である、お前達の運が良ければ、飛行空母に帰投できるだろう」
キャスパーがバジリスク小隊の仲間に指示を出す。
「・・・バジリスク小隊、転進するぞ!」
キャスパー達バジリスク小隊は飛空艇に乗り込むとその場から去っていった。