第四百六十六話 ユニコーン小隊 vs 獣人兵団
--西方協商 ナヴァール王国艦隊 旗艦オルレアン
ナヴァール王国のブルグント王は、船尾楼の上から望遠鏡でアルビオン諸島の本島と南島を観察し、戦況を観察していた。
望遠鏡で南島周辺を眺めていたブルグントに視界に、ヒナが放った第十位階魔法『絶対零度氷結水晶監獄』の五本の巨大な円筒状の白い柱が南島沿岸から西の方角へ海面すれすれに伸びていき、浮き桟橋とナヴァール艦隊のガレオン、カスパニアの輸送船を粉砕していく様が見える。
ブルグントは驚く。
「な、なんだ!? あれは?? あれでは、南島への上陸部隊が輸送艦隊もろとも全滅ではないか!!」
士官は口を開く。
「陛下。第十位階魔法とのことです。我がナヴァールのガレオンも何隻か、やられたようです」
ブルグントは、ナヴァール艦隊が被害を受けたという報告に歯軋りしていたが、少しすると考え始める。
「ぐぬぬ・・・。北部同盟に、そんな強力な魔導師がいたとは。・・・まぁ、良い。捨て置け。南島は、カロカロの無敵艦隊が来てから、カスパニアにやらせるとしよう。上陸部隊は、全て本島に集中させろ」
「畏まりました」
--アルビオン諸島 南島 沿岸
アレク達は、カスパニア輸送船から浮き桟橋を経て上陸し、森へと向かう獣人達を追っていた。
バルドゥインは、獣人達の先頭を進みながら口を開く。
「クソッ! 追手が!! ・・・パンタロウ! シャイニング! 来い!!」
バルドゥイン、パンタロウ、シャイニングの三人は、獣人達の先頭から最後尾の殿に回ると、アレク達に対して武器を構える。
「ウォオオオ!!」
アレクが長剣でバルドゥインに斬り掛かると、バルドゥインは長剣で受け止める。
「グゥウウ・・・」
アレクは、バルドゥインと斬り結んだまま力比べとなり、ジリジリと押され始める。
(虎人!? 獣人二世か? 凄い腕力だ!)
アルは、斧槍をパンタロウに向けて水平に払う。
「ウラァアアア!!」
パンタロウは、鋼の錫杖でアルの斧槍の一撃を受け止めると、錫杖を捨ててアルに掴み掛る。
「アル!!」
トゥルムがアルとパンタロウの間に割って入り、トゥルムとパンタロウががっちりと組み合う。
アルは、父ジカイラに似て筋骨隆々とした体躯であったが、蜥蜴人のトゥルムは人間のアルよりも二回りほど体躯が大きかった。
しかし、猪人のパンタロウも蜥蜴人のトゥルムと体躯は同格であった。
ドミトリーはシャイニングと対峙すると、仕掛けると見せかけて後ろへ飛び退き、フェイントを仕掛ける。
シャイニングは、右手に持つ剣でドミトリーを斬り払おうとするが、剣は空を切る。
(よし!!)
ドミトリーは、踏み込んで蹴りを放とうとするが、シャイニングが左手に持つ剣を振り上げ、ドミトリーは慌てて再び後ろへ飛び退く。
「・・・っと!!」
振り上げたシャイニングの剣先はドミトリーの頬を掠める。
ドミトリーは、剣先が掠めた頬を右手の親指でなぞると拳を構えて呟く。
「・・・二刀流か」
エルザは獣人達に向けて両手剣を構えると、獣人達はエルザを無視して、森へ向かって駆け抜けていく。
「えっ!? ・・・ちょ、ちょっと!」
森へ向かう獣人達の集団から、年端もいかない獣人の子供が手に持った木の枝を振り上げ、エルザに掛かって来る。
「おばあちゃんを守るんだ! あっちいけ!」
「・・・こ、子供!?」
エルザは、木の枝を振り回す獣人の子供に追い立てられ、驚いて後退る。
「来なさい!」
エルザに向かって木の枝を振り回していた獣人の子供は、母親らしき獣人の女性に抱き抱えられて森に向かっていく。
エルザは、その様子を見て目が点になる。
「子供に母親って・・・」
エルザの後ろにいたナディアも、構えていたレイピアを下げてエルザに話し掛ける。
「・・・老人もいるみたい。獣人の軍勢というより、まるで難民の集団ね」
アルと組み合っていたパンタロウは、頭を下げると鼻先をトゥルムの腹部に突き当てて上に押し上げる。
「オォオオオオ!!」
パンタロウの下あごの牙が空中に浮いたトゥルムの身体を覆う鱗鎧の腹部に擦れ、鈍い音を立てる。
パンタロウは、鼻先で押し上げたトゥルムを投げ飛ばすと、再び錫杖を拾ってトゥルムとアルに対して構える。
「ぐぅっ!!」
トゥルムは、パンタロウに投げ飛ばされ、背中から落ちて嗚咽を漏らす。
アルはトゥルムの傍に駆け寄って叫ぶ。
「トゥルム! 大丈夫か!?」
トゥルムは、起き上がりながらアルに答える。
「大丈夫だ。・・・私を投げ飛ばすとは。飽きれた馬鹿力だ」
バルドゥインは、アレクと斬り結んでいた長剣を振り上げると、再びアレクに斬り掛かる。
アレクは、長剣でバルドゥインの斬撃を受け流すと、素早く斬り返す。
バルドゥインは斬り返しを避けようと身体を反らせるが、アレクの長剣ゾーリンゲン・ツヴァイハンダーの剣先は、バルドゥインの兜を弾き飛ばす。
アレクの受け流しと斬り返しに、バルドゥインは身体に戦慄が走り、後退りながら考える。
(『受け流し』と『斬り返し』。上級騎士の剣技!?)
(こいつら、スベリエの重装斧兵でも、グレースの長槍兵でもない)
長剣を構えて後退るバルドゥインに対して、アレクも長剣を構える。
アレクの長剣ゾーリンゲン・ツヴァイハンダーの剣先が僅かに青白い魔力の残光を放つ。
(ミスリルの鎧に、あの長剣! 魔力を帯びている!?)
バルドゥインは熟練した傭兵であり、アスカニア大陸の戦場を渡り歩いた長年の戦闘経験から、アレク達がどこの国の軍勢か把握する。
(魔力を帯びた、あの装備、間違いない! 帝国騎士! バレンシュテット帝国軍だ!!)
バルドゥインは叫ぶ。
「パンタロウ! シャイニング! 相手は帝国騎士だ! 退けぇ!!」
バルドゥインの叫びを聞いたパンタロウとシャイニングは、それぞれ対峙したまま二歩三歩と後退ると、森を目指して逃走し始める。
バルドゥインも逃走しようとするが、落とした自分の兜に足を取られる。
(・・・しまった!)
「逃がすか!!」
アレクは長剣で水平に払う斬撃を放つと、バルドゥインは長剣で受け止めようとする。
しかし、バルドゥインは体勢を崩していたため、受け止めた自分の長剣の峰が脇腹に食い込み、尻もちを着くように後ろに倒れる。
「ぐはぁっ!」
「もらった!」
アレクは、尻もちを着いたバルドゥインに向けて突きを放とうと長剣を持ち替える。
しかし、アナスタシアがバルドゥインを背に庇うように、アレクの前に両手を広げて立ち塞がる。
アナスタシアは叫ぶ。
「させません!」
突きの体勢で長剣を構えたまま、アレクはアナスタシアを怒鳴り付ける。
「どけぇ!」
「どきません!」
長剣を構えたアレクと、両手を広げて立ち塞がるアナスタシアの目線が合う。
アレクは、アナスタシアの瞳を見て、目を見張る。
それは、トラキア解放戦線の男の憎悪と敵意に満ちた目でもなく、ソユット軍の指揮官の狂気に満ちた目でもなかった。
純粋に『愛する者を守る』という強い決意に満ちた青緑色の澄んだ瞳であった。
「くそっ!」
アレクはそう口にすると、長剣の切先を地面に突き立てる。
アレクには、アナスタシアとバルドゥインを斬る事は出来なかった。
ルイーゼは、アレクの様子を見守っていたが、訝しんで声を掛ける。
「・・・アレク?」
アレクは、諦めたようにルイーゼに答える。
「・・・いいんだ。ルイーゼ」
アナスタシアは、アレクに自分達を攻撃する意思が無い事を見取ると、バルドゥインを介抱し始める。
「バルドゥインさん、大丈夫ですか?」
バルドゥインは、体勢を変えようと、よろけながら答える。
「・・・くっ。無茶しやがって」