第五百十四話 甲板での戦い(一)
ー帝国軍総旗艦ニーベルンゲン 甲板。
ドロテアは、戦闘態勢を取る帝国四魔将を一瞥すると、身体の左側の何もない空間に左手をかざす。
ドロテアの左手の先の空間に別の次元に繋がっているであろう穴が開くと、右手を穴の中に入れ、穴の中から意匠を凝らした柄のレイピアを取り出して構える。
ドロテアは、不敵な笑みを浮かべる。
「我は魔神の血を引く金色の瞳のダークエルフ、その女王の力を思い知るが良い!」
ドロテアの金色の瞳の輝きが増していき、身体の周囲に魔力が溢れ出る。
エリシスは苦笑いする。
「なかなか、凄い魔力ね」
ドロテアがレイピアを構えて交戦の意思を示したことに合わせ、護衛のダークエルフ達も一斉にレイピアを構える。
アキックスは、前衛の二人に指示を出す。
「行くぞ」
「ああ」
「はい!」
アキックスの言葉に合わせて、ヒマジンとリリーも身構える。
アキックスは大きく踏み込むと気合い一閃、『竜殺し』で、半透明化し、甲板の上に半体状に展開していたドロテアの防御魔法による防壁を斬り付ける。
振り下ろされた『竜殺し』は、甲高い金属音のような音を上げてドロテアの防御魔法の防壁を斬り裂き、ドロテアの防御魔法の防壁は、ガラスが割れたような音を立て、無数の破片となって砕け散る。
アキックスの後に続いてヒマジンは前に出る。ヒマジンは、降り注ぐ防御魔法の防壁の破片を潜り抜けると、ドロテアに向けて振り上げるように長剣を振るう。
ドロテアは、薄ら笑みを浮かべたまま、大きく身体を後ろへ逸らしてヒマジンの放つ斬撃を躱す。
ヒマジンの後にリリーが続き、右手の五本の指の爪を伸ばして振り下ろし、斬り付ける。
ドロテアは、素早く後ろにステップを踏んでリリーの斬撃を躱す。
ヒマジンとリリーは、斬撃を躱したドロテアを横目で追いつつ、再び陣形の位置に戻る。
(あの体勢で避けた!?)
(流石に簡単にはいかない。手強い)
帝国四魔将の前衛三人が再び陣形を整えると、ドロテアはアキックスとリリーの間に斬り込んでくる。
リリーは、爪を伸ばして左手を振るい、斬り込んできたドロテアを防ごうとするが、ドロテアは薄ら笑みを浮かべながら、リリーの放った左手の一撃を棒高跳びをするように身体を反らして背面飛びで避けると、更に斬り込んで行く。
「まさか!? 真祖吸血鬼の私の一撃を見切ったのか!?」
リリーは、ドロテアが見せつける驚異的な身体能力に驚く。
「抜かれた!?」
アキックスは、ドロテアが前衛の自分達を突破した事に焦る。
ドロテアは着地すると低い姿勢で飛び跳ね、ナナイを狙って一気に間合いを詰め、爛々と輝く金色の瞳を見開いてレイピアの一撃を放つ。
ナナシとラインハルトは、ドロテアとナナイの間に割って入り、ナナシはドロテアのレイピアの一撃を左腕で受け止める。
硬い金属同士がぶつかり合う音が甲板に響き渡る。
ラインハルトは右手でサーベルを構えたまま、ナナイを自分の背中に庇うように左腕を伸ばす。
ドロテアは自分の目の前のナナシを無視して、敵意と嫉妬と憎悪、怨念と狂気を孕んで爛々と輝く見開いた金色の瞳をナナシとラインハルトの後ろにいるナナイに向けて告げる。
「お前だ。お前がいるから、その男が我のものにならぬのだ」
ナナイは、ドロテアの瞳を見て背中に悪寒が走る。
「ナナシ伯爵。大丈夫か?」
「大丈夫だ。陛下」
ラインハルトは、自分の左腕でレイピアの一撃を受け止めたナナシの安否を案じるが、ナナシは何事も無かったかのように答える。
ナナシは右腕でドロテアを殴ろうとするが、ドロテアは後方転回してナナシの攻撃を避ける。
ドロテアに陣形を突破されたヒマジン、アキックス、リリーは、三人とも動揺してナナシの方へ視線を向ける。
ドロテア付きの四人のダークエルフの親衛隊は、隙を見せた前衛の三人に一斉に斬り掛かってくる。
ヒマジンとリリーは二人のダークエルフを相手に剣戟を始め、アキックスはドロテアと剣戟を始める。
アキックスはドロテアに向けて連続で斬撃を放ち、ドロテアはその驚異的な身体能力を見せ付けるかのように身体を反らし、またはレイピアで払い、斬撃を躱す。
アキックスの流れるような剣技の連続にドロテアは防戦一方であったが、余裕のある笑みを浮かべたまま、斬撃を躱しながら話し掛ける。
「見事だ。人の身でありながら、よくぞここまで練り上げた。褒めてつかわす。我に仕えよ。永遠の命を与えようぞ」
アキックスは、斬撃を放ちながらドロテアに答える。
「断る! 人は限りある命だからこそ、日々を懸命に生きるのだ! 愛を育み、子を生し、命を繋ぐ! 血を残し、歴史を紡いできたのだ! 悠久の時を無為に生きようとは思わん!」
ドロテアは、ほくそ笑む。
「それが答えか? 大陸最強の竜騎士よ」
「そうだ!」
アキックスは水平に剣を払うが、ドロテアは飛び上がって払いの一撃を避ける。
飛び上がったドロテアの正面にエリシスが現れる。
エリシスは、飛行の魔法で空中に浮かびながら魔法の準備を終え、サディスティックな笑みを浮かべながらドロテアに話し掛ける。
「酷いわ。私を無視するなんて」