第五百三十二話 アレク達のその後
ーー四年後。
夏の日差しが眩しい季節。
アレク達は久々の休暇で、家族連れで仲間たちと顔を合わせようということになった。カルラとエステルは、皇宮警護軍として帝都勤務のため、参加はできなかった。
アレク達は、ルードシュタット宮殿から馬車で州都郊外の別荘のある湖へと向かう。
馬車には、アレクとルードシュタット侯爵、ルイーゼとアレクとルイーゼの息子が乗っていた。
ルイーゼは、淡い青色のデイドレスを着ており、向かいの席に座るアレクに嬉しそうに告げる。
「みんなで顔を合わせるのって、久々じゃない?」
「そうだね。アレクシオは、小隊の皆や異母兄妹に会うのは、初めてか……」
「はい! お父様!」
アレクとルイーゼの息子アレクシオは、かしこまって答える。
「ふふ。そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
ルイーゼは、アレクにそっくりの自分の息子の頭を撫でながら優しく微笑み掛ける。
ルードシュタット侯爵は、杖を手にアレクの隣の席に座っており、アレクに尋ねる。
「最近はどうだ? 帝国の内外は?」
「はい。帝国の外は、相変わらす世界大戦が続き、戦災と疫病、飢餓で帝国辺境に難民が来ており、辺境の開拓民と揉める事例も増えております」
「ふむ」
アレクが続ける。
「続いて帝国内ですが、大戦景気が続いており、全ての業種で好況となっております。新大陸、獣人荒野、トラキアへの開拓と入植を順調に進めております」
アレクからの報告を受けた侯爵は、大きく頷く。
「うむ。領内のほうは、どうなっておる?」
アレクは、鞄から羊皮紙の資料を取り出して確認する。
「ええと……」
侯爵は、資料を確認し始めるアレクを微笑みながら冷やかす。
「我が領内の出来事は、把握しておらんのか? ほっほっほ」
アレクは、目当ての資料を探し出すと読み上げ始める。
「大丈夫です。今月のルードシュタット領での出来事ですが・・・」
「ふむ」
「北部の農場から『柵を開いた隙に牛一頭が逃げたした』とのことで、この件はアルを現地に派遣し、無事、牛を保護致しました。また、東部の村から『用水路の水門が壊れた』とのことで、こちらはトゥルムを現地に派遣して水門を修理致しました。あと……州都で『若い女が交際していた男をナイフで斬り付けた』とのことで、ドミトリーを派遣して傷の手当てを致しました。原因は男女間の痴情の縺れとのことで……以上です」
侯爵は、上機嫌でアレクを褒める。
「ほっほっほ。些細な問題が三件か。アレクよ。我が領内は、至って平和であるな」
「はい」
アレク達が話していると、馬車は湖畔の別荘に到着する。
大きな湖には幾つもの清流が流れ込み、透き通った湖水が寄せる湖畔では水鳥 の群れが岸で羽を休めていた。
ルードシュタット侯爵家の別荘は、緑の草原と森が点在する湖畔の一角にあった。
湖畔の別荘には、既にアル達一家とトゥルム、ドミトリーが着いていた。
ルイーゼとアレクシオは馬車から降り、ルイーゼがアル達に声を掛ける。
「みんな! 久しぶりね!」
「ルイーゼ!」
ナタリーが笑顔で手を振りながら答え、アルと子供二人の四人でアレク達の馬車のほうに歩いて来る。
アルとナタリーの子供は、男の子と女の子の兄妹であった。
アレクは、馬車から降りてくるルードシュタット侯爵の脇で身体を支え、御者が用意した車椅子に侯爵を座らせる。
侯爵は全く歩けない訳では無く、杖を使いゆっくりとだが歩くことができた。
侯爵が乗る車椅子を押しながら、アレクは口を開く。
「アル! ナタリー! もう着いていたのか?」
「アレク!」
アルは、二人の子供にアレク達に挨拶するように促す。
「ほら、挨拶しな」
男の子が口を開く。
「僕、クラウド・ジカイラ・サード! よろしく!」
女の子も口を開く。
「アイリス。よろしく」
アレクシオが二人に挨拶する。
「僕、アレクシオ。よろしく」
「遊ぼう!」
「うん!」
三人の子供達は、湖畔の原っぱへと走っていく。
アレクは、感心したように告げる。
「二人とも、アルとナタリーにそっくりだな」
アルも笑顔で答える。
「まぁな。アレクシオも、アレクにそっくりじゃん」
アレクは、照れたように答える。
「まぁね」
トゥルムとドミトリーもアレクの元にやって来る。
トゥルムが口を開く。
「隊長。手紙では、やり取りしているが、直接、顔を合わせるのは久しぶりだ。元気そうで何より」
「トゥルム。水門の件は、助かったよ」
ドミトリーも口を開く。
「皆、元気そうだ。拙僧も悟りの道を求めているぞ」
「ドミトリー。わざわざ州都に来てくれてありがとう」
アレク達は、原っぱで遊ぶ子供達を眺めていると、トゥルムが口を開く。
「平和だな」
子供達の笑う声を聴き、アレクは目を細めて答える。
「ああ」
ドミトリーも口を開く。
「平和なのは良いことだが、こうも平和だと、腕が鈍ってしまうわ」
「ははは」
ドミトリーの言葉に皆が笑うと、エルザ一家が馬車でやってくる。
子供達と馬車を降りたエルザは、笑顔で手を振りながら叫ぶ。
「みんな~!!」
エルザは、帝国の伝統的なディアンドルを着ており、田舎の農場のお母さんといった伊出達であった。
ルードシュタットでは、帝都の上流貴族女性が着込むゴージャスなドレスに比べて簡易的な作りの着やすいディアンドルが、避暑地用のサマードレスとして好まれていた。
アレクの前にエルザとエルザの子供達が集まる。
エルザの子供達は、茶目茶髪の男の子一人と、エルザそっくりの獣耳と尻尾のある女の子四人であった。
エルザが自分の前に並んだ子供達に告げる。
「さぁ、お父様たちに挨拶して」
男の子が自分の名前を告げる。
「カイル」
四人の女の子が続く。
「エリーゼ」
「エミリア」
「カトリーナ」
「ロイース」
四人目の女の子が挨拶すると、カイルが叫ぶ。
「終わり!」
次の瞬間、エルザの五人の子供達は、示し合わせたように一斉にその場から走って逃げ出す。
「キャハハハ!!」
驚いたエルザが叫ぶ。
「ああっ!? まだ、ママが『良い』って言ってないでしょ!? こらっ! 待ちなさい!!」
エルザは、走って逃げ出す五人の子供達を捕まえようとするが、五人はそれぞれバラバラの方角に走って逃げ出しており、エルザは一人も捕まえられなかった。
諦めたエルザが腰に両手を当てて呟く。
「もうっ!!」
微笑ましいエルザの姿を見て、皆が笑う中、トゥルムが告げる。
「子供らは、好きなように遊ばせておけば良いではないか」
エルザは、ため息交じりにトゥルムに答える。
「そうだけど……挨拶くらいは、キチンとできるようにしないとね!」
アルがエルザに尋ねる。
「そういえば、エルザの子供って、双子の女の子が二組じゃなかったっけ? 男の子もいたのか?」
エルザは苦笑いしながら答える。
「そうよ。私とアレクの子供は、双子の女の子二組の四人。カイルは、ゴズフレズに行った時の赤ちゃんよ。ウチの子と半年しか違わないから、預けていた帝都の孤児院から私が引き取って育てているの。……一人だと、寂しいでしょ? あの子の本当のお母さんのお墓を知っているのも、私とトゥルムだけだし。あの子が大人になったら、教えてあげようと思うの」
エルザの言葉を聞いたアルは感心する。
「そうなんだ。エルザ、意外と良いところあるんだな」
トゥルムはエルザを褒める。
「私が言っただろう? 『エルザは良い母親になる』と」
エルザは照れながら笑顔で答える。
「そう? ありがと」
カイルを先頭に、エルザの子供達がエルザの元に集まってくる。
カイルが口を開く。
「ママ。これあげる」
そう言ってカイルは手に持った物をエルザに差し出す。
エルザは、カイルが差し出してきた物を受け取って検分する。
「これ、野イチゴじゃない。くれるの?」
カイルは満面の笑みでエルザに告げる。
「うん! 見つけたの! あっちにあった!」
「ありがとう」
エルザはそう答えると、カイルの頭を撫でながら、アレクに告げる。
「こうやって、何かを見つけると、私を喜ばせようと持って来てくれるの。優しいでしょ?」
「ああ」
アレクシオ、クラウド、アイリスの三人もアレク達の元にやって来る。
エルザとアレクの話が一段落すると、馬車で到着したナディア親子がアレク達の元に歩いて来る。
ナディア親子は、二人ともお揃いの白いワンピースと麦わら帽子という姿であり、二人は手を繋いで、ナディアは片手にバスケットを持っていた。
ナディアが口を開く。
「みんな、久しぶりね」
アレクが答える。
「ああ。ナディアも元気そうで。変わりないな」
「ええ」
ナディアは、傍らの娘に告げる。
「お父様たちに挨拶を」
「はい」
そう答えると、ナディアの娘は右足を後ろに引いてスカートの端を両手で摘まみ、優雅なカテーシーを決めて、アレク達に挨拶する。
「セレネです。初めまして」
優雅で上品に挨拶したセレネを見て、アレク達は目を丸くして驚く。
アルがナディアに尋ねる。
「いあ。確かにセレネはナディアにそっくりだけどさ。……本当にナディアの娘か?」
アルからの問いに、ナディアは目を輝かせながら熱弁を振るって答える。
「この子のエメラルドの瞳も、流れるようなブロンドの金髪も、間違いなくアレクと私の娘よ! 優雅で上品なところも私にそっくりでしょ!? 何たって、この子は、将来、『ルードシュタット公爵令嬢』なの! あと十年もしたら、この子は絶世の美貌と気品で帝国の社交界を席巻する『麗しの姫君』になるのよ! ……だから、今のうちに、しっかりと教育しないと!」
ナディアの熱弁に、アルは呆れたように答える。
「……まさか、お前が『教育ママ』になるとは』
ドミトリーも呆れたように呟く。
「とても、あの『ストーンゴーレムを召喚してカスパニア軍相手に大暴れしていたエルフの女召喚師』とは、思えん台詞だ」
ナディアは、少し拗ねたように答える。
「二人とも、失礼ね」
アレクは、アレクシオに告げる。
「アレクシオ。挨拶を」
「はい」
アレクシオはセレネの前に歩いて行くと、片膝を着いて挨拶する。
「アレクシオです。初めまして」
そう告げると、アレクシオはセレネの右手を取り、手の甲に接吻する。
男の子から初めて手に接吻されたセレネは、みるみるうちに頬を赤く染め、セレネはナディアの後ろに隠れてしまう。
ナディアはセレネに告げる。
「セレネ。挨拶には答えないと失礼ですよ」
そう言われたものの、セレネは照れてナディアのワンピースの影からそっと顔を出す。
ナディア親子の微笑ましい光景に皆の顔が綻ぶ。
ドミトリーが口を開く。
「しかし、さすが、隊長の御子息はしっかりしているな。その歳で『騎士典礼』とは」
ルイーゼが答える。
「皇宮に出入りする以上、必要な教育なのよ」
トゥルムは納得した様に答える。
「なるほどな」
アレクと小隊の仲間たち、その子供たちは、昔話をしながらの軽い食事の後、思い思いに遊んで過ごす。
アルとトゥルム、ドミトリーは、草原で男の子たちを両手で高く抱き上げ、その場で二回三回と回ると下に降ろして遊んでいた。
ルイーゼ、ナタリー、エルザ、ナディアの四人は、女の子たちと草原に座り、シロツメクサを積んで花冠を作って頭に被せ、その作り方を女の子達に教えていた。
アレクとルードシュタット侯爵は、少し離れたところで賑わいを眺めていた。
ルードシュタット侯爵は、傍らのアレクに語り掛ける。
「アレクよ」
「はい」
「まさか、この歳になって、たくさんの家族に囲まれて過ごす穏やかな休日が得られるとは。私は果報者だ。幸福だよ」
「御祖父様……」
「目の前にあるこの幸せな光景こそ、お前がしてきた選択と、伴侶と歩んできた道の結果なのだよ」
「はい」
侯爵は、目を閉じて呟く。
「時代が変わっても、人の本質は変わりはしない。伴侶を得て、愛を育み、子を生し、育てていくこと。友や仲間を得て、絆を紡いでいくこと。……幸福とは、他人から与えられるものではない。伴侶と共に自ら造り上げていくものだ。人は、産まれる家や場所は選べない。だが、どう生きるかは、選ぶことができる」
侯爵は目を開くと、再びアレクの方を見て告げる。
「アレクよ。帝国は人類の希望だ。帝室を護り、ラインハルトとジークを助け、王道を歩め。ルードシュタットの力はそのためにある」
「判りました」
アレクと仲間たち、その家族は、初夏の休暇を湖畔の別荘で幸せに楽しく過ごした。