第五十一話 彼女の父親
ナナイがアレクとルイーゼの部屋を訪れたのと時を同じくして、ハリッシュも娘のナタリーの部屋を訪れる。
ハリッシュは、ナタリーの部屋のドアをノックする。
部屋の中から声がする。
「どうぞ」
ハリッシュは、ドアのを開けて部屋の中に入る。
部屋では、ナタリーは机の前の椅子に座って趣味の手芸品を作っており、アルはベッドに寝転がって読書をしていた。
ハリッシュが口を開く。
「ナタリー。久しぶりですね。元気にしていますか?」
ハリッシュの声にナタリーが驚く。
「お父様!?」
「ええっ!?」
ナタリーの声にアルも飛び起きる。
ハリッシュは、中指で眼鏡を押し上げる仕草をした後で、ナタリーとアルを伺う。
「・・・ほう? こちらがナタリーの彼氏のアルフォンス君ですか。初めまして。ナタリーの父です」
ナタリーは、両親への手紙にアルのことを『彼氏』と書いていた。
突然、彼女の父親が現れたことにより、アルはベッドに座ったまま固まり、緊張してぎこちなく挨拶する。
「お、お初にお目に掛かります。アルフォンス・オブストラクトです」
ハリッシュは、アルを観察する。
(何というか、ジカイラの若い頃にそっくりですね! ところどころ、ヒナの面影もありますね。・・・親子とは、こんなに似ているものですかね)
ハリッシュが口を開く。
「ちょっと、所用がありまして、近くまで来ましたので顔を見に来ました。変わりありませんか?」
ナタリーは、ニッコリ微笑んで答える。
「はい。お父様」
「しかし、年頃の男女が同じ部屋で寝泊まりとは。あまり関心しませんね」
「大丈夫よ」
アルは、何となく気不味くなって思わず謝罪してしまう。
「・・・スミマセン」
「いや、別に君を責めている訳では、ありませんよ。帝国軍の福利厚生の問題です」
アルは、思わず苦笑いする。
「そうですか」
「・・・まったく。年頃の娘に『間違い』でも起きたら、軍はどうするつもりなのかと・・・」
呟くハリッシュの眼鏡のレンズが、アルを見ながら室内灯の光を反射して鋭く光る。
苦笑いを浮かべたまま、アルの顔が緊張と恐怖で引きつる。
ナタリーの父ハリッシュは、革命戦役の英雄として禁呪をも使いこなす『爆炎の大魔導師』の通り名で広く知られていた。
ナタリーが口を開く。
「お父様。ナタリーは、もう結婚できる年齢です。子供扱いしないで下さい」
「それは、そうですが・・・」
「それに、アルは鼠人との戦場で、何度も私を守ってくれました」
「そうでしたか。それは御礼を言わないといけませんね。・・・アルフォンス君。娘がお世話になりました」
そう言うとハリッシュは、アルに頭を下げる。
「いえいえ! 大したことはしていません!」
アルは、ガチガチに緊張しながら答える。
ハリッシュは微笑みながら口を開く。
「・・・私は、二人がお互いに愛しあっているなら、とやかく言うつもりはありませんよ。アルフォンス君の両親の事も、良く知っておりますので」
ナタリーの両親とアルの両親は、同じ小隊で革命戦役を戦い抜いた戦友であり、友人であった。
ナタリーの父ハリッシュは、アルとナタリーの交際を認めてくれた。
ハリッシュのその言葉を聞いたアルは、胸を撫で下ろす。
安堵するアルにハリッシュが口を開く。
「・・・アルフォンス君。ナタリーの事をよろしくお願いしますね」
そう言うとハリッシュは、再びアルに頭を下げる。
アルは、慌ててハリッシュに答える。
「そんな! こちらこそ、よろしくお願いします!」
一呼吸置いて、ハリッシュが口を開く。
「さて、それでは私は戻りますね。二人とも元気で」
「お母様によろしく伝えて下さい」
「判りました。クリシュナに伝えておきます。それでは」
ハリッシュは、ナタリーの部屋を後にし貴賓室へ戻っていった。