第四百八十五話 前例と矜持
アレク達が乗った飛行空母ユニコーン・ゼロは、アルビオン諸島上空から士官学校隣接の飛行場へ帰着する。
--数日後。士官学校。
士官学校の冬休みが終わり、アレク達にいつもの学校生活の日常が戻ってくる。
アレク達の複数回に及ぶ教導大隊としての遠征は、『卒業に必要な単位』として振替られており、アレク達は既に士官学校卒業に必要な単位を取得できているため、単位不足の者達が補習授業に出る程度で、アレク達が士官学校に登校しても自習が主な授業であった。
昼休みになり、アルは机の上に突っ伏して告げる。
「なぁ、アレク。オレ達、授業が無いのに学校に来てる意味って、あるのか?」
アレクは苦笑いしながら答える。
「ま、残り少ない学校生活を楽しめって事だろ」
二人が話していると、小隊の仲間達がやって来る。
「アレク! 大ニュースよ! 皇太子殿下が六人目の妃を迎えたの!!」
ルイーゼは、目を輝かせながら『号外』と書かれた羊皮紙の広報をアレク達に見せる。
アレクは、訝しみながらルイーゼが持って来た広報に目を向ける。
「六人目の妃って。・・・殿下は、つい先日、五人目の妃としてグレース王国の女王陛下と結婚したんじゃなかったのか?」
ルイーゼは、興奮冷めやらぬ様子でアレクに答える。
「誰が皇太子殿下の六人目の妃だと思う? ・・・メイドのモニカさんよ!」
「なんだって!?」
アレクは、ルイーゼの言葉に驚く。
アレクは、厳格な皇宮で、それも自分自身を厳しく律していた長兄ジークが皇宮のメイドを妃にするなど、とても想像できなかった。
実際、過去にアレクはメイドに悪戯をした事で、父ラインハルトから殴り倒された事があった。
「ウフっ! ウフフッ! ふ~ん。ふふ~ん」
ルイーゼは、嬉しさを堪え切れずに満面の笑顔を浮かべながら小躍りする。
ルイーゼは、同じ皇宮のメイドであるモニカが皇太子のジークに輿入れした事を自分の出来事のように喜んでいた。
帝室の皇子と使用人のメイドが結婚したことの前例が出来たからである。
皇位継承権第一位である皇太子ジークが出生身分の低いメイドのモニカと身分の差を越えて結婚できるなら、皇位継承権第二位の第二皇子アレクとメイドのルイーゼが結婚することもできるはず。
ルイーゼはそう考えると、笑顔で舞い上がらずにはいられなかった。
ナディアとエルザは、買って来た昼食を手にアレクの元へやって来る。
ナディアはしたり顔でアレクに告げる。
「ア~レ~ク~。皇太子殿下に負けたわね。・・・殿下は、妃が六人よ! 六人!」
エルザもナディアに続く。
「そうそう! 『乙女を見たら犯らずにはいられない』アレクも、奥さんの人数で皇太子殿下に追い越されたわね! 世の中、上には上がいるのよ!」
「なんだよ。それ。。。」
アレクは、女の子二人にからかわれ、少し不満気に返す。
アルは決めポーズを取ると、誇らしげに彼女であるナタリーに語り掛ける。
「フッ・・・。オレが愛しているのは、ナタリー。君だけさ」
「・・・もぅ! アルったら!」
アルの言葉に、ナタリーは両手を頬に添えながら頬を赤らめる。
ナディアは、エルザに話し掛ける。
「けど、妃が六人っていうのも凄いわね。ほぼ一週間、毎日日替わりで違う女を抱いているのかしら?」
「殿下は、アレク以上の絶倫って事よ!」
トゥルムは、下ネタで盛り上がっている二人をたしなめる。
「二人とも。皇太子殿下を侮辱すると不敬罪に問われるぞ? それに、皇太子殿下ともなれば、そんな単純な事では無いだろう? 政略結婚で愛の無い相手と結婚することもあるだろうし、皇位継承も絡んでくるだろう。・・・大勢の女性に囲まれたところで、気の休まる時間など無いのではないか?」
ドミトリーはトゥルムに続く。
「そのとおりだ。皇太子殿下は、皇帝陛下の右腕として公務を務めながら、帝室の世継ぎも作らねばならない。並みの苦労では無いだろう」
アレクは、トゥルムとドミトリーの言葉を考えながら、自分の目の前で盛り上がる女の子達を眺めながら想いを巡らせる。
今、自分の傍らには自分の妃になる予定のルイーゼとナディアとエルザがいた。
自分は、傍にいる女の子が三人でも色々と大変であった。
それに自分は、自由に恋愛して、心のある、愛情のある女の子が結婚予定の相手である。
妃になる予定の女の子達同士も仲が良い。
第二皇子の自分とは対照的に、皇太子である兄ジークの結婚は、必ず帝国の外交関係、帝国内の内政的力関係による政略結婚、皇位継承が絡むはずであった。
(・・・兄上)
アレクは、単純に考えても兄ジークは自分の倍以上の苦労をしているはずだと容易に想像することができた。
--皇宮
ジークがアルビオン諸島から帝都に帰着する日を見計らい、アキックス伯爵とソフィアは生まれたジークの息子を連れてアキックス伯爵領の州都キズナから皇宮に来て、皇帝の私室を訪れる。
侍従が皇帝の私室のドアを開けると、ジークの息子を抱いたソフィアとアキックス伯爵が入ってくる。
ソフィアは口を開く。
「ジーク様! お努めご苦労様でした」
「おぉ!!」
「まぁ!」
ジーク、ラインハルト、ナナイ達三人は、ジークの息子を抱くソフィアの周りに集まる。
ソフィアは、得意気な笑顔で三人に抱いている赤子を見せながら告げる。
「元気な男の子ですわ」
「ソフィア。よく頑張ったな」
「はい」
ジークはソフィアに謝る。
「すまないな。大変な時に傍にいてやれなくて」
アキックス伯爵は口を開く。
「私としては、ソフィアが赤子をキズナに置いて『私も殿下のいる戦場へ行く』と言い出すのではないかと、気が気では無かったが」
ソフィアは、誇らしげに答える。
「私は武人の妻です。それくらい弁えております」
ナナイは口を開く。
「ジークが生まれた時の事を想い出すわ」
ラインハルトも微笑みながら呟く。
「確かに。ジーク、お前にそっくりだ」
赤子を覗き込む周囲の顔が笑顔に綻ぶ。
ソフィアは、抱いている赤子をナナイに預けると口を開く。
「・・・それとジーク様。この子に名前を」
「名前か。それはもう考えてある。『ハイドリッヒ』でどうだ?」
ラインハルトは口を開く。
「ふむ。帝室の先祖にいたという『賢帝ハイドリッヒ』が由来か。・・・良いな」
ソフィアは笑顔で答える。
「素晴らしい名前ですわ。ありがとうございます」
モニカも皇帝の私室にいた。
第六妃のモニカは、さすがに正妃であるソフィア達の輪には入れずに片隅に佇んでいると、ソフィアがモニカのところへ歩いて来る。
専属メイドとしてジークに仕えていたモニカは、ソフィアの激しい気性と性格をよく知っていた。
ソフィアが第三妃フェリシアに嫉妬して掴み掛かり、護衛の女性士官達が四人掛かりでソフィアを抑え込んだ事も知っていた。
ソフィアは、帝国最年少で竜騎士となってジークの副官を務め、トラキア戦役で帝国騎士十字章を授与された武人でもあった。
モニカは、『ジークと寝た自分はソフィアに斬り殺されるのではないか』と戦々恐々としていた。
モニカは、近づいてきたソフィアに頭を下げる。
「第六妃になりましたモニカです! よろしくお願い致します!」
ソフィアは、微笑みながら自分に向けて頭を下げるモニカを労う。
「第六妃モニカね。私の留守中、お役目ごくろうさまでした」
想定外に優しいソフィアの反応に、モニカは拍子抜けした顔でソフィアの顔を見上げる。
ソフィアは余裕のある微笑みを浮かべていた。
それは、辺境の男爵家出身のモニカは自分の脅威となる存在ではなく、筆頭伯爵家出身の自分がジークの長子、それも帝室の跡取りである男子を出産し、正妃としての地位が脅かされる事が無くなったことからきている『正妃としての矜持、余裕のある微笑み』であった。