第四十七話 帝国軍の反攻
--三日後。
帝国東部方面軍は、州都キャスパーシティでの集結後の再編成を終え、鼠人への反攻作戦を計画。
二十五万の方面軍を、北部、中央、南部の三個軍集団に分割し、三方向からヨーイチ男爵領の鼠人勢力を駆逐しようというものであった。
帝国軍と鼠人の戦力差は歴然としており、帝国軍の勝利は確実視されていた。
アレク達の教導大隊は、州都キャスパーシティに待機し、男爵領全体の戦況を飛空艇で空から観測するという任務であった。
アレク達は朝食のため、いつもどおりラウンジに向かうと、カウンターにカルラの姿があった。
どうやらカウンターで果物を頼んだ者に、大きな容器から食器へ取り分けする係であった。
カルラは、ラウンジに入ってくるアレクを見つけると、片目を瞑ってみせる。
エルザがカウンターに居るカルラを見つけ、話し掛ける。
「カルラ。ここで働いてるの?」
「はい」
エルザは、笑顔で答えるカルラに果物を頼む。
「白桃のシロップ漬け、ひとつちょうだい」
カルラは、お玉で大きな容器からエルザの食器へ白桃を取り分けて入れる。
「どうぞ」
「ありがとう!」
エルザに続いて、アレクもカルラに果物を頼む。
「オレにも一つ、頼む」
「はい」
カルラは、お玉で大きな容器からアレクの食器へ白桃を取り分けて入れると、カルラはそっと顔を近づけてアレクの耳元で囁く。
「いつでもおっしゃって下さい。奉仕させて頂きますので」
カルラの言葉にアレクは驚く。
カルラの言う『奉仕』とは、『口淫による性欲処理』の事を指しているのは明らかであった。
アレクのすぐ隣でルイーゼが怪訝な顔で二人のやり取りを見ている。
そそくさと自分のお膳を持ってカウンターからいつもの窓際の席に向かうアレクに、ルイーゼが尋ねる。
「『奉仕』って?」
アレクは、流石にルイーゼに先日、カルラに口淫されたことを話すこともできず、はぐらかす。
「く、果物のサービスの事だろう」
「そう」
ルイーゼは、それ以上アレクを追求しなかった。
--正午。
飛行空母の艦橋でジークが反攻作戦の開始を命令した。
帝国軍は、一斉に州都キャスパーシティを出陣する。
帝国機甲兵団の蒸気戦車が白煙を上げながら、隊列を組んで前線へ進んでいく。
アレク達は、飛行空母のラウンジの窓際の席で地上の様子を眺めていた。
アルが口を開く。
「アレク、見ろよ。あんなに蒸気戦車がいる。凄い数だな」
窓越しに地上に向けたアレク達の目に、排気筒から白い蒸気を噴き上げながら隊列を組んで前進して行く蒸気戦車の軍団が見える。
アレクが答える。
「ああ。帝国東部方面軍二十五万のうち、十万は帝国機甲兵団だからね。あの数の機甲師団が隊列を組んで進むと、ここからでも迫力あるね」
トゥルムも口を開く。
「もはや、勝敗は決したも同然だろう。帝国軍の勝利は確実だ」
ドミトリーが答える。
「いくら勝利が確実でも、慢心はいかんぞ」
エルザがドミトリーを茶化す。
「ドミトリーってば、まるで『坊主の説法』ね」
ドミトリーはエルザに答える。
「いかにも。拙僧は坊主だが」
ドミトリーの答えを聞いたエルザが呆れる。
「・・・はぁ。そうね」
アレク達は食事を終えると部屋に戻り、観測当番の時間まで、それぞれ自由時間を過ごした。
--夕刻。
やがて、アレク達が空から戦況を観測する当番の時間となった。
アレク達は、格納庫へ向かうと飛空艇に乗り込み、飛行甲板から発艦する。
上空で編隊を組むと、観測を担当する地域へ向かう。
担当する地域に到着したアレク達は、地上での帝国軍と鼠人達の軍勢の戦闘の様子を観測する。
帝国軍は、ヨーイチ男爵領の全域で攻勢に出て鼠人達を圧倒していた。
鼠人達は、道路や丘などに木で出来た馬防柵や塹壕を掘って防御陣地を作り、弓や投石器で帝国軍を迎え撃っていた。
しかし、帝国東部方面軍、帝国機甲兵団の蒸気戦車は、その主砲で馬防柵を吹き飛ばし、キャタピラで塹壕を乗り越えて鼠人達の防御陣地を突破し軍勢を蹴散らしていく。
アレクがルイーゼに話し掛ける。
「ルイーゼ。鼠人達が逃げていく。帝国軍が勝っているね」
「そうみたいね」
アレク達が観測を担当した全ての地域で、帝国軍が鼠人達を駆逐していた。
--夜。
ジークは一人、自分の部屋で窓際に立ち、窓の外を眺めていた。
部屋のドアをノックする音の後、ソフィアの声がする。
「ジーク様。ソフィアです」
「入れ」
「失礼します」
部屋のドアを開けて、ソフィアが中に入る。
ソフィアは、窓際に立つジークの傍らに来ると、アレク達、教導大隊の観測結果をまとめた羊皮紙の報告書をジークに手渡す。
「ジーク様。帝国軍は、ヨーイチ男爵領の全域で鼠人の軍勢を圧倒し、駆逐しつつあるようです」
「そうか。我が軍の勝利は確実だな」
「はい」
窓の外を眺めていたジークは、傍らに立つソフィアの方を見る。
「・・・我が軍が勝利した暁には、私はこの武功を根拠に士官学校を飛び級で卒業する。そうしたら、晴れてお前を正妃として迎えることが出来る」
「・・・ジーク様」
「それまでの辛抱だ」
真摯に語るジークの顔をソフィアはうっとりと見詰める。
「はい」
ソフィアは、甘えるようにジークと腕を組むとジークの腕を自分の胸に押し付けて、指先でジークの胸をなぞる。
「あの・・・ジーク様」
「ん?」
「・・・また・・・抱いて下さい」
「判った」
ジークはソフィアを抱き寄せると、二人で窓の外を眺める。
ジークには、勝たねばならない理由があった。