第五百二十五話 士官学校卒業式
ー卒業式当日。
アレクは、良く眠ることができず、朝早くに目が覚める。
傍らの腕の中では、ルイーゼが穏やかな寝息を立てている。
アレクは、ベッドで横になったまま部屋の中を見回すと、天井を見上げ、士官学校に入学してからの出来事を思い出す。
士官学校に入学して小隊仲間たちと出会い、ルドルフ達や先輩達とやりあった。
帝国の辺境を荒らす鼠人と戦い、後に越境してトラキア戦役を戦った。
テロ事件をきっかけに半グレ集団『腹筋同盟』と戦い、『解放戦線』とも戦った。
天覧試合で優勝し、初めてラインハルトから褒められた。
初めての野営訓練。ルイーゼと仲間と過ごした夏の海。
ゴズフレズでの北方動乱。ホラント独立戦争。
妹ミネルバの士官学校入学。
空中都市への遠征。ソユット帝国との戦い。
二回目の野営訓練。
ホラント独立戦争の勝利。アルビオン諸島での死闘。
講和会議とダークエルフの襲撃。
士官学校で過ごした二年間の様々な出来事がアレクの脳裏によぎる。
アレクは、傍らで眠るルイーゼに目を向け、穏やかな彼女の寝顔を見詰めながら彼女の事を考える。
様々な出来事があったが、常に自分の傍にいて、支えて尽くしてくれた彼女に対する感謝の気持ちと愛おしさで胸が一杯になる。
(君がいてくれたから……)
「んっ……」
不意にルイーゼがアレクの腕の中で寝返りをうって目覚める。
アレクは、目覚めたばかりのルイーゼに覆い被さるように抱き締めると唇を重ねる。
「んんっ……アレク。起きてたの?」
「よく眠れなくてね」
「ふふ。卒業式で、卒業生代表の答辞をするから?」
アレクの言葉にルイーゼは、クスリと笑う。
「色々とね」
「大丈夫よ。今までも上手くいったじゃない」
「ああ。この部屋で寝起きするのも、今日で最後だなと思うと、感慨深くて」
「そうね」
アレクとルイーゼは、昨夜、愛し合った余韻を惜しみつつも寝床を離れて身支度を始める。
身支度を整えたルイーゼは、アレクを呼び止める。
「アレク。ちょっと待って」
「んん?」
「勲章、曲がってる」
ルイーゼはそう告げると、アレクが制服の胸に付けている二つの帝国騎士十字章とゴズフレズ戦士勲章をそれぞれ真っ直ぐになるように付け直す。
「これで、良いわ」
「ありがとう」
二人が身支度を整えて食堂に行くと、他の仲間たちは皆、制服を着て既に集まっていた。
アルは、二人が来たのを見て口を開く。
「おはよう。二人とも、来たな」
「おはよう」
アルにナタリーが続く。
「おはよう」
アレクとルイーゼの二人も仲間たちに挨拶して席に着く。
エルザは二人の顔をまじまじと見ると冷やかす。
「二人とも、さすがに卒業式の日は、朝からしないのね」
エルザの言葉に、アレクは食べていた物を喉に詰まらせ、咳き込む。
「けほっ! けほっ! 卒業式の朝なのに、何を言い出すんだ!?」
ルイーゼは、咳き込むアレクの背中をさすりながら、エルザに注意する。
「エルザ、食事中にそんな事を言って! アレクが窒息したら、どうするの!」
ルイーゼの注意にナディアが続く。
「そうよ、エルザ! 今日は卒業式なのよ!? 朝からするのは、明日からに決まっているじゃない!」
すかさず、アルはナディアにツッコミを入れる。
「ナディア。それ、フォローになって無いぞ」
ナディアは、アルに反論する。
「アルだって、明日からナタリーとするんでしょ?」
ナディアからの想定外の反論に、アルはしどろもどろに答える。
「いや、それは、その……この場では……」
ナタリーは、頬を赤く染めながら答える。
「もぅ! アルったら! 恥ずかしい・・・」
トゥルムは、笑いながら口を開く。
「はっはっは! 皆、卒業したら、結婚するのだろう。好きにすると良い」
ドミトリーも口を開く。
「まったく、お主らときたら! 煩悩に捕らわれ過ぎだ!」
小隊の仲間たちと簡単な朝食を済ませると、アレク達は卒業式が行われる講堂へと向かう。
ー講堂。
講堂には、既に教職員や軍監が集まっており、平民組や貴族組の一年生や卒業する二年生が集まって来ていた。
アレクは、集まって来て席に着く二年生の中にルドルフやフレデリクたちの姿を見付け、少し安堵して席に着く。
時間になり、卒業式が始まる。
皇帝ラインハルトの代理として皇太子のジークが壇上で訓示する。
アレクは、卒業生代表として答辞を述べる。
卒業生は、司会から名前を呼ばれると起立して、小隊毎に壇上に呼び出され、一人一人、卒業証書を手渡しされていく。
卒業式は、何事も無く淡々と進められていく。
そして、卒業式は終了する。
アレク達は、卒業証書を手に、講堂から寮への帰途に着く。
歩いているアレクの元にフクロウ便で羊皮紙の手紙が届く。
アレクは、封印を切って羊皮紙の手紙に目を通す。
ルイーゼは、アレクに尋ねる。
「アレク。なんの手紙?」
アレクは答える。
「母上から。『迎えを行かせるから、帰ってこい』って」
「どうするの?」
「帰るさ。父上にも会わないと。父上に会って、君を紹介しないとね」
「アレク……」
ナディアとエルザの二人は、アレクに詰め寄る。
ナディアはアレクに尋ねる。
「ねぇ、アレク。私のことも、第二夫人としてお父様に紹介してくれるわよね?」
エルザもナディアに続く。
「アレク! もちろん、エルザちゃんのことも紹介してくれるわよね!?」
アレクは、羊皮紙の手紙を示しながら答える。
「『小隊の皆で』って、母上からの手紙に書いてある。皆で行こう」
アレクの言葉にトゥルムは驚く。
「私も隊長の実家に行って良いのか?」
ドミトリーも驚く。
「拙僧もか!? ……ふむ。拙僧は、以前から隊長の実家に興味があったのだ」
アレクは、ドミトリーに尋ねる。
「オレの……実家に?」
ドミトリーは、単刀直入に尋ねる。
「隊長は、士官学校の平民組にいたが、帝国貴族の生まれなのだろう?」
ドミトリーの質問にアレクは驚き、ギクリとしながら尋ね返す。
「どうして、そう思った?」
ドミトリーは、したり顔で自説を披露する。
「隠していても、見たら判る。帝国プラチナ貨を小遣いで持ち、騎士典礼を身に付けている。黒パンの食べ方を知らず、ナイフとフォークを使って食事をする。それに……」
「それに?」
「それに、あの妹御。見るからに、まごうこと無き貴族令嬢だ。それも、かなりの上級貴族と見受けられる。品の良い高価な小物を持ち、労働をしたことの無い綺麗な手と細く長い指。顎を引き、背筋を伸ばして、つま先から歩く、あの歩き方。普段、髪を飾りドレスを着て、かかとの高い靴を履いているから、ああいう歩き方になるのだ」
ドミトリーの観察眼は見事であり、図星であった。
アレクは、はぐらかすように答える。
「皆で実家に行ったら判るよ」