第五百二十一話 迎賓館の戦いと戦況
シグマは、アレク、ジーク、ルドルフとの戦闘から離れ、迎賓館の西の出入口から外へ逃げていった。
「シグマ様!?」
三人のダークエルフの従者たちも、慌てて戦闘を辞めシグマの後を追っていく。
逃走したダークエルフの後を追うように妖魔達も西の出入口から外へ逃げていった。
潮が引くように迎賓館のホールからダークエルフの軍勢が退却し、見届けたジークは構えていたサーベルを降ろしてアレク達に告げる。
「終わったな」
ジークとルドルフは、妖魔の軍勢が退却していった西側の出入口に目を向ける。
アレクは、シグマの言葉に動揺していた。
(『三人とも、あの皇帝の息子か』って・・・どういう事なんだ?)
アレクは、無意識にジークに目を向ける。
(・・・兄上)
ジークは、無表情であった。
ジークは、父ラインハルト自身から『過去に母ナナイ以外の女と関係を持った』と聞き、いきさつを知っていた。
アレクは、続いてルドルフに目を向けると、ルドルフも涼しい顔をしていた。
(・・・ルドルフがオレの兄弟?)
ルドルフは、小隊対抗戦の後、母ティナと共にラインハルトに会い、自分の父親がラインハルトだと知っていた。
「・・・アレク大尉、ルドルフ中尉。御苦労だった」
「はっ!」
ジークから声を掛けられたルドルフは、片膝を着いて最敬礼を取る。
アレクは動揺を隠せずにいたが、ルドルフにつられる形で片膝を着いてジークに最敬礼を取る。
ジークは、最敬礼を取るアレクが動揺している様子を察すると、アレクの肩に手を置き、顔を耳元に近付けて囁く。
「詳しい話は父上から聞け。母上には聞くな」
「はい」
ジークは、アレクにそう告げるとアストリッドの元へと歩いていった。
アレクとルドルフの元に各々の小隊の仲間達が集まって来る。
ルドルフは、集まってくる自分の小隊の仲間達の方を向いて最敬礼から立ち上がると、自分を見詰めるアレクに流し目を向けて告げる。
「・・・そういうことだ」
ルドルフは、アレクに一言そう告げると、自分の小隊の仲間たちの元へ歩いて行った。
アレクは、シグマとルドルフの言葉に、理解と気持ちの整理が追い付かず、呆然としながら立ち上がる。
(オレとルドルフが兄弟??)
アルは、立ち上がるアレクに声を掛ける。
「やったな! アレク」
「ああ」
ルイーゼは、アルからの労いに気の無い返事をするアレクを案じる。
「どうしたの? 大丈夫?」
「んん? 大丈夫さ」
ジーク、ルドルフ、アレクの三人の中でアレクだけが『ルドルフは、父ラインハルトが母親以外の女に産ませた異母兄弟』だということを知らなかった。
-国際会議場前 海岸沿いの道路。
ジカイラ達は、国際会議場前の道路にいた。
ジカイラ達の元へミネルバとランスロットがやってくる。
ミネルバは、ジカイラに戦況を報告する。
「大佐。国際会議場周辺の敵は掃討しました。帝国機甲兵団と帝国竜騎兵団が展開し、海岸沿いの道路の防衛線まで敵を押し返しています」
「了解。一年生にしては良くやったな。御苦労だった」
「はい」
ジカイラはミネルバから報告を受け、上空に目を向ける。
大烏は、飛竜の背中を襲おうとするが、飛竜の背中には竜騎士が乗っており、竜騎士の槍で突かれ、大烏は背中を襲えずに身体を翻す。
飛竜がそれを見逃すはずは無く、身体を翻した大烏の身体に両足の爪を突き立てて掴み、噛みつく。
噛み付いた飛竜の牙が大烏の身体を食い千切り、黒い羽根が空に飛び散っていく。
帝国竜騎兵団の飛竜に乗った竜騎士達は、上空で次々と大烏を討ち取っていき、飛行戦艦の艦隊に群がっていた大烏達は逃げ出し始めていた。
(飛竜から見て、大烏はエサみたいなものだしな)
次にジカイラは、海岸沿いの道路に目を向ける。
帝国軍は道路に沿って防御線を構築し、帝国機甲兵団が防御線まで妖魔の軍勢を押し返していた、道路に沿うようにクリシュナが召喚した十二体のストーンゴーレムと十二体の穢れし老樹が格闘戦を続けていた。
最後にジカイラは、海沿いの道路の先にある、砂浜の広がる沿岸に目を向ける。
波打ち際では、古代竜王シュタインベルガーと邪竜ウエストミンスターが激しく戦っていた。
ジカイラは、諦めた顔で傍らのヒナたちに話し掛ける。
「・・・あの辺りは、人の手に余るな」
-帝都軍港 沖合い グーレス王国艦隊 旗艦HMSクィーン・シャーロット
軍港にたどり着いたシャーロット達は、旗艦に乗り込んで艦隊を出航させ、沖合いにいた。
グーレス王国艦隊の旗艦HMSクィーン・シャーロットは、二隻の護衛艦を伴い、その純白の艦体を沖合いに浮かべ、波間を滑るように航行していた。
グレース王国艦隊が直ぐに出航できたのは、グレース王国が『海賊国家』とも呼ばれている事に由来していた。
グレース王国海軍による私掠行為に対し、敵国が報復に来た場合に備えて、即座に応戦できるように、いつ何時も、即座に艦を動かせるように備えることがグレース王国海軍の伝統であった。
士官の一人は、シャーロットに告げる。
「姫! さすがにヤバいですぜ? このまま、バックレましょうぜ!」
シャーロットは、即座に否定する。
「馬鹿なことを! 我らも戦うぞ! 帝国軍を援護する! あの黒竜を狙え!」
シャーロットは、抜いたレイピアで邪竜ウエストミンスターを指し示すと、別の士官がシャーロットに問い質す。
「姫、本気ですか!? 相手は、古代竜ですぜ!?」
「当然だ! 『女王が竜にビビッて、夫を捨てて逃げ出した』とあっては、武門グレース王家、末代までの恥だ!」
「・・・わかりやした」
シャーロットに付き従う五人の士官達は、諦めたように戦闘準備に取り掛かる。
「全砲門開け! 目標、砂浜の黒竜!」
「了解!」
グレース王国艦隊は、戦闘準備を整え、砲門をウエストミンスターに向ける。
砂浜の波打ち際で古代竜王シュタインベルガーと邪竜ウエストミンスターは戦っていた。
どちらも鋭い爪と牙を持ち、固い鱗を全身に纏っており、互いに噛みつき合い、殴り合い、掴み合って戦っていた。
互いに噛みつき合い、殴り合った後、シュタインベルガーは身を翻して、尻尾の一撃をウエストミンスターに食らわせる。
尻尾による強烈な一撃を貰ったウエストミンスターは、後ろへよろけ、シュタインベルガーから離れる。
シャーロットは、この一瞬を見逃さなかった。
(今だ!!)
「全艦、撃てぇ!!」
シャーロットは、号令と共に抜いていたレイピアを振り下ろすと、旗艦HMSクィーン・シャーロットの艦舷に搭載されている新型カロネード砲は轟音を轟かせて一斉射撃を行う。
旗艦の一斉射撃に合わせて護衛艦も砲撃する。
グレース王国艦隊の一斉射撃は、邪竜ウエストミンスターの身体に命中して炸裂する。
「グァアアアア!!」
ウエストミンスターは、無数の砲弾が身体に炸裂して漆黒の鱗が砕け散り、傷口から黒い血が噴出し、悲鳴とも取れる叫びを上げながら波打ち際をのたうち回る。
一度ならず、二度も見下している人間達にやられ、ウエストミンスターは激昂する、
鎌首をもたげたウエストミンスターは、瞳孔が縦に割れた目をグレース艦隊に向けると、怒りの咆哮を上げる。
「おのれぇ! おのれぇぇえ! 人間がぁぁああ!!」
ウエストミンスターは、沖合いを航行するグレース王国艦隊を睨み付けたまま、飛び掛かって襲い掛かろうと漆黒の翼を広げる。
-国際会議場前 海岸沿いの道路。
アナスタシアたちは、ジカイラ達と共に戦場を眺めていた。
アナスタシアの目に映ったのは、ウエストミンスターがグレース王国艦隊から砲撃を受け、目の前のシュタインベルガーからグレース王国艦隊のほうへ顔を向け、巨大な漆黒の翼を広げて飛び掛かろうとしている姿であった。
「いけない!」
アナスタシアは、祈りを捧げる。
「Terra Mater dea Nantos Elta!」
(大地母神ナントスエルタよ!)
アナスタシアの左右に広げた両手の指先に青白い魔力の光が灯ると、その光は手のひらに集まっていき、青白く光る球状の魔力の塊になる。
シュタインベルガーとウエストミンスターは、アナスタシアが祈りを捧げて呼び覚ました大地母神ナントスエルタの膨大な魔力を感じ取り、驚いたようにアナスタシアへ顔と目線を向ける。
「Terra mater! Capere Draconem Nigrum!」
(母なる大地よ! 黒竜を捕えよ!!)
アナスタシアはそう叫ぶと、祈るように両手を胸の前で合わせる。
ウエストミンスターの足元の砂が盛り上がり、人間の女性の上半身の形をした巨大な砂像となって砂浜から現れ、両腕で抱き付くようにウエストミンスターの首の付け根に両腕を回し、その場から動けないように抱え込んで捕える。
ウエストミンスターは、砂浜から現れ自分に抱き付く砂像に驚愕して叫ぶ。
「グアッ!? ・・・ナントスエルタ!? 貴様、死んだはず!?」
シュタインベルガーは、砂像に捕らえられ身動きできないウエストミンスターに告げる。
「我が領地に立ち入った愚を後悔するがいい!」
そう告げると、シュタインベルガーは大きく息を吸い込み、その姿を見てウエストミンスターは狼狽える。
「待て! シュタインベルガー!」
シュタインベルガーは、ウエストミンスターに向けて火炎息を放った。
シュタインベルガーの火炎息は、紅蓮の爆炎となってウエストミンスターを目指して一直線に進み、直撃する。