第四百七十二話 帰参
--アルビオン諸島 本島沖 グレース王国艦隊 旗艦HMSクィーン・シャーロット
グレース艦隊はナヴァール艦隊に一撃を加えた後、陣形を整えながら回頭中であった。
シャーロットは、旗艦の艦尾船尾楼の屋上に居た。
吹き荒ぶ寒風の中、シャーロットの元に報告のために士官がやって来る。
「姫! 三時の方向からヴェネトの飛行艦隊、東方不敗が接近中です!!」
シャーロットの目付きが変わる。
「判った。対空戦闘用意! だが、攻撃は私からの命令を待て!!」
「はっ!!」
シャーロットから命令を受けた士官達が水兵達に指示を出して対空戦闘準備に掛かる。
「対空戦闘用意! 甲板に臼砲を出せ! 散弾、装填!!」
「拡張帆を仕舞え! 射角を開けろ!!」
--ヴェネト共和国 飛行艦隊 東方不敗 旗艦リッチ・ドール
東方不敗の飛行艦隊が高度を下げ、高度三十メートルまで降下した時であった。
すつぬふは指示を出す。
「高度三十メートル! 雷撃艇、発艦しろ!!」
望遠鏡を覗きながらリッチが叫ぶ。
「発艦、待て!!」
すつぬふは、訝しみながらリッチに尋ねる。
「どうした? リッチ??」
リッチは望遠鏡を覗きながら呟く。
「・・・信じられん」
「あん?」
リッチは望遠鏡をすつぬふに手渡しながら告げる。
「・・・旗艦の白いガレオンだ。艦尾の旗を見ろ」
すつぬふは、望遠鏡を受け取ると訝しみながら望遠鏡を覗く。
「真っ白なんて目立つ船だな。マトになりたいのか・・・?」
すつぬふは覗く望遠鏡を徐々に旗艦の艦尾に向ける。
「あの旗。・・・海竜。銛を構える乙女。・・・白百合の紋章!? って、まさか?」
リッチは呟く。
「・・・その『まさか』だ」
すつぬふは叫ぶ。
「シャーロット様だ!」
すつぬふの言葉は艦橋内だけでなく、瞬く間に士官達から水兵たちに伝わり、艦内に広がる。
「シャーロット様!?」
「シャーロット様が!?」
「姫が?」
「姫様!?」
すつぬふは呟く。
「し、信じられねぇ・・・。グレースに正統な王権が復活したっていうのか?」
リッチは口を開く。
「確かめる! ・・・全艦、休戦旗を掲げろ! 単縦陣に組み替え、高度五メートルでグレース艦隊と並走!!」
「はっ!!」
半時ほどで東方不敗の飛行艦隊は、その技量を示す様に見事な操艦を見せ、海上を航行するグレース艦隊に並走し始める。
リッチやすつぬふ達の乗る旗艦リッチ・ドールがグレース艦隊の旗艦HMSクィーン・シャーロットに並走し始めると、士官や水平達がシャーロットを一目見ようと一斉に艦舷に集まって船窓や連絡通路、砲門などから身を乗り出し始める。
東方不敗の水兵達は、旗艦HMSクィーン・シャーロットの艦尾船尾楼に立つ元帥服姿のシャーロットを見つけると騒ぎ始め、艦から身を乗り出した水兵達が口々にシャーロットに向けて大きく手を振りながら叫ぶ。
「シャーロットさまー!」
「ひーめーさーまー!」
やがて東方不敗の水兵達の叫びは、歓呼へと変わっていく。
「The Glorious Grace!!」
(グレースに栄光あれ!!)
「The Glorious Grace!!」
(グレースに栄光あれ!!)
「The Glorious Grace!!」
(グレースに栄光あれ!!)
船尾楼に立つシャーロットが東方不敗の旗艦リッチ・ドールの方を向き、抜刀したレイピアを掲げて歓呼に応えると、東方不敗の水兵達は、艦内が割れんばかりの歓声を上げる。
「ウォオオオオオ!!」
「シャーロット様、万歳!!」
すつぬふは、艦内に轟く水兵達の歓声に狼狽える。
「・・・リッチ。どうするんだ? アレを攻撃しろと命令したら、オレ達の側が殺されちまうぜ?」
リッチは、ひと呼吸の間、考えるとすつぬふ達士官に告げる。
「シャーロット姫に面会する。東方不敗の士官は全員集合。連絡艇を用意しろ」
「判った」
東方不敗からの手旗信号によるシャーロットへの面会申し込みは、グレース側に受諾される。
連絡艇は直ぐに用意され、東方不敗の士官達は連絡艇で東方不敗の旗艦リッチ・ドールからグレース艦隊の旗艦HMSクィーン・シャーロットに接舷して乗り込む。
甲板にシャーロットが現れると東方不敗の士官達は、シャーロットの前に団長であるリッチを先頭に整列して跪く。
リッチは口を開く。
「シャーロット様。御目通りの許しを頂きまして、ありがとうございます」
シャーロットは口を開く。
「皆、久しぶりだな!」
リッチは口を開く。
「シャーロット様」
「なんだ?」
「東方不敗のグレース王国への帰参をお許し頂きたく願います」
リッチの言葉に東方不敗の士官達は驚く。
「リッチ!?」
リッチは続ける。
「グレースに正統な王権が復活した以上、東方不敗の全将兵は祖国へ帰参し、それに従うのが通すべき筋でしょう。東方不敗の任務放棄とヴェネトへの亡命。全責任は、団長であるこの私にあります。なにとぞ、この私の首一つで収めては頂けないでしょうか」
すつぬふとルパ、アーベントロートがリッチの元に駆け寄る。
「おい!?」
「そんな!」
「自分一人で責任を取るなんて!!」
シャーロットは尋ねる。
「東方不敗の全将兵の任務放棄と亡命の責任を、その上官である団長のお前が一人で取るというのか?」
「はい」
「なら、団長のお前の上官はグレース王国の女王である、この私だ。お前の責任は、お前の上官である、この私が取る」
驚いたリッチは、シャーロットの顔を見上げる。
「姫様・・・」
シャーロットは続ける。
「東方不敗、全将兵のグレース帰参を許す! 任務放棄と亡命の責は問わない! 全責任は女王である、この私にある!」
リッチだけではなく、東方不敗の士官達もシャーロットの言葉に驚くと共に深く感銘を受け、跪いたままシャーロットを見上げる。
「・・・姫」
「シャーロット様」
シャーロットは続ける。
「只今より、東方不敗は女王直属の空中騎士団とする! 直ちに任務に就き、グレースの敵を討伐せよ!」
シャーロットの言葉に東方不敗の士官達は深く頭を下げて答える。
「ははっ!!」