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第五百一話 皇帝ラインハルトの演説

 アレクは、国際会議場の入口近くにある警備本部の前に立ち、講和会議の開会式の様子を眺めていた。


 演壇がある舞台の袖には、帝国政府の要人達が居並んでおり、アレクの祖父である帝国宰相ルードシュタット侯爵が講和会議の開会を宣言する。


 アレクがその様子を眺めていると、傍らにジカイラがやってきてアレクの肩に手を置く。


「・・・ジカイラ大佐?」


 アレクは軽く驚き、ジカイラの顔を見る。


 ジカイラは、アレクに鼻先で演壇の方向を指し示すと、アレクに告げる。


「アレク。よく見ておけ。あれがお前の父親だ」


 アレクはジカイラに促され演壇を見ると、アレクの父である皇帝ラインハルトが演壇に登壇する。





 演壇には演者の声を拡大する魔道具が取り付けてあり、広大な国際会議場内に、演説の声がきこえるようになっていた。

 

 皇帝の礼装姿で登壇したラインハルトは、自己紹介の後、演壇から国際会議場に集まった世界各国の外交代表団や自治領主、亜人の族長などの参集者達に向け、穏やかに語り始める。


 亜人の族長の中には、初めてラインハルトの肉声を聞いた者達も多く、ラインハルトの穏やかに語る口調を聞いて、驚く者も少なからずいた。


 だが、世界各国の王達や知識階級と呼ばれる者達は知っていた。


 ラインハルトの口調が穏やかなのは『強い口調で相手を従わせる必要も無く』『大声で相手を威嚇する必要も無い』から。


 救国の英雄として帝国臣民達からの忠誠をその一身に集め、並み居る帝国貴族達に対する生殺与奪の権を、ただ一言で行使できる権力者。


 帝国国教会。その頂点に立つ帝国大聖堂の司祭達の任免権を持つ。


 自らが帝国の法の上に存在し、絶対的権力を持つ最高権威である帝国の支配者。


 野次を飛ばす者などいない。参集者は皆、真剣に聞き入っていた。


 アスカニアの神々に選ばれ、力を与えられた人間、その大帝の血を引き継ぐ末裔。


 超大国バレンシュテット帝国の頂点に立つ皇帝ラインハルトが何を語るのかを。





 ラインハルトの演説は、『アスカニア大陸創世記 詩編 序章』に始まり、古代人ネラーの興亡、大帝によるバレンシュテット帝国の建国、そして、革命党による暴力革命と革命戦役、現在へと続く。


 アレクたちは、警備本部の前から演壇に立つラインハルトを眺め、その演説を聞いていた。


 ここまで穏やかであったラインハルトの口調は熱を帯びる。


「・・・私は、この国際会議場に参集して頂いた方々に申し上げたい。人は、何人たりとも麻薬による偽りの快楽に溺れてはならない。人間も、亜人も、奴隷として鉄鎖に繋がれ、他人の欲望を満たす手段や目的達成のための手段であってはならない」


 ラインハルトのこの言葉を聞いた国際会議場内の参集者達に少なからず、どよめきが起き始める。


「我がバレンシュテット帝国は、麻薬貿易、奴隷貿易の存在を完全に否定し、亜人たちに対する全ての差別に反対する。帝国は、これらを認めない。我が名において、帝国の施政権下および周辺地域において完全に禁止する。これらは、参集して頂いた諸国や方々にも理解と協力を求めるものである」


 国際会議場の中央後方にある亜人の族長達の席から驚きの声が多く上がる。


「父上・・・」


 アレクは、士官学校に入学してから仲間達と共に幾多の戦場を巡り、世界各地を見聞してきた。


 そして、西方協商による麻薬貿易、奴隷貿易、亜人差別を目の当たりにし、これらの社会悪に少なからず義憤を抱いていた。


 アレクの父、皇帝ラインハルトは、剥き出しの暴力と欲望が覆うアスカニアの世界において、各国から外交代表団が集まっている史上初の国際会議の場で、麻薬貿易、奴隷貿易、亜人差別を完全に否定し、集まった世界各国や自治都市などに理解と協力を求めた。


 『相手が列強でも、皇帝である父上なら、できるはず』と義憤を抱えていたアレクにとって、父ラインハルトがまるで自分の想いを代弁してくれたかのような演説であった。


 アレクは、ラインハルト自身の口から直接その言葉を聞いて、ラインハルトもアレクと同じ想いを抱いていたと知り、熱い想いが込み上げてきて胸が一杯になる。


 アレクが見詰める先、演壇でラインハルトは演説を続ける。


「創造主が造られた、このアスカニアの世界は未完成である。もはや戻ることのできない創世記に始まる記された歴史を紡いでいくために、人は理性を発達させ、我々と同じアスカニアの神々によって造られた亜人と精霊と共に、新しい人間的な調和と文明を創造していくことによって前進するしかない」


 静まり返る会議場でラインハルトは演説を続ける。


「人間と亜人が互いに理解しあうためには、相互を理解するためには、言葉が必要である。我がバレンシュテット帝国は、亜人も言葉を学べるように、人間と同様に就学し、教育を受ける機会を与えるものである」


 列強席で演説に聞き入っていたシャーロットは、その美しい瞳で魅入ったようにラインハルトを見詰めたまま呟く。


「新しい人間的な調和と文明の創造・・・相互理解には言葉が必要・・・」


 ラインハルトは演説を続ける。


「創造主と神々の叡智は宿命であり、人が愛しあうのは神意である。万物が全て(つい)になっているのは、創世記においてあらかじめ定められたことである。万物は愛しあい、補いあって子を生し、血を紡いでいく。物事を成し遂げ、歴史を綴り続ける。人と亜人と精霊の調和を。神々に造られた者同士で互いに争うべきではないのだ」


 ここまで演説すると、ラインハルトはひと呼吸置いてから最後に結ぶ。


「我がバレンシュテット帝国は、世界大戦を繰り広げる北部同盟や西方協商の諸国に講和会議を仲介し、対話による講和に理解と協力を求めるものである」


 ラインハルトが演説を終えると、参集者たちは国際会議場の中で聞き入っていたが、最初に誰かが手を叩きはじめると拍手が国際会議場に広がっていく。


 それはやがて、国際会議場内に轟く嵐のような拍手と喝采を惹き起した。


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