第四百六十二話 西方協商、上陸開始
--早朝まで時間を戻したアルビオン諸島
ジカイラとアレクは、周囲の状況を確認するため、教導大隊が陣地を設営した南島の高台の上に居た。
凍てつく冬の寒風が吹き荒び、厚く重い雲に覆われた暗い空が広がっており、粉雪が降り始める。
二人は、望遠鏡で本島のスベリエ軍の陣地構築と大砲の設置状況を確認する。
ジカイラは苦笑いしながら呟く。
「あまり工事が進んでいないな。言わんこっちゃない」
アレクもジカイラが見ていた本島へ望遠鏡を向ける。
スベリエ王国軍は、三交代で陣地の設営と大砲の設置工事を進めていたとはいえ、厳冬の冷え込みで凍り付いた土を人力で掘削していたため、完成には程遠い状況だが野戦陣地としての体裁は整えたようであった。
アレクは口を開く。
「ようやく陣地の形にしたといったところですね」
ジカイラは呆れたように答える。
「人力だと、そんなものだ。スベリエの奴ら、南島の沿岸にも部隊を上陸させて大砲を設置したようだが、沿岸の見える位置に大砲を設置するとか。・・・あれじゃ、艦砲射撃の的だろう」
ジカイラは、教導大隊の陣地の一角に目線を向ける。
「かと言って、ここ南島から海を挟んだ向こうの本島にウチのゴーレム達を貸し出す訳にもいかないしな」
ジカイラの目線の先には、野戦築城の仕事を終え、陣地の片隅で両膝を抱えるような姿勢で座り、降りしきる雪に埋もれて雪山と化している十二メートル級のストーンゴーレムと三メートル級のアースゴーレム達の姿があった。
ジカイラの言葉にアレクは頷く。
「なるほど・・・」
アレクとジカイラは、望遠鏡で覗いたスベリエ王国軍の陣地と大砲の配置について話していると、本島の東端に設置された大砲陣地の一つが爆発を起こし、轟音が響く。
「おぉ!?」
二人が驚いていると、風切り音と共に爆発した大砲陣地の周辺も爆発する。
ジカイラは呟く。
「・・・始まったな」
--西方協商 ナヴァール王国艦隊 旗艦オルレアン
ナヴァール王国のブルグント王は、船尾楼の上から望遠鏡でアルビオン諸島の本島を観察し、艦隊による砲撃の戦果を確認していた。
粉雪が降り始めた暗い空が広がっており、早朝であるにも関わらず、夕方のような暗さであった。
ブルグント王は士官に指示を出す。
「ふっふっふっ。いいぞ。スベリエの艦隊は、泊地の中に停泊したままだ。制海権はこちら側にある。ナヴァール艦隊は、停泊して沿岸の敵大砲陣地を叩け。輸送艦隊は、そこから順次上陸しろ」
士官は尋ねる。
「陛下。泊地の中に居るスベリエ艦隊はどうしますか?」
ブルグントは答える。
「放っておけ。スベリエ艦隊のラピッドファイヤ砲は射程が短く、ここまで届かん。こちらを攻撃できる沿岸のカルバリン砲を叩け」
「了解しました。泊地の入口はいかが致しますか?」
「さすがに泊地の入口はスベリエ艦隊の射程に入る。放っておけ」
「了解しました」
ナヴァール王国の艦隊は本島の沖合いに停泊すると、本島沿岸に設置されたスベリエ王国軍の大砲陣地へ砲撃を開始する。
ナヴァール・ガレオンは、ナヴァール王国の艦隊運用思想である『船団防御』から低速巨砲型のガレオンであり、大口径の大砲で再装填に時間が掛かるものの、動かない地上の拠点を砲撃するには最適なガレオンであった。
スベリエ王国軍が沿岸に構築した大砲陣地のカルバリン砲も沖に停泊するナヴァール王国艦隊へ砲撃を始め、本島の周辺は砲弾が飛び交う激しい砲撃戦の様相を見せ始める。
「上陸部隊を乗せた輸送艦隊が動き始めた。・・・見ろ! アレク!!」
アレクとジカイラは、本島と南島に近づいてくる輸送船団に望遠鏡を向ける。
その光景は異様であり、アレクは小首を傾げる。
(・・・何やってんだ? ・・・あいつら?)
輸送艦隊が牽引していた無数の艀が牽引から解き放たれる。
艀には食人鬼達が乗っており、艀の上でそれぞれ橈(※オール)を手に、本島の砂浜を目指して漕いでいた。
やがて艀が砂浜に接岸すると、食人鬼達は艀から降りて丸太の杭を砂浜に打ち込み始める。
アレクには、食人鬼達がそれをやる意図が判らなかった。
(砂浜に杭なんか打ち込んで・・・?)
食人鬼達は、打ち込んだ杭と接岸した艀を鉄鎖で繋ぎ、少し沖にある別の艀と鉄鎖で繋いでいく。
ジカイラは呟く。
「やつら、次々と鉄鎖で艀を繋いでいく・・・って、まさか!?」
浜辺から三列に並んだ艀は、それぞれ鉄鎖で繋がれおり、食人鬼達によって次々と沖へ向かって艀が接続されていく。
アレクにも西方協商軍の意図が分かる。
「『浮き桟橋』だ! あいつら、砂浜に『浮き桟橋』を作ってる!?」
出来上がった浮き桟橋に輸送船が接舷すると、奴隷の男たちに二人一組で木箱を持たせたカスパニア軍の下士官が下船してくる。
カスパニア軍の下士官が奴隷の男たちに艀の上に置いた木箱の蓋を開けさせると、木箱の中には、ぎっしりと粗末な木槍が詰められていた。
続いて輸送船からゾロゾロと大勢の小鬼たちが浮き桟橋に下船してくる。
カスパニア軍下士官は、小鬼たちに命令する。
「木槍は一人一本だ。敵を倒せ。損害に構わず突撃しろ」
カスパニア軍下士官は警笛を吹くと、木槍を手にした小鬼たちは一斉に気勢を挙げながら浮き桟橋の上を走って陸上のスベリエ軍陣地へ向かって突撃していく。
「キシャアアアアアア!!」
浮き桟橋は二つ、三つとその数を増やしていき、接舷して小鬼たちを上陸させる輸送船も増えていく。
ジカイラは、典型的な物量戦を行う西方協商軍の戦い方を見て、口を開く。
「食人鬼は、頭は弱いが怪力はある。確かに土木工事をやらせるにはゴーレムの次に理想的だ。砂浜に幾つも浮き桟橋を作って並べ、上陸用の仮設の港を作るとは。カスパニアめ、考えたな」
アレクは尋ねる。
「大佐、感心している場合じゃありませんよ。スベリエ軍は、大丈夫ですか?」
ジカイラは口を開く。
「スベリエは海戦は強くないが、陸戦は強い。獅子王が率いる重装戦斧兵団は、北方諸国最強の軍団と言っていい。小鬼程度の妖魔や奴隷の兵士が相手じゃ、そう簡単にやられたりはしないだろう」
「そうですか」
「だが、無限に消耗に耐えられる訳じゃない」
ジカイラとアレクが話していると、南島沿岸にもナヴァール艦隊による艦砲射撃が行われ、沿岸に設置されたスベリエ軍の大砲陣地が壊滅。浮き桟橋が作られ、敵部隊が上陸してくる。
ジカイラは、望遠鏡で上陸してきた敵部隊を見ながら口を開く。
「おおっと。こっちにも来た。・・・アレク。ユニコーン、グリフォン、フェンリルの三個小隊で出ろ。くれぐれも無理をするな。水際で一撃を加えるだけでいい。スベリエ軍残存兵力の撤退を支援しろ。日没までに戻れ。いいな?」
「判りました」