第五百二十三話 魔導王国エスペランサ撤退、その後
ー国際会議場周辺の道路。
邪竜ウエストミンスターが逃走した後、シュタインベルガーは、翼を羽ばたかせて波打ち際から飛び上がると、アナスタシア達の前に降り立つ。
巨大な金鱗の竜王が間近に迫り、バルドゥインたちは恐怖に顔を引きつらせる。
「アナスタシア!」
バルドゥインは、シュタインベルガーとアナスタシアの間に入り、アナスタシアを背に庇う。
「お、おい・・・」
「むぅ・・・」
シャイニングとパンタロウも、恐怖に顔を引きつらせて身構える。
シュタインベルガーは、覗き込むようにアナスタシアに顔を近付けて尋ねる。
「ナントスエルタの砂像を呼び出したのは、お前か?」
シュタインベルガーは、縦に割れている瞳孔の目を細めてアナスタシアを睨む。
「はい」
アナスタシアは、緊張した面持ちで答える。
「大地母神の祭司よ。今回は見逃してやる。この大陸は、我が領地。二度と我が領地でナントスエルタを呼び出すな。いいな?」
「わ、判りました」
アナスタシアの答えを聞いたシュタインベルガーは、再び大空へと舞い上がると、住処であるキズナの死火山を目指して飛んで行った。
シャイニングは、呟く。
「行ったか」
「ふぅ・・・」
バルドゥインは、アナスタシアを背に庇ったまま、安堵の息をつく。
「ふぅ・・・」
シャイニングとパンタロウも安堵の息をつくと、シャイニングは軽口を叩く。
「あんなのに睨まれたら、生きた心地がしないぜ。寿命が縮んだぞ!?」
「うむ」
シャイニングの軽口に、パンタロウは同意する。
アナスタシアは、駆け付けた帝国軍と残存する魔導王国軍が戦闘を繰り広げる中、人間と妖魔の戦いなど意に介さず、キズナがある北を目指して飛んでいくシュタインベルガーを見詰めていた。
(あれが金鱗の竜王。神殺しの竜王シュタインベルガー・・・)
アナスタシアは、幼い頃に亡き母から聞いていた創世記の伝承の『生き証人』であるシュタインベルガーを見て、伝承は本当に実在していたのだと想いを巡らせていた。
-帝都近郊 上空 静寂の要塞
シグマ達は大烏の背に乗り、地上から上空の静寂の要塞へ撤退する。
静寂の要塞は、帝都防空群の飛空艇により猛烈な砲爆撃を受けており、防空塔などが火災を起こしていた。
シグマは、通路を歩きながら傍らの従者達に告げる。
「撤退だ。静寂の要塞を透明化して高度を上げ、洋上へ移動しろ。霊樹の森も随時、透明化して洋上へ移動だ。穢れし老樹は、捨て置け」
「了解しました」
シグマは、城の中央にある豪華な居館の『謁見の間』に戻る。
謁見の間には、先に戻っていた女王ドロテアが玉座におり、その前にはダークエルフに従う妖魔の族長達や亜人たちの族長達がドロテアに跪いていた。
シグマは、最前列に入り、ドロテアに跪く。
「女王陛下。只今、戻りました」
「シグマか」
「はっ」
「・・・ふっ。求婚にしくじったわ。だが、久々に面白い物が見れた。迎賓館はどうであった?」
ドロテアは、上機嫌でシグマにラインハルトの拉致失敗を告げ、迎賓館のことを尋ねる。
「迎賓館には皇太子をはじめ、『皇帝の息子』が三人おりました」
「ほう?」
シグマが話す『皇帝の息子』という単語に、ドロテアは関心を示す。
「妖魔の軍勢を率いて迎賓館に侵攻し、そこにいた皇太子の捕縛を試みましたが、皇太子の他に二人、皇帝の息子が現れました。皇帝の息子は、三人ともいずれも上級騎士であり、我が軍が皇太子を捕縛することは叶いませんでした」
「そうか! 皇帝の息子は、三人とも上級騎士であったか! そうであろう、そうであろう。・・・くふふふ」
ドロテアは、嬉々としてシグマに答える。
神々から祝福され能力を与えられた大帝の直系の子孫である皇帝ラインハルト。その血を引いた三人の息子達は、いずれも上級騎士であった。
ドロテアは、『ラインハルトの血を引く子は、大帝が神々から与えられた能力を引き継ぎ、上級騎士の能力と、女を惹きつけ子供をたくさん授ける強い生殖能力を持つ』という自分の考えが正しいと裏付けるシグマからの報告を受け、嬉々としていた。
「シグマよ。役目、大儀であった。引き上げるぞ」
「ははっ」
ドロテアは、上機嫌であった。
帝都近郊の上空で制止していた静寂の要塞は移動を始め、洋上を目指しながら段々と高度を上げ、透明化していく。
霊樹の森は、飛行戦艦艦隊の砲撃を受けつつも、その物量によって飛行戦艦に接舷して妖魔達を乗り込ませ白兵戦を仕掛け、戦いを繰り広げていた。
しかし、帝国竜騎兵団が駆け付けたことにより、飛竜達が火炎息で攻撃し、炎上する大木が相次いでいた。
透明化した静寂の要塞が洋上に出ると、続いて霊樹の森の大木も戦闘を離れ、次々と高度を上げて透明化し、洋上へと移動していく。
女王ドロテア率いる魔導王国エスペランサによる講和会議襲撃と皇帝誘拐は失敗に終わり、妖魔の軍勢は国際会議場と迎賓館の周辺から撤退していった。
残された十二体の穢れし老樹は、飛行艦隊と帝国竜騎兵団、帝国機甲兵団、ストーンゴーレム達によって倒された。
ラインハルトら帝国政府首脳は、そのままルードシュタットの迎賓館へ移り、世界初の国際会議であった講和会議は、魔導王国エスペランサによる襲撃で中断。
ルードシュタットの迎賓館に会場を変えて講和会議を再開したものの打ち切りとなり、世界大戦は『両陣営間の和平協議を定期的に開催すること』と、講和会議を仲介した皇帝ラインハルトの顔を立てる形で両陣営とも合意したものの、世界大戦は継続することとなった。