第五百七話 襲撃、魔導王国エスペランサ(二)
飛行艦隊を率いていたのは、ヒマジン伯爵の副官である帝国東部方面軍のロックス大佐であった。
ロックスは、飛行戦艦に乗艦してニーベルンゲンと陣形を組んで艦隊を航行させていた。
ロックスの乗る飛行戦艦の士官達は、突然、ニーベルンゲンの上空に転移門が開いて漆黒の古代竜が現れ、ニーベルンゲンに取り付く様を目の当たりにする。
想定外の状況に、飛行戦艦の艦橋の士官達に動揺が走る。
士官の一人が叫ぶ。
「大佐! 古代竜が現れ、ニーベルンゲンに取り付きました!」
ロックスは士官に尋ねる。
「落ち着け! こちらの主砲で狙撃できるか?」
士官は答える。
「無理です! ニーベルンゲンにも被害が出ます!」
別の士官は、状況を報告する。
「ニーベルンゲン、陣形を逸脱して降下中!」
艦橋の士官達は、次々にロックスに対応を迫る。
「ロックス大佐!」
「大佐!」
ロックスは、どうすることもできない状況のため、対応に苦慮する。
「ううむ・・・」
半時もしないうちに観測士官から報告が入る。
「赤の信号弾を確認! 国際会議場からです!」
(国際会議場から? 何があった?)
ロックスを始め飛行戦艦の士官達は、艦橋から眼下にある信号弾の発射地点である地上の国際会議場を見下ろして目を向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
海面すれすれの高さから上昇して飛行艦隊へ迫りくる霊樹の森。
無数の妖魔達を地上に揚陸させながら迎賓館へ向かう空を飛ぶ城。
(あれは『霊樹の森』!? ダークエルフの軍勢が地上に!? いったい、どこから現れた!?)
ロックスは、叫ぶように飛行艦隊へ指示を出す。
「飛行戦艦、全艦総員戦闘配置! 飛行空母へ伝達、『全機、緊急発進! 艦載機発進後、飛行空母は高高度上空へ退避しろ!』 急げ!」
「了解!」
バレンシュテット帝国の飛行艦隊は、ロックスをはじめ士官も兵士も優秀であったが、邪竜ウエスト・ミンスターの出現により、迫り来る霊樹の森への対応が遅れる。
-国際会議場内。
空襲警報のけたたましい音が鳴り響く中、貴族組の学生達が外交代表団を避難誘導する。
貴族組の一年生が叫ぶ。
「非常事態が発生いたしました! 只今より、来賓の皆様を飛行場へご案内いたします! 安全確保のため、誘導に従って避難をお願いいたします!」
スベリエ王国のフェルディナント王は、自分がするはずであった演説を妨害され、不機嫌そうにオクセンシェルナ伯爵にそっと尋ねる。
「・・・伯爵。何があった?」
オクセンシェルナ伯爵は、既にスベリエ公使から情報を得ており、フェルディナントにそっと耳打ちする。
「・・・陛下。妖魔が襲撃してきたとのことです」
「・・・ほぅ?」
報告を聞いたフェルディナントは、上機嫌にほくそ笑むと席から立ち上がり、引き連れている代表団の者達に告げる。
「皆、飛行場へ避難するぞ。遅れるなよ」
アルムフェルトは驚いてフェルディナントに問い質す。
「父上!?」
フェルディナントは、含み笑いを漏らしながら答える。
「くっくっくっ。帝国のお手並み拝見といこう。・・・皆の者、行くぞ!」
スベリエ王国の外交代表団一行は、フェルディナント王を先頭に国際会議場を後にする。
ソユット帝国のシゲノブ一世達も、スベリエ王国の外交代表団の後に続いて国際会議場を後にする。
グレース王国代表団の行動は違っていた。
グレースの公使はスベリエの公使から事情を聴き、シャーロットに報告する。
報告を受けたシャーロットは、席を立っていきり立つ。
「なにぃ!?」
「姫!」
「姫、落ち着いて下さい!」
グレースの士官達は、慌てていきり立つシャーロットをなだめようとする。
シャーロットは口を開く。
「公使や文官は、誘導に従って避難しろ。・・・お前たち、我らは船に戻るぞ!」
「わ、わかりやした!」
シャーロットは、公使や文官たちと別れ、五人の海軍士官たちを連れて国際会議場を出ると、帝国中央軍警備隊の士官に話し掛ける。
「帝国軍の士官だな?」
緊急対応に追われていた士官は、突然、声を掛けてきた身分が高いであろう女性・・・シャーロットに驚く。
「あ、貴女は?」
シャーロットは、『バレンシュテット帝国での身分』と用件を帝国軍士官に告げる。
「私は皇太子第五妃シャーロットだ。馬を少し貸してくれ」
「はっ! 厩舎はあちらです!」
帝国軍士官は、話し掛けてきたシャーロットがジークの妃である皇族だと知り、厩舎へシャーロット達を案内すると、馬を貸し与える。
シャーロットは帝国軍士官に礼を言うと号令を掛ける。
「ありがとう! ・・・行くぞ!」
シャーロットと五人の海軍士官達は、借りた馬に乗ると国際会議場から軍港に停泊しているHMSクィーン・シャーロットへ向けて海沿いに馬を走らせる。
シャーロット達が海沿いの道を国際会議場から軍港のある北西へ向けて馬を走らせていると、左側にある波打ち際からワラワラと妖魔や亜人達が現れる。
小鬼、犬鬼、豚鬼、鼠人、蛙人などが五人ほどの少人数単位で粗末な武器を手に内陸へと進んで行く。
ダークエルフの手下の妖魔や亜人達は、シャーロット達を見かけると追い掛けようと走る者もいたが、いずれも徒歩であり、海沿いの道を馬で駆け抜けるシャーロット達に追い付くことはできなかった。
士官の一人は、馬を走らせながらシャーロットに話し掛ける。
「姫! あいつらが攻めてきた妖魔ですかね!?」
シャーロットは答える。
「おそらくな!」
そして、シャーロット達の視界に姿を現した霊樹の森と静寂の要塞が見えてくる。
「姫! あ、あれは・・・!?」
士官の一人は、空に浮かぶ『霊樹の森』と『静寂の要塞』を初めて見て、狼狽える。
シャーロットは、士官達に毅然と答える。
「私はグレースの女王であり、ジーク様の妃でもある! あんなもの、艦砲射撃で蹴散らしてやる!」
シャーロット達は、ほどなく軍港へ到着する。