第五百二十六話 帝国第二皇子の帰還(一)
アレク達は、帰り道に補給処で昼食を買って帰り、寮に到着すると食堂に集まる。
既に昼を過ぎていたが卒業式があったため、アレク達はまだ昼食を取っていなかった。
アレク達が昼食を食べ終わった事、寮の入口のドアをノックする音が響く。
「誰だろう?」
アレクが応対に出て寮の入口のドアを開けると、訪れて来たのはカルラとエステルの二人であった。
二人とも皇宮警護軍の真っ白な制服に身を包んでおり、軍人然とした出で立ちであった。
カルラは口を開く。
「アレク様!」
エステルも口を開く。
「アレク様! お迎えに上がりました!」
アレクは答える。
「カルラ!? それにエステルも!」
カルラは、目を潤ませながらアレクを見詰める。
「卒業、おめでとうございます! 私、ずっと……ずっと、この日が来ることをお待ちしておりました」
エステルも同様であった。
「私もです! アレク様」
食堂からアルが入口にやって来る。
「アレク。誰が来たんだ? ……って、カルラか!?」
カルラは笑顔でアルに答える。
「ご機嫌よう、アル様」
アルに続いて他の仲間達も入口にやって来る。
エステルは、皆に告げる。
「皆様、お迎えに上がりました! 参りましょう!」
カルラとエステルは、皇宮警護軍の高速飛空艇でアレク達を迎えに来ていたのであった。
アレク達は、迎えに来たカルラとエステルの案内で皇宮警護軍の高速飛空艇に乗り、帝都へと向かう。
高速飛空艇は、士官学校併設の飛行場から離陸し、帝都を目指して飛行を始めると、小一時間ほどで高速飛空艇は皇宮併設の飛行場へ着陸する。
アレク達は高速飛空艇を降りると、カルラとエステルを先頭に皇宮へと歩いて行く。
アレクは、小隊の仲間たちに告げる。
「みんな、こっちだ。荷物は、そのままで良い」
アルは、アレクとルイーゼの後に続いて歩いていたが、皇宮に向かって歩いている事に気付く。
「おい、アレク。……皇宮に向かってるぞ?」
「ああ」
アレクは、ためらいなく皇宮に向かって歩いて行く。
アレクの素性を知っているのは、アレクとルイーゼ、カルラ、エステルの四人であり、他の者達は、カルラとエステルの二人の厚意で飛空艇で士官学校に迎えに来てくれたものだと思っていた。
カルラとエステルの二人が皇宮の入口にたどり着くと、衛兵たちは入口を開けて二人に敬礼して道を譲り、アレク達は皇宮の中に入って行く。
エルザは、不安を堪え切れなくなり、アレクに尋ねる。
「ちょっと、ちょっと! アレク! ここ、皇宮よ!? 中に入って、大丈夫なの??」
「ああ」
アレク達は、カルラとエステルの二人を先頭に、そのまま皇宮の奥へ歩いて行く。
アレク達が通路で出会うメイドや執事たちは、アレク達が近付くと、皆、一様に通路の端に身を寄せ、アレク達が通り過ぎるまで頭を下げていた。
途中に幾つかある門や扉でも、アレク達が近付くと、衛兵達は左右に別れて門や扉を開けて一礼し、アレク達を通す。
皇宮に出入りしている伯爵家や侯爵家といった上級貴族の子息や令嬢達も、通路でアレク達が近付くと、皆、一様に通路の端に身を寄せ、アレク達が通り過ぎるまで頭を下げていた。
エルザに続いてナディアも不安を堪え切れなくなり、アレクに尋ねる。
「ア、アレク? 大丈夫なの? 結構、皇宮の奥まで歩いて来ているけど……」
「ああ」
やがて、カルラとエステルの二人は、玉座の間の入口にたどり着くと両開きの扉を開けて中に入り、アレク達を中に招き入れる。
「どうぞ」
カルラとエステルの二人は、玉座の間の入口から中に入り、それぞれ左右に分かれて立つと、中に入るアレク達に向かって頭を下げる。
アレク達が床に敷かれているレッドカーペット上を歩いて奥へ進むと、カルラとエステルはアレク達の後ろについて来る。
トゥルムは、小声で呟く。
「ここは……玉座の間ではないか!」
ドミトリーは、小声でトゥルムに答える。
「見ろ! 皇帝陛下が居られる!!」
先頭を歩いているアレクは、玉座に座る皇帝ラインハルトと皇妃ナナイの前まで歩き、立ち止まる。
アレクが立ち止まると、傍らのルイーゼは、玉座に座る二人に向かって片膝を着き、最敬礼を取る。
ルイーゼにつられるように、小隊の仲間たちは動揺して互いに顔を見合せながらも、ルイーゼと同じように片膝を着いて最敬礼を取る。
アレクは、玉座に座る皇帝ラインハルトと皇妃ナナイの二人を前にしても、立ったまま二人を見据えていた。
アルは、皇帝ラインハルトに最敬礼を取ろうとしないアレクに対して、慌てて小声で告げる。
「おい! アレク!」
ナタリーも小声でアレクに告げる。
「アレク、皇帝陛下よ!?」
アレクは二人の言葉に動じることなく、ラインハルトを正面から見据えると口を開く。
「アレキサンダー。士官学校を卒業し、ただいま皇宮に帰還致しました」
アレクは、そう口にすると、ラインハルトに軽く頭を下げる。
ラインハルトは、立派に士官学校を卒業して皇宮に帰って来たアレクに対し、微笑みながら穏やかに答える。
「士官学校での二年間の務め、大儀であった。アレキサンダー。これからは帝国第二皇子に戻るが良い」
「はっ」
ルイーゼ以外の小隊の仲間たちは、アレクとラインハルトの会話を聞いて驚き、最敬礼をとったままアレクを見詰めて絶句する。
「第二皇子!?」
驚愕して絶句する仲間たちを他所に、アレクは続ける。
「父上! 紹介したい人がいます!」
そう口にすると、アレクは傍らで最敬礼を取るルイーゼの腕を取り、自分の隣に立たせる。
アレクは、立ち上がったルイーゼに目配せすると、ラインハルトに告げる。
「ルイーゼ・エスターライヒです! 私は彼女の支えで、今日という日を迎える事ができました!」
ラインハルトは、ルイーゼを一瞥すると口を開く。
「皇宮のメイドではないか」
ラインハルトは、ナナイから話を聞いており、二人のこれまでの経緯をすべて知っていたが、敢えて二年前と同じ言葉でアレクに尋ねる。
「・・・それで。アレク。お前は、そのメイドを妃にしたいのか?」
ラインハルトからの問いに、アレクは力強く答える。
「はい!」
アレクの答えを聞いたラインハルトは、微笑みながら穏やかに告げる。
「良いだろう。……ルイーゼ。第二皇子の正妃として、アレキサンダーを頼むぞ」
「はい!」
ルイーゼは、はっきりとラインハルトにそう答えると、感激のあまり、両手を合わせるように口元を押さえながら、傍らのアレクに涙ぐんだ目を向ける。
アレクを見詰めるルイーゼの瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れ落ち、頬を伝っていく。
アレクはルイーゼを抱き寄せると、少し照れたような顔をしながらルイーゼの頬に右手で触れ、親指で涙を拭うと、その瞳を見詰めながら告げる。
「ルイーゼ。君がいてくれたから。君が支えてくれたから、ここに帰ってこれたんだ。ありがとう。愛しているよ」
「アレク!!」
ルイーゼはアレクの首に両腕を回して抱き締め、二人は唇を重ねる。
アレクの努力とルイーゼの献身。
二人の互いを想う愛情が結実して新しい未来を切り開いた瞬間であった。
キスを終えたアレクとルイーゼの二人が抱擁しあう中、皇妃ナナイは玉座から立ち上がると、雛壇を降りてルイーゼの元へ歩いて行き、微笑みながら声を掛ける。
「ルイーゼ。今までよく頑張ったわ。陛下も御許しになった」
ルイーゼはアレクの腕の中から出て、自分に微笑み掛けるナナイへ目を向けると、再びルイーゼの胸に熱い想いが込み上げてくる。
ルイーゼには、今まで決して口にすることができない言葉あった。
ナナイは、ルイーゼに優しく語り掛ける。
「これでやっと、親子になれたわね」
「お母様!!」
再びルイーゼの瞳から涙が溢れ出し、ルイーゼはナナイの胸にすがりつく。
ナナイは、胸にすがりつくルイーゼを優しく抱き締め、その頭を撫でる。
「もう泣かないの。私達は家族でしょ」
もはや、ルイーゼがナナイを母と呼んでも咎められる者などいない。
両親に捨てられたルイーゼが伴侶と家族を得た瞬間でもあった。
そこには、血の繋がりを、血縁という枠を超えた、家族という絆だけが静かに輝いていた。
愛は単なる血の継承ではなく、単なる感情の寄せ合いではない。
それは心の交感によって生まれ、育まれ、共に造り上げるものであることを教えてくれる。
絆は、人が人として生きる上で最も尊い奇跡であり、永遠に語り継がれるべき叙事詩であった。