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アスカニア大陸戦記 英雄の息子たち【R-15】  作者: StarFox
第十八章 決戦、アルビオン諸島
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第四百八十二話 ジークの考察、モニカの決意

ーーアルビオン諸島上空 バレンシュテット帝国軍 総旗艦ニーベルンゲン


 ジークは夕食と入浴を済ませ、ニーベルンゲンの自室にいた。


 アルビオン諸島での北部同盟と西方協商の決戦は『北部同盟勝利』という報告を受けて、ニーベルンゲンは帝都への帰路に就き、ジークは一息つく。


 決定打を欠いた決戦の結果は、世界大戦が長期化することを暗示していた。


 ジークは、重苦しい冬の雪雲の下で繰り広げられていた二つの陣営の死闘について、父である皇帝ラインハルトへ報告書を書き綴る。




 カスパニアは、スベリエ王国領『アルビオン諸島』を戦略的攻略目標に定めた。


 国境を接した『隣国領土』ではなく、食糧供給地と貿易中継地である『アルビオン諸島』を狙った根拠。


 他国と接する国境からの領土的拡張ではなく、経済的要衝を狙ったその思惑。


 北部同盟勝利の要因となったグレース王国艦隊の艦隊運用、東方不敗の帰参。


 水上艦隊の機動的な運用、制空権と航空戦力の重要性。


 アルビオン諸島で繰り広げられた上陸戦。


 歩兵や騎兵、弓兵による『点と線の戦場』から、塹壕、大砲、飛行船による『平面から立体の戦場』へ。


 一国の軍団による戦いから、同盟国を巻き込んだ複数国家による陣営の総力戦へ。


 古代から中世の様式であったアスカニア大陸の戦争は、徐々にその様式を変化させつつあった。




 

 ここまで羊皮紙に書き記すと、ジークは更に自国に考察を巡らせる。


 バレンシュテット帝国。


 他国に何一つ依存する事無く、自国のみで全てを賄える最強の超大国。


 父である皇帝ラインハルトが策定した外交政策は、世界大戦において北部同盟と西方協商のどちら側にも与しない中立であった。


 保有する圧倒的な武力により中立を保つ一方で、港湾自治都市群を通して両陣営に武器や食糧を輸出していた。


 世界大戦で疲弊する列強諸国を他所に、バレンシュテット帝国は繁栄を謳歌していた。


 同様にラインハルトは国内政策である『種族融和政策』を策定。この『種族融和政策』は成功し、順調に進んでいた。


 エルフ、ドワーフ、蜥蜴人(リザードマン)獣人(ビーストマン)といった亜人達に人間と同じ人権を与え、徴兵と納税の義務を負わせる。


 亜人種達も定住して学校で教育を受け、人間が使う文字と言葉を知り、識字率が向上して人間と意思疎通できるようになる者達が増え、帝国に帰属するようになりつつあった。


 人間だけで成り立っていた帝国の国内経済は、人間と亜人種達を合わせた経済規模となり、生産人口も消費人口も倍増。


 難民の流入と亜人種達の定住化という人口の増加に合わせて、新大陸植民地と帝国南部の獣人(ビーストマン・)荒野(フィールド)、帝国領トラキアの開拓を進める。


 開拓地に農場を建設して居住地を確保すると共に食糧増産を行う。


 生産人口と消費人口の倍増による流通量増加には鉄道敷設で対応を進めていた。


 『大陸縦断鉄道』と『大陸横断鉄道』、帝都と港湾自治都市群を結ぶ『北西鉄道』、更に従来の帝国領東端であったヒマジン伯爵領の州都トゥエルブブルクから帝国領トラキアへ『トラキア鉄道』が延伸敷設されていた。


 帝国は経済的にも大きく発展し続けている。


 ジークの父ラインハルトは、名実共にアスカニア大陸にその名を轟かせる稀代の英雄であった。


(私が帝位を引き継いでも、父上のように帝国を発展させる事ができるだろうか・・・)


 ジークは、精神的重圧に思い悩む。







 ひと呼吸の後、ノックと共にジークの私室のドアが開かれる。


「失礼致します。ジーク様。紅茶をお持ち致しました」


「ありがとう」


 ジーク付きメイドのモニカ・ロートリンゲンが紅茶を持ってくる。




 モニカは、帝国の辺境のロートリンゲン男爵家の三女で、黒目黒髪で整った顔立ちをしていたが、黒縁メガネを掛けた読書好きで頭の良い、二本の三つ編みを両肩に下げている内向的な大人しい地味な女の子であった。


 帝国の貴族は十四歳になると、皇帝臨席の成人式(デビュタント)に参加せねばならず、成人式(デビュタント)婚約者(フィアンセ)とダンスを踊ることが帝国貴族社会の慣例であった。


 しかし、モニカは成人式(デビュタント)当日になってもダンスを踊る相手が決まらず、ロートリンゲン男爵は必死にモニカの相手を探すが、モニカと踊ってくれる相手は見つからなかった。


 だが、皇妃ナナイの父ルードシュタット侯爵のとりなしによって、モニカは十四歳の成人式(デビュタント)のダンスを皇太子であるジークと踊ることができ、皇宮にメイドとして出仕することを許されたのであった。


 それ以来、モニカは皇宮でメイドとして勤めながら、初めてダンスを踊った異性であり、初恋の相手であるジークにずっと片想いをしていた。





 モニカは、二時間ごとにジークが一息入れることを知っており、ジークが休憩する時間を見計らって紅茶を持って来たのであった。


 元々、ジークの公務予定は、第二妃兼秘書のアストリッドが組んでおり、その予定に合わせてモニカがジークの衣服や必要な小物を用意したり段取りをしていた。


 アストリッドがジークの子を妊娠して実家に戻ったため、現在はモニカがそれらを行っていた。


 ジークは紅茶を一口飲むと、モニカに尋ねる。


「モニカ。父上の治世をどう思う?」


 ジークから尋ねられたモニカは、『自分などが答えて良い問いなのか?』と逡巡しながらも、落としていた目線を上げて黒縁メガネ越しにジークを見詰めて問い質す。


「陛下の治世ですか?」


「そうだ」


 モニカは、正直に答える。 


「素晴らしいと思います。お父様は、・・・父、ロートリンゲン男爵は『革命戦役以前は大変だった』と、よくこぼしておりました。私が今、皇宮でジーク様にお仕えできるのも、陛下の治世があればこそです」


 事実、ラインハルトが革命戦役でヴォギノ達革命党と革命政府を倒していなければ、モニカのような下級貴族の子女達は、徴兵されて前線に送り込まれていたことだろう。


「そうか」


 ジークは、そう答えると再び尋ねる。


「・・・私に父上の跡が継げると思うか?」


 ジークの弱気な発言にモニカの全身に一瞬、戦慄が走る。


 モニカは、黒目がちな目を見開いて強い口調でジークに答える。


「何をおっしゃられます!? ジーク様は帝国最年少で上級騎士(パラディン)になられ、トラキア戦役で帝国を勝利に導いた英雄です! 陛下の跡を、帝位を継いで帝国を導くことができるのは、皇太子であらせられるジーク様、ただお一人だけです!!」


 ジークは、普段は大人しく物静かなモニカが強い口調で自分の意見を言い切ったことに少し驚くと、ハッとして口を開く。


「すまない。モニカ。・・・今の話は忘れてくれ」


 ジークは、尋ねた相手が第二妃のアストリッドではなく、メイドのモニカであることを思い出したのだった。


「・・・はい。失礼致します」


 モニカはジークに一礼すると、ジークの私室を後にする。





 通路を歩きながら、モニカは考える。


(ジーク様が気落ちされている)


(こんな時に御妃様が誰もジーク様のそばにいらっしゃらないなんて)


(アストリッド様・・・)


(・・・)


(かくなるうえは、私がジーク様を・・・!!)


 モニカは覚悟を決める。


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