第五百九話 襲撃、魔導王国エスペランサ(四)
ー帝都ハーヴェルベルク 南方沿岸上空 魔導王国エスペランサ 静寂の要塞。
玉座に座るシグマの元に従者が報告にやって来る。
「シグマ様。この要塞の基部にある水晶が彼奴らの結界塔の水晶と共鳴し始めております。これ以上は、あの帝都に近付けません」
帝都を取り囲む『結界塔』は、極めて強力な結界を構成する古代遺跡をそのまま流用したものであった。
報告を受けたシグマは、歪んだ笑みを浮かべる。
「判った。我らダークエルフも出るぞ。女王陛下が白い飛行戦艦を、我らが迎賓館を押さえる。どちらかに皇帝がいるはずだ」
「承知致しました」
シグマは従者達を伴い、妖魔の軍勢を引き連れて地上へ降りる。
地上に降り立ったダークエルフの術者達は、懐から呪符を取り出して地面に置き、魔法を唱える。
「Я повелеваю своему слуге как повелителю тьмы」
(我、闇の盟主として、下僕に命ずる)
「Убирайся! Грязное старое дерево! !」
(出でよ! 穢れし老樹!!)
従者達の足元と呪符が置かれた地面に大きな魔法陣が現れ、従者達の頭上にも一定間隔で六つの魔法陣が現れる。
従者達は更に詠唱を続ける。
「Вдохните миазмы, Безумие」
(瘴気を吸い、狂気を宿す)
「Приди из ада и слушайся меня!」
(地獄より来りて、我に従え!)
地面に描かれた大きな魔法陣の中で、呪符は紫色の光を放つ光の玉へと変わり、やがて光の玉は巨大な禍々しい大木へと変わっていく。
現れた大木は、魔法陣の中で主である従者達を注視していた。
従者達は、それぞれ迎賓館を指差すと、召喚した大木『穢れし老樹』に命令を下す。
「Сокрушить моих врагов!」
(我が敵を粉砕せよ!)
「Underway!Грязное старое дерево! !」
(進め! 穢れし老樹!!)
従者達が魔法の詠唱を終えると、魔法陣は光の粉となって空中に消えた。
従者達が召喚した十二メートルほどある巨大な大木『穢れし老樹』は、横一列に並んで迎賓館を目指して歩き出す。
術者達は、合計十二体の巨大な大木の魔物『穢れし老樹』を召喚し、迎賓館へ向けて妖魔の軍勢と共に前進させる。
ー 迎賓館までの道路上
アレクたちは国際会議場から迎賓館へ向かって道路の上を小走りで走っていた。
上空から霊樹の森の大木の一本がアレク達が進む道路の先に降下してきて、小鬼の集団を地上に降ろすと、上空の飛行艦隊を目指して再び高度を上げていく。
少し離れた位置でも同様に、霊樹の森の別の大木が妖魔の部隊を地上に降ろしていた。
その様子を見て、アレクは口を開く。
「くそっ! あいつら、空から次々と攻めて来てる!」
ルイーゼは、アレクに答える。
「帝国軍は、この道路に沿って展開しているけど、まだダークエルフの軍勢に追い付いていないみたいね」
アルも口を開く。
「世界最強の帝国軍より、ダークエルフの手下の妖魔のほうが展開が早いなんて!」
ドミトリーは、したり顔で講釈する。
「まさか、ダークエルフの軍勢が空から降下してくるとはな!」
トゥルムも口を開く。
「これは帝国がトラキアのツァンダレイ攻略戦で採用した戦術だろう。地上で迎え撃つ側にとって、こんなに厄介だとはな!」
エルザは走りながら両手剣を構えると、口を開く。
「文句言わないの! チャチャッと、やっつけちゃえば良いのよ!」
ナディアもレイピアを抜いて口を開く。
「そうよ! エルザに言われちゃ、おしまいよ!」
エルザはナディアの言葉に釣られ、ナディアに文句を言う。
「そうよ、私に言われたら・・・って、何言わせるのよ!?」
エルザの言葉にアレク達は笑う。
「アル、私が!」
ナタリーは、『飛行』の魔法でアルのやや後方の空を飛んでいたが、アレク達の前に降りてきた小鬼の群れに向かって手をかざして魔法を唱える。
「火炎爆裂!」
ナタリーの掌の先に魔法陣が三つ現れると、魔法陣から現れた爆炎が小鬼の集団に向かって一直線に進んで行き、小鬼の集団を爆炎で包む。
「ギェエエエ!」
ナタリーの魔法で攻撃された小鬼たちは、悲鳴を上げながら黒焦げになって倒れていく。
アルは口を開く。
「さすが、ナタリー!」
アルの言葉にナタリーは照れたように笑顔を見せる。
エルザは文句を言う。
「あぁん! ナタリー! ユニコーンの獣耳アイドル・エルザちゃんの出番が無くなっちゃうじゃない!」
ナディアは、すかさずエルザをたしなめる。
「楽になったんだから良いでしょ! 行くわよ! エルザ!」
「もうっ!」
トゥルムは、呆れたように呟く。
「お前たちときたら、戦う前から賑やかだな!」
仲間たちのやり取りを他所に、ドミトリーは汗だくになって走っていた。
「待て! ドワーフは、短距離型なんだ! 長距離は苦手なんだ! 呼吸だ、呼吸をしよう! 息を吸って、吐いて! ハァハァ」
走っているアレク達の耳に空から轟音が聞こえてくる。
ルイーゼは、アレクに空を指差しながら告げる。
「アレク! ニーベルンゲンが!」
アレクが上空のニーベルンゲンに目を向けると、ニーベルンゲンの三番砲塔が火を噴いて甲板上の黒龍を狙撃、黒龍は甲板上からずり落ちて海に落下する。
轟く轟音とその光景に、アルも目を奪われて呟く。
「すげぇ・・・あの黒い古代竜を撃ち落としたのか」
帝国中央軍の警ら隊が随所で妖魔達と戦闘を繰り広げる中、妖魔の一団が迎賓館の敷地に突入して行く。
アレクは口を開く。
「まずい! 迎賓館に敵が!」
ルイーゼも口を開く。
「急ぎましょう!」
アレクたちは迎賓館への道程を急ぐ。