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第五百十話 帝国の意思と妃達の決意

ー少し時間を戻した迎賓館。


 ジークと妃たちは、ハリッシュ夫妻と共に迎賓館五階の皇族専用貴賓室にいた。


 空襲警報が鳴り響き、帝国軍の伝令はダークエルフら妖魔の軍勢の襲撃をハリッシュ夫妻に知らせる。


 ハリッシュは口を開く。


「ジーク。ダークエルフの軍勢は、空から攻めて来ているようです。私とクリシュナが屋上で時間を稼ぎます。貴方たちは、皇太孫殿下を連れて併設飛行場へ避難して下さい。飛行場には帝国東部方面軍の大型輸送飛空艇と帝国軍がいるはずです。避難先のルードシュタットの迎賓館で会いましょう」


 ジークは呟く。


「ハリッシュ導師・・・」


 ハリッシュは、中指で眼鏡の中心を押し上げる仕草をした後、ジークに答える。


「大丈夫。私たちは、そう簡単にやられたりしませんよ・・・クリシュナ。行きますよ」


 クリシュナはハリッシュの隣に行くと、振り向いてジークに声を掛ける。


「ジーク。気をつけてね」


 ジークたちは、屋上へと向かうハリッシュ夫妻を見送る。






 ハリッシュ夫妻を見送ったジークは椅子に座ると、愛用のサーベルを抜いて、その刀身を親指で確かめる。


 ソフィアはジークの様子を訝しんで尋ねる。


「ジーク様。避難は?」


 ジークは、サーベルの刀身を確かめながらソフィアに答える。


「私は避難しない。国際会議場に世界各国の王たちや自治領主達が集まっている。ダークエルフの襲撃で帝国中央軍を率いる皇太子が逃げ出したとあっては、諸国の物笑いの種だろう。私は敵を迎え撃つつもりだ」


 ソフィアは、避難しないというジークに食い下がる。


「しかし! この迎賓館を守る帝国軍は僅かです! 御身に万が一があっては!」


 ジークは、微笑みながらソフィアを諭す。


「バレンシュテット帝国は、敵から逃げるようなことはしない。それが『帝国の意思』だ。『六軍儀仗』で帝都近郊に帝国の六軍が集結している。彼らがここに駆け付けるまで、持ちこたえれば良いだけだ」


 ソフィアは、ジークのエメラルドの瞳を見て、その決意が覆らないことを理解する。


 ジークは、自分自身に帝国の威信を投影していた。


 ソフィアは、大きく深呼吸した後、竜騎士の槍を手に取ってジークに告げる。


「判りました。私は武人の妻です。妻は夫と共に在り。正妃ソフィア・ゲキックス・フォン・バレンシュテット。『竜王の愛娘』は、御身の傍らにおります」


 ソフィアの言葉を聞いて、アストリッドも愛用のカシナートの長剣を抜いてみせ、ジークに告げる。


「同じく第二妃アストリッド・トゥエルブ・フォン・バレンシュテット。剣と魔法で二人を援護します」


 アストリッドの後に、フェリシアは右手をかざして回復魔法を掛ける仕草をしながら、三人に告げる。


「第三妃フェリシア・アーゴット・フォン・バレンシュテット。神聖魔法と回復魔法で皆さんをお助けします」


 カリンは、フェリシアの隣に並ぶと魔法を詠唱する仕草をしながら四人に告げる。


「第四妃カリン・ゴズフレズ・フォン・バレンシュテット。攻撃魔法で皆さんを援護します」


 その場にいる全員の目が第六妃であるモニカに向けられる。


 モニカは、ジークの他の妃達のように、前衛職でも後衛職でもないメイドであり、戦闘に関する技能(スキル)も魔法に関する技能(スキル)も持っていなかった。


 モニカは、戦闘で何もできない自分が悔しく、俯きながら気まずそうに告げる。


「あの・・・私には・・・私は何も出来ません。申し訳ありません」


 ジークは立ち上がると、俯くモニカの前に歩いて来る。


「モニカ。『そなたにしかできないこと』を頼む」


 モニカは、ジークの言葉に驚く。


「わ、私にしかできないことですか? それは、いったい?」


 ジークは、ソフィアに目配せした後、モニカに告げる。


「モニカ。皇太孫ハイドリヒを連れて併設飛行場へ行け。大型輸送飛空艇でルードシュタットの迎賓館に避難しろ」


 ジークの言葉の後、ソフィアはジークと自分の息子であるハイドリヒを腕に抱いてきて、その額にキスすると、モニカに息子を抱かせる。


 ジークは、ソフィアから託された赤子を抱くモニカに告げる。


「皇族になったとはいえ、そなたは戦闘技能を持たない非戦闘員だ。赤子を連れて避難したところで、誰も誹る者はいない」


 モニカは、託された役目の大きさと重さに動揺する。


「で、ですが、そのような大役を私などに・・・」


 動揺するモニカに、ソフィアはピシャリと告げる。


「戦闘では非戦闘員の貴女は足手まといです。行きなさい!」


 モニカは、ソフィアの目を見て覚悟を決める。


「判りました。第六妃モニカ・ロートリンゲン・フォン・バレンシュテット、この命に代えても皇太孫殿下をお守り致します!」


 ジークは、覚悟を決めたモニカに告げる。


「モニカ。息子を頼んだぞ」


「はい!」


 ジークは続ける。


「一階のホールで敵を迎え撃つ。皆、行くぞ!」


 ジークたちは、モニカを残して皇族用貴賓室から一階のホールへと向かって行った。

 




 モニカは赤子のハイドリヒを胸に抱いて、メイドの控室へ向かう。


 メイドの控室には、『ジーク付きメイド』のハンナがいた。


 ジークの第六妃になったモニカに代わり、モニカのメイド仲間で親友のハンナがモニカの推挙により『ジーク付きメイド』となっていた。


 モニカはハンナに告げる。


「ハンナ! 敵の襲撃よ! 逃げるわよ!」


「ええっ!?」


 ハンナは、恐る恐るモニカに尋ねる。


「モニカ。その赤ちゃんって、まさか・・・」


「その、まさかよ! 皇太孫ハイドリヒ殿下です!」


 モニカはきっぱりと答えると、ハンナに経緯を手短に話す。


 モニカは驚くハンナを他所に、ウッドチェスト用カバーに使う白い布を取り出すと、右肩から左側の腰へ斜めにかけて結び、その布に包むように懐に赤子のハイドリヒを包み、左腕で抱く。


「さぁ、ハンナ! 逃げるわよ!」


 モニカとハンナは、連れ立ってメイドの控室を後にする。





 二人は小走りで迎賓館の東端の階段を降りて行くと、三階の厨房に立ち寄り、モニカは厨房でフライパンを探し出して右手に持つ。


 ハンナは尋ねる。


「モニカ! フライパンなんてどうするの?」


「手ぶらだと不安でしょ? 扱い慣れている道具が良いわ」


 モニカは、ハンナにフライパンを構えて見せると、ハンナは両手でしっかりと『すりこき棒』を握っていた。


 モニカはハンナに尋ね返す。


「貴女こそ、すり鉢も無いのに、すりこき棒なんて持って・・・」


「わ、私も素手だと不安だから・・・」


 ハンナもモニカに両手で持ったすりこき棒を構えて見せる。


「行きましょう!」


「ええ!」


 二人は厨房から『扱い慣れた得物』を手にすると、迎賓館東端の階段を降り始める。


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