第四百九十三話 講和会議、三日前
-講和会議、三日前。
西方協商や北部同盟といった列強諸国も、超大国バレンシュテット帝国の皇帝ラインハルト直々の仲介を無視する訳にいかず、講和会議への参加を了承。帝都ハーヴェルベルクへ外交代表団を送りつつあった。
ラインハルトは、講和会議に中立国の傍聴参加を呼び掛け、人間の王国や自治都市だけではなく、亜人達の国家や集落にも参加を求めた。
それは、アスカニア大陸の歴史上初めての試みであったが、世界大戦に中立であるそれらの国々や自治都市、亜人達の集落の外交代表団も帝都へ参集しつつあった。
帝都の臣民達は、バレンシュテット帝国が講和会議を仲介して世界の平和を主導することを誇らしげに語る一方で、大通りに万国旗を飾り付けてすっかりお祭り気分であり、商店街の店主たちも世界各地から陸路、海路、空路で帝都へ集まりつつある各国の外交代表団を相手にひと儲けしようと商魂逞しく店先や屋台といった出店の準備にも余念がなかった。
皇帝ラインハルトが率いるバレンシュテット帝国は、その工業力と威信をアスカニア大陸の諸国に見せつけるかのように仮設の国際会議場を短期間で完成させる。
三千人を収容できる国際会議場の特徴として、六角形に作られた地上の国際会議場の上空を覆う巨大な半球型六角形状の天幕であった。
それは天幕を張る骨組みの基部に浮遊水晶を組み込んで上空に浮かび、風で流されないように六角形の角の部分をワイヤーで地上に固定していた。
上空に浮かんで目立つ天幕に対して地上部分は簡素であり、演壇は六角形の上辺を背にして作られ、その前には大きく三つに区分されている地面の上に椅子を置いただけの傍聴席が並び、下辺に面した部分には幾つもブース状に区切られた会議室や休憩所などが並んでいた。
アレク達の教導大隊が詰める警備本部も、下辺に面したこの一角に設営されていた。
アレク達教導大隊は、飛行空母ユニコーン・ゼロを宿営地として既に現地入りし、国際会議場の警備本部で他の隊長達と地図を見ながら見回り経路や管理の区分、立哨の位置などについて、互いに確認しながら打ち合わせしていた。
アレクは、地図を指し示しながら他の小隊長達に話す。
「迎賓館は皇宮警護軍の管轄で、併設飛行場と国際会議場は帝国軍の管轄。講和会議の開催期間は、迎賓館から国際会議場までの通りで『六軍儀仗』が行われる。飛行場の警備と沿道の立哨は帝国中央軍の警ら隊がやるので、オレ達は国際会議場の軽微と巡回がメインになるだろう」
ルイーゼは、尋ねる。
「『六軍儀仗』なんて初めてね。帝国竜騎兵団、帝国機甲兵団、帝国不死兵団、帝国魔界兵団、帝国海軍と。・・・あとひとつはどこの軍かしら?」
アレクは答える。
「トラキア兵団らしい。儀仗をおこなう各軍の大隊は、すでに帝国の各方面から帝都に集結しているよ」
フレデリクは尋ねる。
「オレ達の役割分担はどうなってる?」
アレクは答える。
「西方協商は演壇左側の席。中立国と亜人達は中央の席。北部同盟は演壇右側の席だ。貴族組の一年と二年は、それぞれ列強の代表団がいる左側と右側を。中立国と亜人達がいる中央は平民組の一年を。オレ達、平民組の二年は、会場の巡回を中心に臨機応変に行こう」
キャスパー三世は、自信ありげに答える。
「うむ! 世界に名だたる列強諸国の応対は、帝国貴族たる、このワタクシに任せて貰おう!」
ルドルフは、キャスパー三世の様子を見てアレクに呟く。
「おい・・・あいつに任せて大丈夫か?」
アレクは、苦笑いしながら答える。
「まぁ、会場で列強諸国の外交代表団同士で斬り合ったりしなければ、大丈夫だろう」
帝国中央軍警ら隊の兵士の一人がアレクの元にやって来る。
「アレク大尉。皇宮警護軍が大尉を訪ねて来ております」
「皇宮警護軍がオレを? すぐ行くから、先に彼らを会議室に案内してくれ」
「了解しました」
兵士は会議室から退出する。
アレクは、傍らのルドルフに話し掛ける。
「ルドルフ。すまない、来客だ。後を頼む。ルイーゼ、一緒に」
「おう」
「判ったわ」
アレクはルドルフに後を頼むと、ルイーゼを連れて会議室に向かう。
アレク達が会議室に入ると、皇宮警護軍の一行がアレク達を待っていた。
皇宮警護軍一行を見たアレクが口を開く。
「ミランダ団長!? それにカルラ! エステルも!」
皇宮警護軍の純白の高級将校服を着たミランダと天馬の意匠をあしらったミスリル製の銀色に輝く鎧を着込んだカルラとエステルがアレクを出迎えた。
ミランダは、帝国軍の士官服を着て帝国騎士十字章とゴズフレズ王国戦士勲章を胸に下げたアレクを見て、微笑みながら答える。
「アレク様。すっかりご立派になられましたね」
カルラとエステルも婚約者のアレクに会えた喜びを満面に浮かべながら口を開く。
「アレク様!」
「みんな、どうしたんだ?」
アレクの疑問にミランダは答える。
「アレク様。『皇宮警護軍の表敬訪問』というのは表向きの理由です。私達は、こちらの方々の随伴です」
「随伴?」
アレクがそう呟くと、ミランダはアレクの正面から右側へ動いて避け、ミランダの影にいた人物がアレクの前に姿をあらわす。
「お久しぶりですね」
ミランダの影から兄ジークの第三妃となったフェリシアが微笑みながら現れた。
ジークの子を身籠っているフェリシアは、アレクとルイーゼがトラキアで会った頃より顔の血色が良くなっていた。
「フェリシア様!?」
アレクは『憧れの美人年上お姉さん』であるフェリシアとの再会を素直に喜ぶが、ルイーゼはアレクのフェリシアに対する『秘めた恋心』を知っていたため、心中、穏やかではなかった。
「私も・・・お久しぶりです。アレク様。ゴズフレズでの結婚式以来ですね」
フェリシアの後ろから、後ろ手に両手を組んでひょっこりと顔を出した女の子は、ジークの第四妃カリンであった。
ルイーゼは驚いて尋ねる。
「カリン様!? お二人とも、いったいどうされたのですか?」
フェリシアは答える。
「ジーク様から、これを預かって参りました」
フェリシアが両手でアレクの前に差し出したのは、母ナナイがアレクにお守りとして持たせた帝室の紋章が入ったブローチであった。
アレクは、アルビオン諸島での戦いでカスパニア軍の弾除けにされていた獣人たちを救うため、兎人祭司のアナスタシアにブローチを持たせ、兄ジークを頼るように言伝てしたのであった。
フェリシアは続ける。
「ジーク様が『獣人たちは入植地へ送り届けた。これは大切な物だから肌身離さぬように』と」
アレクは、フェリシアからアナスタシアに託した自分のブローチを受け取ると呟く。
「兄上・・・」
兄ジークは、アレクが信じて見込んだとおり、万難を排して戦場から獣人達を救い、彼らが安心して暮らせる帝国内の入植地に送り届けてくれたのであった。
カリンはフェリシアの後に続いて、したり顔で悪戯っぽく告げる。
「ジーク様はこうも仰っておられました。『アレクは私から言い付けても聞かないかもしれないが、フェリシアから伝えれば聞き入れるだろう』と」
「なっ!?」
「まぁ・・・」
カリンが伝えるジークの言葉に、アレクはフェリシアに対して抱いていた『秘めた恋心』を兄ジークに見透かされていたことと、目の前にいるフェリシアにそれを知られたことで、羞恥と照れで顔だけではなく耳まで赤くなり、フェリシアとカリンは口元に手を当ててクスクスと笑う。
アレクは、照れながらフェリシアに話し掛ける。
「フェリシア様、お元気そうで良かったです」
フェリシアは、穏やかに下腹部を撫でながら答える。
「ええ。元気です。私は、とても幸せに暮らしていますよ」
「良かった」
フェリシアは、ルイーゼに話し掛ける。
「ルイーゼ少尉。後で二人だけでお話ししたいのですが」
「判りました」
ルイーゼは、フェリシアからの申し出を承諾する。