第四百六十四話 大地母神の加護
バルドゥインは叫ぶ。
「みんな! 行くぞ!!」
獣人達は、爆炎の障壁に開いた穴を浮き桟橋から浜辺へと駆け抜けていく。
ナタリーは、自分が放った第七位階魔法『地獄業火障壁』に穴が開けられた事に驚く。
「ええっ!?」
ナタリーと並んで空に浮かんでいたアンナも目を見開いて驚く。
「ウソでしょ!? だって、第七位階魔法よ!? 信じられない!!」
ヒナは、穴が開けられた『地獄業火障壁』を見詰めていた。
ヒナは、口を開く。
「私達の知っている魔法じゃない。魔力の流れ方が違う。詠唱も、魔法陣も無しで、一体どうやって?」
ヒナの目に、バルドゥインの後ろを小走りで駆けながら、浮き桟橋から浜辺に上陸するアナスタシアの姿が見える。
ヒナは、アナスタシアを指差しながら指示を出して行く。
「恐らく、あの兎人の娘が術者よ。ナタリー、魔力解析の魔法は使える?」
「はい。魔力解析!!」
ナタリーが地獄業火障壁から魔力解析に魔法を切り替えた事で、浜辺に広がっていた地獄業火障壁は消えていく。
ヒナは続ける。
「アンナ、いくつかの攻撃魔法で押してみて!」
「了解!」
アンナは、大きな身振りで魔法の詠唱を始める。
「Manna, människans alla saker」
(万物の素なるマナよ)
「En av Upsaras tre gudar」
(ウプサラの三神の一人)
「Kom från Throughs Vangal, ett hörn av Asgard」
(アスガルドの一角、スルーズヴァンガルより来たれ)
「Tangrisni och Tangunost tankar」
(タングリスニとタングニョーストの戦車)
「Nu visas här med ett brusande ljud」
(今、此処に轟音と共に現われ)
「Krossa mina fiender !!」
(我が敵を粉砕せよ!!)
「雷撃光球!!」
アンナの足元に一つ、頭上に魔法陣が等間隔で六つ現れ、かざした両手の先に巨大な雷の球体が現れて獣人達に向かって飛んで行く。
バルドゥインは、迫ってきた巨大な雷の球体に身構える。
「うぉおおっ!?」
再びアナスタシアが祈りを捧げる。
「Terra Mater dea Nantos Elta!」
(大地母神ナントスエルタよ!)
アナスタシアの左右に広げた両手の指先に青白い魔力の光が灯ると、その光は手のひらに集まっていき、青白く光る球状の魔力の塊になる。
「Murum da nobis ad tuendum nos!」
(我等を護る壁を授けたまえ!)
アナスタシアはそう叫ぶと、祈るように両手を胸の前で合わせる。
再び海面が盛り上がり、滝のような巨大な水流となってアンナの魔法『雷撃光球』にぶつかると巨大な水流が海水の壁となって、巨大な雷の球体の進行を押し止める。
アナスタシアは叫ぶ。
「今のうちに!!」
獣人達は、更に浜辺から陸地へと進んで行く。
ヒナは、ナタリーに尋ねる。
「どう? ナタリー。何か、判った??」
ナタリーは答える。
「あの兎人の娘。・・・指先から発した魔力が、手のひらで魔力の球になって・・・。ここまでは、中堅職になりたてくらいの魔力の量なんですけど・・・。両手を合わせた瞬間に、それまでとは比べ物にならない膨大な魔力が濁流のように現れています」
ヒナに答えながらナタリーは考えを巡らせていた。
(自力で魔力を造り出してはいない)
(周囲から魔力を集めている事も無い)
(詠唱も、魔法陣も、無い)
(私達の魔法、アスカニア大陸の魔法とは術式が違う)
(・・・どうやって、魔力を?)
(・・・いったい、どうやって?)
ナタリーは、父である帝国魔法科学省長官ハリッシュ譲りの明晰な頭脳の持ち主であり、魔力解析で得た情報から、ある一つの推論にたどり着く。
ナタリーは口を開く。
「・・・魔力が転送されている!? ・・・そうか! 彼女の手のひらの魔力の球は、小さな転移門なのよ!!」
ナタリーの推論にヒナとアンナは驚く。
「転移門!?」
ヒナは二人に答える。
「・・・だとすると、何者かが転移門を通して魔力を転送して、あの兎人の娘に与えているって事ね!」
ヒナの言葉にナタリーは頷く。
「・・・そう思います!」
アンナの魔法『雷撃光球』を押し止めていた海水の壁が、巨大な雷の球体を包み込むように形を変えていく。
やがて、アンナの魔法は、巨大な海水の球体に包み込まれ消えていく。
第六位階魔法『雷撃光球』を放っていたアンナの目が点になる。
「ちょっと! 何なの! アレ!?」
巨大な海水の球体は、魔力の青白い光を散りばめながら人型に形を変え、十二メートルほどの大きさで人間の女性の姿を模ると、獣人達を背に庇うように両手を広げ、アレク達の前に立ちはだかった。
あまりの出来事に南島の砂浜沿岸で戦闘していた者達も、戦いの手を止めて、その現象に魅入ってしまう。
アレクも戦闘の手を止め、魔力の青白い光を散りばめて女性の姿に形を変えた巨大な海水を見上げて呟く。
「なんだ? あれは?」
アルもポカンと口を開けて見上げる。
「スゲぇ・・・」
トゥルムもドミトリーも動きを止める。
「何なんだ?」
「奇跡じゃ・・・」
ナディアとエルザも魅入ってしまう。
エルザは呟く。
「綺麗ね・・・」
ナディアも呟く。
「まるで獣人達を庇っているようね」
ヒナも呟く。
「あれが魔力を転送している者の・・・、獣人達を護っている者の正体・・・」
アナスタシアは、女性の姿に形を変えた海水に向かって両手を合わせて祈ったまま、呟く。
「大地母神ナントスエルタ。その慈愛と加護に感謝します」
バルドゥインはアナスタシアの手を引くと、パンタロウ達に向かって叫ぶ。
「行くぞ! ・・・お前ら、これで、ちょっとは女神様を信じる気になったか?」
パンタロウは走りながら答える。
「ああ! 信じるとも!!」
シャイニングも走りながら答える。
「まさか、本当に目の前に現れるとはな! もう信じるしかないだろ!」
浜辺から東の森に向かう四人の後を獣人達と、獣人の女、子供、老人たちがついて行く。