第四百九十二話 警備任務と未来への希望
--士官学校 講堂。
軍監達が全校生徒を講堂に集めると、ジカイラが国際会議場の警備任務について説明する。
バレンシュテット帝国が世界大戦の講和会議を仲介、招待した各国の外交使節団が国際会議場に訪れてくること。
一触即発の列強による不測の事態を想定して、講和会議には帝国軍を動員して警備にあたり、『六軍儀仗』となること。
講和会議の会場となる迎賓館や国際会議場を訪れてくる外交使節団には、間諜(※スパイ)や工作員が加わっている可能性があるため、警備任務中は可能な限り小隊単位で行動し、単独行動を控えること。
迎賓館は帝都市街地区域内で皇宮警護軍の管轄となり、国際会議場は帝都市街地区域外で帝国軍の管轄であること。
教導大隊は、正規の軍人ではなく軍属の学生であり、管轄を問わず行動しやすいため、皇帝陛下直々の勅命により今回の警備任務に当たること、などが説明され解散となる。
ダークエルフの女王がラインハルトに夜這いを掛けたこととや、皇族に対する警護、アレクに対する警護のことは、教導大隊の学生達には伏せられていた。
講堂から寮への帰り道で、アルは、気の抜けた声でアレクに話し掛ける。
「警備任務かぁ~。もうすぐ卒業で、他にやること無いからいいけどさ」
アレクは苦笑いしながら答える。
「ま、学校にいても自習だしね」
エルザは、大喜びで二人の元にやって来る。
「むっふっふ~。また飛行空母に乗れるのね! やったぁ!!」
「また任務だっていうのに。ずいぶん、ご機嫌だな」
アルがエルザに尋ねると、エルザはしたり顔で答える。
「当り前よ~! 部屋はホテル並みだし、掃除、炊事、洗濯はぜ~んぶやってくれる! ラウンジに行けばスイーツが食べ放題! ユニコーンの獣耳アイドル・エルザちゃんは飛行空母が大好きよ!!」
「お前、そんなに家事が嫌いなのかよ?」
アルがツッコミを入れると、エルザは大威張りで反論する。
「私みたいな『子猫のような乙女』に家事をやらせようってのが間違いなのよ!」
アルとエルザのやり取りを聞いていたナディアは、素早くアレクの隣に来て腕を組むと、アレクの耳元で甘い声で囁く。
「ねぇ、アレク。卒業したら私と結婚して一緒に森のお屋敷で暮らしましょう。私は家事は得意だから、毎日、菜園で採れた新鮮な野菜を料理して御馳走するわ」
「ああっ!? ナディア、ズルい! 私だってアレクにお屋敷を買って貰うんだから!!」
ナディアの早業にエルザが抗議すると、ナディアは鼻で笑う。
「ふっ。エルザは家事や料理はやりたくないんでしょ? 私は家事は得意だから、アレクのために料理してあげるの。いいでしょ?」
「ムッキィ~!!」
ナディアに言いくるめられ、エルザは悔しさで歯軋りする。
ドミトリーは、呆れたようにナディアとエルザをたしなめる。
「まったく、お前達ときたら。もうすぐ卒業だというのに、ほとんど進歩しておらんな」
ドミトリーの言葉にトゥルムは豪快に笑う。
「はーっはっは。ナディアもエルザも隊長と結婚するんだろう? それで良いだろう」
ルイーゼとナタリーは、皆のやり取りを見聞きして苦笑いし、または微笑んでいた。
ルイーゼは、機嫌よく楽しそうにしているナタリーに尋ねる。
「ナタリー。なにか良いことがあったの?」
ナタリーは嬉しそうに答える。
「うん。この前、私と私の両親、アルとアルのご両親の六人で、卒業後の私達の結婚式の打ち合わせをしたの」
「そうなんだ」
「ちょうど、この春に高名な首席僧侶の方がルードシュタットから帝国大聖堂に赴任されるみたいで、その方に結婚の祝福をして貰うことになったのよ」
「凄いわね」
ナタリーは笑顔で答える
「その方は、私の両親だけでなく、アルのご両親も知っている方で、快く引き受けてくれたみたい」
続けてナタリーが呟く。
「冬は去り、風は緩み、緑の匂いをかすかにはらむ」
それは『アスカニア創世記 詩編』の一節であった。
ルイーゼも知っていたため、ナタリーに続いて二人で唱和する。
「浅い陽射しの木漏れ日に、梢に新芽と若葉が芽吹く」
「天の月と海の潮が満ちる春の頃」
「神々の祝福が花々を咲き誇らせ」
「芽吹いた命が大地に満ちる」
唱和を終えたナタリーは、瞳を輝かせながら告げる。
「天の月と海の潮が満ちる春の日に結婚式を挙げると、神々の祝福を受けて子宝に恵まれるんだって。・・・私、アルの赤ちゃん、たくさん産むんだぁ~」
そう口にすると、ナタリーは赤らめた頬に両手を当てて恥じらう。
ルイーゼは微笑みながらナタリーに告げる。
「素敵ね。ロマンチックで」
「うん! ・・・ルイーゼは?」
「私は・・・」
ルイーゼはそこまで口にすると、言葉に詰まる。
ひと呼吸おいて、ルイーゼは言葉を選びながら続ける。
「私に両親はいないから、アレクのご両親しだいかな・・・」
「そうなんだ。・・・そういえば、アレクのご両親や実家って、お金持ちなんでしょ? プラチナ貨を小遣いで持ってるくらいだし・・・」
「うん。アレクの実家も、ルードシュタットにいるアレクのお爺様も、凄いお金持ちよ。お屋敷を幾つも持っているから」
「すごいわね~。ルイーゼはアレクと結婚したら、使用人たちから『奥様』って呼ばれるんじゃない?」
「そうかもね。うふふ」
ナタリーの言葉にルイーゼは微笑む。
ナタリーは、ルイーゼに尋ねる。
「アレクの家族って、どんな感じの人達なの? 結婚してから上手くやっていけそう?」
「う~ん・・・アレクのお母様やお兄様は、すごく素敵な人よ。お爺様も優しくて。・・・お父様は立派な方だけど、少し冷たい感じの人かな・・・」
「そうなんだ」
「アレクはお父様と折り合いが悪いから、それだけがちょっと心配・・・」
「大丈夫! きっと上手くいくよ!」
ナタリーが笑顔でルイーゼを励ますと、ルイーゼも笑顔で答える。
「そうね」
ナタリーは、悪戯っぽくルイーゼに告げる。
「私としては、あの二人がルイーゼにくっついて行くほうが心配かな・・・」
ナタリーの言葉に、二人がナディアとエルザのほうへ目線を向けると、まだ言い争っていた。
ナディアはエルザに告げる。
「私は、自分のお屋敷でアレクに手料理を食べさせて二人で愛し合っているから、エルザは自分のお屋敷でメイドに家事をやらせてゴロゴロしていれば良いじゃない」
エルザはナディアに文句を言う。
「だ・か・ら! なぁ~んで、そうなるのよ!? 私もアレクとラブラブしーたーいー!」
ナディアとエルザの様子を見たルイーゼが笑顔でナタリーに告げる。
「大丈夫。あの二人なら、上手くあしらうから」
「うふふ」
「あはは」
アレクたちは、警備任務を他所に、卒業後の結婚や将来の希望に胸をときめかせていた。