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アスカニア大陸戦記 英雄の息子たち【R-15】  作者: StarFox
第十八章 決戦、アルビオン諸島
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第四百八十六話 帝国貴族の思惑とソフィアの機転

--皇宮 皇帝の私室


 侍従が皇帝の私室を訪れて来る。


 侍従はジークに歩み寄ると、恭しく一礼して告げる。


「皇太子殿下。ファルケンホルスト侯爵が殿下に御目通りを願い出ております。いかが致しましょうか?」


 侍従の言葉はラインハルトの耳にも届き、ラインハルトの表情が強張る。


「ファルケンホルスト侯爵がジークに?」





 ファルケンホルスト侯爵。


 バレンシュテット帝国において筆頭侯爵家であり皇妃ナナイの実家であるルードシュタット家に次ぐ次席侯爵家である。


 傘下に多くの貴族達を集める派閥を作ってその首領となり、他の貴族達の派閥と権力闘争を行っている、兵力三万人からなるファルケンホルスト軍団を自領に持つ、何かと評判の悪い上流貴族であった。


 貴族達が派閥を作って権力闘争しているのには、バレンシュテット帝国の国内事情に由来していた。


 革命戦役で革命政府を打倒したラインハルトは皇帝に即位し、筆頭侯爵家の令嬢であるナナイを皇妃とした。


 即位したラインハルトは、共に革命戦役を戦った仲間達と、自身の後見役であったアキックス伯爵をはじめとする帝国四魔将を皇帝直属の諮問機関として重用し、皇帝ラインハルト自身が直接関係省庁に指示を出す親政をしており、昨今、帝国四魔将を『伯爵』から『辺境伯(侯爵相当)』に陞爵(しょうしゃく)していた。


 更に皇太子であるジークの正妃にアキックス伯爵の孫娘ソフィア、第二妃にヒマジン伯爵の娘アストリッドを迎え、帝室と帝国四魔将の血縁的な結び付きも強めていた。


 皇妃ナナイの実家であるルードシュタット侯爵家を除いた旧来の帝国貴族達は、「皇帝ラインハルトから自分達、旧来の帝国貴族は遠ざけられている」と感じていた。


 そこにトラキア戦役で併合したトラキアの王侯達を帝国貴族に叙爵したことで、「自分達、旧来の帝国貴族と蛮族(トラキア)の族長達を同列に置くのか」と旧来の帝国貴族達は、ますます不満を燻らせていた。


 しかし、帝国四魔将と筆頭侯爵家であるルードシュタット家の圧倒的な武力と皇帝親政の前では、旧来の帝国貴族達は表立って何も言えず何もできない状況が続いていた。



 


 ジークは、ラインハルトと侍従に答える。


「私が行きます」


 ジークの答えを聞いたソフィアも口を開く。


「私も参ります」


 ジークとソフィアは謁見の準備をするべく、二人揃って皇帝の私室を後にする。


 公式の場で皇太子がエスコートするのは正妃であった。




 


 ジークは皇太子の礼装に着替え、ソフィアは帝国軍の高級将校の制服に着替え、二人揃って玉座の間へ向かう。


 ジークがソフィアを伴って玉座の間に入ると、既にファルケンホルスト侯爵がいた。


 ファルケンホルスト侯爵は初老の肥満体の男であり、茶色の髪を真ん中から分けた左右の毛先にロールパンみたいなカールを二段重ねた髪型をしていた。


 鼻の下の口髭を伸ばして先を跳ね上がるように尖らせ、この口髭の先を指先で摘まんで伸ばすのが侯爵の癖であった。


 侯爵は、玉座の間でドレスで着飾った五人の年頃の女の子達を連れており、ジークがソフィアを伴っているのを目にすると、短く舌打ちする。


「・・・ちっ」


 ジークとソフィアが玉座に腰掛けると、侯爵が恭しく一礼しながら口を開く。


「皇太子殿下。この度はお目通りをお許しいただきまして、ありがとうございます」


 ジークは口を開く。


「して、ファルケンホルスト侯爵。この私に用向きとは?」


 侯爵は、一列に並ぶ五人の年頃の女の子達を雄弁にジークに紹介し始める。


「皇太子殿下。こちらに控えております者達は、皆、我がファルケンホルスト侯爵家一門が誇る娘達です。・・・いかがです? 皆、美しい娘達でしょう」


 侯爵の言葉に合わせて五人の女の子達は、優雅なカテーシーでジークに一礼する。


 ジークは、自分の前に横一列に並ぶ女の子達を一瞥すると、口を開く。


「・・・確かに。皆、美しいな」


 侯爵は、媚びるようにジークに告げる。


「皇太子殿下。どうか、この者達を殿下のお傍に」


 疑問に思ったジークは尋ねる。


「・・・『傍に』とは?」


 侯爵は悪びれた素振りもみせずに続ける。


「殿下の後宮に献上したく」


「は?」


 侯爵の言葉にジークの表情が強張る。


 侯爵は、更に媚びるように続け、深々と頭を下げる。


「つきましては、この私めに財務大臣の官職を賜りますよう、皇帝陛下にお執り成しのほどをお願いしたく存じます」




 

 ファルケンホルスト侯爵からの用件とは、『ファルケンホルスト侯爵家一門の令嬢五人をジークの妾として献上するから、自分に財務大臣の職をくれ』という話であった。


 モニカがジークの第六妃となったことで、モニカの父ロートリンゲン男爵は農政大臣に任じられていた。


 ファルケンホルスト侯爵としては、『閑職である農政大臣なら娘一人。では、より権限が強く、大きな予算を動かす要職である財務大臣なら娘五人だろう』と解釈していた。


 そして、筆頭侯爵家のルードシュタット家が帝国宰相の要職なら、次席侯爵家の自分は、それに次ぐ財務大臣の要職が妥当だろうとも考えていた。





 ジークは、ファルケンホルスト侯爵が自分を『艶仕掛けが効く男』としてみている事に怒りを露わにする。


 ソフィアが横目でチラッと隣に座るジークの顔に目を向けると、言葉にこそ出さないものの、みるみるうちにジークの額に青筋が浮き出てくる。


 ソフィアには、次に侯爵が一言でも発すれば、激怒したジークが侯爵を怒鳴り付けるであろう事が容易に想像できた。

   

 ソフィアはジークの激怒を察し、機転を利かせる。


 ソフィアは、玉座に浅く腰を掛け直すと脚を組み、肘掛けに右肘を着いて顎を乗せ、ワザと尊大な態度で侯爵に話し掛ける。


「ファルケンホルスト侯爵」


「はい?」


 ジークに向けて頭を下げていた侯爵は、ソフィアが口を挟んできた事に驚いたように頭を上げてソフィアの方を向く。


「正妃である、この私の前で、よくも我が夫に五人もの愛妾を持つことを勧められるな。この私が、正妃として、女として欠如しているとの所存か!」


 皇太子正妃であるソフィアからの威圧的な言葉に、侯爵は青ざめる。


「いえ。決して、そのようなことは・・・。恐れ多く・・・」


 そこまで口にすると、侯爵はソフィアに深々と頭を下げる。


 ソフィアは座っていた玉座から立ち上がると、強い命令口調で侯爵を咎める。


「己は臣下の身でありながら差し出がましいことを! 不愉快だ! 下がれ!!」


 ソフィアが命令口調で侯爵を一喝すると、ファルケンホルスト侯爵達は、一度、頭を上げて再びジークに一礼し、無言で玉座の間から退散していった。






 ジークとソフィアの二人だけになった玉座の間で、ソフィアはジークに告げる。


「ジーク様。あれでよろしかったですか?」


「ああ。そなたが追い返さねば、私が追い返したまでだ」


「ジーク様が追い返したら、あの侯爵は帝室に対して良からぬ企みを持つでしょう。・・・私なら、『女の嫉妬』なら、古今東西、よくある話ですから」


 ソフィアは頭の回転の速い、機転の効く『キレる女』であった。






 ファルケンホルスト侯爵は、皇宮の通路を歩きながら悔しそうに呟く。


「・・・くそぅ! まさか正妃が謁見に同席するとは、想定外だ! 正妃はキズナにいるはずではなかったのか!?」


 従者の一人は答える。


「今朝方、キズナから皇宮に戻られたようです」


 侯爵は、従者を叱りつける。


「なぜ、それを報告せんのだ!? この大馬鹿者めが!!」


「申し訳ございません」


 従者は、侯爵に頭を下げると尋ねる。


「いかが致しますか?」


 侯爵は歩きながら、苛立ちを隠しきれないままに答える。


「あの正妃は、帝国騎士(ライヒスリッター)十字章(・クロス)を持つ竜騎士(ドラゴンナイト)で『竜王の愛娘』と呼ばれる女傑だ。それに、正妃の実家ゲキックス家は、帝国最強といわれる帝国竜騎兵団十万を率いる筆頭辺境伯。・・・我がファルケンホルスト軍団三万で、どうにかできる相手ではない。下手に手を出したら返り討ちにあい、こっちが潰されるのがオチだ。・・・どうする事もできん!!」


 侯爵は通路で立ち止まると、従者や連れてきた女の子達に告げる。


「いいか、お前達。皇帝陛下が閣僚を任命されているという事は、皇太子殿下への『禅譲』を考慮されているということだ」


 従者は呟く。


「『禅譲』・・・」


 侯爵は、従者に向かって力説する。


「そうだ! 今の体制で、皇太子殿下が皇帝に即位してみろ! 第二皇子が皇妃の実家であるルードシュタット家を相続し、皇位継承権第二位・ルードシュタット公爵家となってしまうのだ! そうなると、我がファルケンホルスト家とルードシュタット家の間には、『越えられない壁』ができてしまうのだ!!」


 そこまで告げると、侯爵は連れている五人の女の子達の方を向く。


「いいか!? お前達! 我がファルケンホルスト侯爵家は、今でこそルードシュタット家に筆頭侯爵家の座を譲っているが、帝国建国以来続く、勝るとも劣らない名門なのだ! 着飾って舞踏会やお茶会に出向くなら、どこぞの馬の骨ではなく、名門にふさわしい相手の妃、帝室の皇子の妃になれ!!」


「畏まりました」


 五人の女の子達は、侯爵に頭を下げる。


 侯爵は、苦虫を噛み締めたような顔で再び歩き始める。


「・・・くそっ! これ以上、ルードシュタット家に差をつけられてたまるか!!」




 ソフィアは、正妃として、妻として存在しているだけで、夫ジークを数多の謀略から守っていた。


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