第四百七十五話 潮時
--アルビオン諸島 本島 東方沖
グレース艦隊を追って南下していたカスパニア無敵艦隊がようやくアルビオン諸島本島の東方沖に到着する。
赤い帆に風を受けながら霧の中を進んできた無敵艦隊は、海域を覆っていた霧が晴れた事により、戦況を確認するべく観測気球を上げる。
観測気球から戦況報告を受けたカロカロは、愕然とする。
ナヴァールの航空艦隊は既に半数を失い、ナヴァールの海上艦隊もブルグンド王が乗っていた旗艦と主力艦五隻を失って共に敗走中であり、カスパニアの飛行艦隊も一隻を失い、グレースの東方不敗、スベリエ飛行艦隊、ソユット飛行艦隊の三つの飛行艦隊を相手に戦闘しながら後退中であった。
カスパニアの輸送船団は上陸作戦を継続していたが、泊地から出撃してきたスベリエ艦隊の猛攻に晒され、次々と輸送船が撃沈されていた。
輸送船団から本島に上陸したカスパニア軍とナヴァール軍も、スベリエ王国のフェルディナント王が陣頭指揮によって反撃に転じた事により苦戦していた。
カロカロは怒りをあらわにする。
「クソッ! ブルグンドの奴め! 我らが到着するまで持たないなど!!」
士官は尋ねる。
「殿下。もはや戦いの趨勢は決しているようです。・・・いかが致しますか?」
カロカロは答える。
「知れたことだ! 上陸部隊と輸送船団を撤退させる! スベリエ艦隊と輸送船団の間に割って入るぞ! 突撃しろ!!」
カスパニア無敵艦隊は、単縦陣に陣形を変えながら、本島と南島の間の海峡でカスパニア輸送船団を襲っているスベリエ艦隊に向かってその進路を向ける。
シャーロットが率いるグレース艦隊は、回頭を終え陣形を整えると、北の海上にカスパニア無敵艦隊を見つける。
カスパニア無敵艦隊発見との報告を受けたシャーロットは、ほくそ笑む。
「今頃、着いたのか。ふふふ・・・。だが、もう遅い!!」
士官は尋ねる。
「姫。どうします?」
「無敵艦隊の鼻先をヘシ折ってやる! 南島の南側を迂回して奴らが海峡を抜けたところを叩く!!」
「了解!」
グレース艦隊は、南島の南側沖を迂回するように針路を向ける。
カスパニア無敵艦隊の大艦隊が本島と南島の間の狭い海峡に突入し、スベリエ艦隊と交戦を始める。
スベリエ艦隊を率いるオクセンシェルナ伯爵は、泊地から出撃させた艦隊を帆を絞らせて速度を落とし海峡でゆっくりと航行させながら輸送船団を砲撃していたが、カスパニア無敵艦隊が海峡の東側から強引に突入させてきた事に驚く。
(いかん! 無敵艦隊は、こちらにぶつけてくるつもりだ!!)
オクセンシェルナ伯爵は、即座にスベリエ艦隊に西の海峡から離脱するように命じる。
「全艦、展帆だ! 針路、西へ! 海峡から離脱しろ! 敵に接舷させるな!!」
狭い海峡に多数の艦隊が密集すると衝突、または椄舷される恐れがあり、船同士を接舷させての近接戦・白兵戦では、輸送船団に地上兵力を乗せているカスパニア側が圧倒的に有利であった。
また、スベリエ・ガレオンは、砲撃戦に特化したガレオンであった。
オクセンシェルナ伯爵の決断は早く、スベリエ艦隊は交戦しながら速度を上げて海峡の西へ針路を取り、カスパニア無敵艦隊と距離を開け始める。
無敵艦隊を海峡に突入させたカロカロは、直ぐに上陸している部隊向けて撤退命令を伝えるべく伝令を走らせる。
伝令達は、それぞれ小舟で旗艦から離れると、上陸作戦中の輸送船団へ向かって小舟を進めていく。
カロカロは、レイドリック、イナ・トモ、アルシエ・ベルサードの将軍達三人に愚痴をこぼす。
「ブルグンドの奴は勝手にくたばってる! ヴェネトが寄越した東方不敗は敵に寝返る! まったく、どいつもこいつも我がカスパニアにツケを回しおって! こうなっては、もう撤退するしかあるまい! クソッ!!」
レイドリックはカロカロを諫める。
「殿下! スベリエの艦隊が西へ逃げていきます! 今は地上部隊の撤退を優先させましょう!!」
カロカロは、苛立ちを隠さずに答える。
「判っている! 艦隊は、地上のスベリエ軍を砲撃して敵の前進を止めろ! 阻止砲火だ! 上陸部隊の撤退を支援するのだ!」
カロカロの命を受けて無敵艦隊は砲撃を始め、地上のスベリエ軍に向けてカスパニア・ガレオンに搭載されているカルバリン砲が一斉に砲煙を上げる。
--アルビオン諸島 本島 前線
前線に出ていたフェディルナント王の目前に一斉に砲弾が着弾し、吹き上がる爆煙にフェルディナント王が身構える。
「むぅっ!? 何事だ?」
傍らの士官が答える。
「陛下! カスパニア無敵艦隊からの阻止砲火です!」
カスパニア無敵艦隊から次々と撃ち込まれてくる阻止砲火のため、前進を阻まれたフェルディナント王は歯ぎしりする。
「ぐぬうううぅ! 歩兵は下がれ! 弓兵隊、砲兵隊! 前へ!」
自分の命令で陣形を組み換え始めるスベリエ軍の軍勢と、阻止砲火の爆煙の向こう側で撤退していく西方協商軍を眺めながらフェルディナント王は、手にしていた戦斧を地面に突き立てて呟く。
「敵が退き始めたか。・・・そろそろ潮時だな」