第四百七十八話 夜間強行偵察
アレクは尋ねる。
「グレース王国軍単独で夜襲を行うのですか?」
「そうだ。私は、侵略者どもをみすみす取り逃がすつもりは無い。スベリエも、ソユットも、『見通しの効かない闇夜には出撃できない』と言ってきてな。・・・臆病風に吹かれおって」
シャーロットはアレクにそう答えると、夜襲に二の足を踏んだスベリエとソユットには呆れたという素振りをみせる。
アレクは更に尋ねる。
「今夜は、月の無い闇夜と降雪で見通しが効かないのですよ? いったい、どうやって??」
ジカイラはアレクの疑問に答える。
「極秘裏に帝国軍からグレース王国軍に『照明弾』を供与する」
ルイーゼは尋ねる。
「『照明弾』を?」
シャーロットは続ける。
「具体的には、闇夜の海峡を東方不敗の戦闘飛行船が計器飛行で強硬偵察を行い、『照明弾』を投下。闇夜に紛れている敵艦を照らし出し、我が艦隊が新型カロネード砲で叩くという作戦だ」
シャーロットの作戦説明にアレクは納得したようであった。
「なるほど・・・」
アレクは、トラキア戦役で森の中を進軍する鼠人の軍勢を『照明弾』を使って照らし出したことがあった。
ジカイラは続ける。
「そこでだ。・・・極秘裏に帝国軍からグレース王国軍に『照明弾』を供与するにあたり、『照明弾を扱える人間』も貸与する必要がある。グレースでは、誰も『照明弾』を扱った事が無いからな」
ジカイラの言葉に周囲の視線がアレクの元に集まる。
「アレク、ルイーゼ。二人で海峡上空を強行偵察する東方不敗の飛行船に乗り込み、『照明弾』を使ってカスパニア無敵艦隊を照らし出せ」
「判りました」
アレクとルイーゼの二人は、シャーロット一行と共にグレース王国軍の東方不敗の戦闘飛行船に照明弾を積み込んで乗り込む。
東方不敗の戦闘飛行船は闇夜の中を音も無く離陸すると、海峡の西に展開しているグレース王国艦隊へ向かいシャーロットを艦隊旗艦HMSクィーン・シャーロットに移乗させる。
シャーロットが戦闘飛行船から連絡艇を経て艦隊旗艦に移乗すると、日没から降り続いていた雪が降り止む。
旗艦の甲板に立つシャーロットは、雪が降り止んだ闇夜を見上げて呟く。
「雪が降り止んだ・・・天祐だ。これで月が出てくれたら良いのだが・・・」
アレク達の乗る東方不敗の旗艦リッチ・ドールは、シャーロットを艦隊旗艦に移乗させて帰って来た連絡艇を回収すると、その高度を上げて闇夜に舞い上がる。
リッチ・ドールは、針路を東に向け、海峡上空を目指す。東方不敗のその他の戦闘飛行船は、グレース艦隊の上空に滞空していた。
リッチは、アレクに話し掛ける。
「アレク大尉。作戦と段取りについて、打ち合わせしておこう」
「はい」
アレク達は、艦橋で東方不敗の士官達と作戦と段取りの打ち合わせをする。
作戦は、海峡の上空で一定の感覚で照明弾を投下して、照らし出された艦の帆が『赤』ならばカスパニア無敵艦隊所属艦であるため、グレース王国艦隊が無敵艦隊所属艦を砲撃するという作戦であった。
具体的には、アレクとルイーゼが格納庫に移り、ルイーゼが時計と地図から照明弾を投下するタイミングをアレクに指示、アレクが照明弾の導火線にトーチで点火して格納庫のハッチから投下する段取りとなった。
アレクとルイーゼは、リッチ・ドールの格納庫に行き、ハッチを開ける。
厳冬の夜空の寒風が吹き込んで来て、二人は身震いする。
アレクは口を開く。
「寒いな・・・海はどうなってる?」
アレクがハッチから海面を見ると、雪が降り止んだ事もあり、海面に僅かに点々と明かりが灯っているのが見える。
カスパニア輸送船団と無敵艦隊の灯火管制から漏れ出た光であった。
ルイーゼは口を開く。
「明かりが見える・・・。けど、あれじゃ、何の艦かまでは判らないわね」
伝声管からすつぬふの声が聞こえてくる。
「作戦空域に到達した。二人とも、頼んだぞ!」
アレクは伝声管に向けて返答する。
「了解!」
ルイーゼは、地図と時計を見ながら投下タイミングを計る。
「アレク! 三、二、一、・・・今よ!」
ルイーゼからの指示に合わせ、アレクはトーチで照明弾の導火線に点火すると、ハッチから照明弾を落とす。
アレクはハッチから身を乗り出して下を見ると、投下した照明弾は導火線の火花を散らしながら落下していた。
ほどなく照明弾は発火して明るい光を放ち、周囲や海面を照らす。
照明弾の放つまばゆい光は、浮き桟橋の上を歩いて輸送船に乗り込んでいるカスパニア軍と、浮き桟橋に接舷している輸送船の姿を照らし出す。
浮き桟橋の上を輸送船に乗り込むべく歩いているカスパニア正規兵や傭兵、輸送船のカスパニア兵が、突然、周囲が明るくなった事に驚き、皆、一様に空を見上げていた。
アレクは呟く。
「輸送船ばかりだ・・・外れだな」
ルイーゼは答える。
「アレク、まだまだあるわよ!」
「了解!」