第四百六十一話 初撃
--翌朝。
--グレース王国 スカパフロー泊地
この日、グレース王国領土の、ほぼ北端に位置するスカパフロー泊地は、凍てつく冬の寒風が吹き荒び、厚く重い雲に覆われた暗い空が広がっていた。
シャーロットのいる純白の旗艦の船尾楼に士官達が集まっていると、伝令が駆け込んで来る。
「女王陛下! 偵察に出した飛行船からの報告です!」
シャーロットは答える。
「判った。報告しろ」
伝令は羊皮紙に書かれた報告を読み上げる。
「ハッ! ・・・『百五十隻以上の大艦隊がスカパフロー諸島の北端を迂回航行中! 旗艦の赤帆とカスパニア国旗を確認! 航行中の大艦隊はカスパニア無敵艦隊、アルビオン諸島へ向かうと思われる!』以上です!!」
シャーロットは、考えを巡らせるように呟く。
「輸送船団を連れた本命は、南周りの艦隊。こっちは、外れだ。・・・よし!」
考えのまとまったシャーロットは命令を出す。
「全艦、直ちに出撃せよ! 無敵艦隊に一撃を加えた後、アルビオン諸島へ向かう!」
士官達は答える。
「了解!!」
士官達は駆け足で持ち場へ戻ると、水兵達に大声で声を掛ける。
「ヤロウども、出撃だぁ! 旦那(※ジークの事)が見てる前で、ウチの姫に恥をかかせるなよ!」
士官の声に水兵達が答える。
「おおっ!!」
別の士官は叫ぶ。
「ペェリペやカロカロを王と呼ぶか!?」
「ノーー!!」
老士官は、水兵達に向けてガッツポーズをしながら叫ぶ。
「The Glorious Grace!!」
(グレースに栄光あれ!!)
老士官に続き、水兵達も叫んで老士官に応える。
「The Glorious Grace!!」
(グレースに栄光あれ!!)
「イェアーー!!」
「ハッハー!!」
水兵達は士官達からの声に歓呼と喝采で答え、士気の盛り上がりを見せる。
その様子を見た士官達は仕事に取り掛かる。
「出帆手順始め!」
「HMSクイーン・シャーロット、※展帆! ※抜錨! もやい、放て!」
(※展帆:帆船が帆を張ること)
(※抜錨:降ろしていた錨を巻き上げること)
「艦隊各艦へ手旗信号! 「旗艦クイーン・シャーロットに続け」!!」
水兵達は甲板を走り回りながら手順を進めていく。
『一撃離脱』というグレース王国伝統の用兵思想に基づいて造られたグレース・ガレオンは、他国のガレオンと比べ、船体はスマートで喫水が浅く、加速と最高速を重視して複数の追加帆が展開できる構造になっていた。
また、グレース王国の艦隊は、グレース・ガレオンやフリゲート、コルベットなど、機動力を重視して足の速い船を中心に構成されていた。
降り始めた白い粉雪が舞い散る中、グレース王国の艦隊は冬の波間を滑るように加速していき、停泊していた泊地から続々と氷竜海へと出港していく。
沖合に出たグレース王国艦隊は、その航行速度を上げながら二列縦隊に陣形を組んで出撃していった。
--二時間後。
--グレース王国 スカパフロー諸島沖 カスパニア無敵艦隊
旗艦の船尾楼の士官室には、カスパニア軍を率いる主要な者達が集まっていた。
王太子カロカロと、レイドリック、イナ・トモ、アルシエ・ベルサードの将軍達三人である。
レイドリックは士官に指示を出す。
「大雪で視界が悪い。各艦、半帆にして速度を下げろ。この辺りには、暗礁が多い。座礁に注意しろ」
「了解しました」
士官が水兵達に命令を伝達するために士官室を出ようとドアを開けた瞬間であった。
突然、轟音と衝撃が艦を襲い、士官室の天井に程近い壁は吹き飛び、装飾品の額縁や燭台が士官室の中に飛び散る。
レイドリック達は狼狽する。
「うぉおおおお!?」
「砲撃だァ!!」
「なんだ!? 何事だ!?」
カロカロはそう叫ぶと望遠鏡を手に、内装品や破片が飛び散った士官室から船尾楼へ行き、その屋上に出る。
船尾楼の屋上に出たカロカロは、旗艦の正面に広がっていた光景を見て驚愕し、息を飲む。
カスパニア無敵艦隊の旗艦の少し前を、純白のグレース・ガレオンが悠々と横切っていく。
カロカロは、初めて目にした純白のグレース・ガレオンに驚き、目を見開いたまま呟く。
「白い・・・ガレオンだと・・・!?」
純白のグレース・ガレオンは、降りしきる粉雪に溶け込むように紛れ、カスパニア無敵艦隊に接近して来ていたのだった。
カロカロは、手にしていた望遠鏡で純白のグレース・ガレオンの船尾楼を見る。
船尾楼に掲げられているグレース王国旗。
海竜と、その背に乗って銛を構える乙女、その上に白百合の紋章が描かれた女王旗。
二つの旗の前に立つ人影。
カロカロは望遠鏡を人影に向けると、望遠を拡大する。
鮮明になった人影は、海軍の白い元帥服に身を包むグレース王国女王シャーロット・ヨーク・グレースの姿であった。
そして、そのシャーロットも、純白のグレース・ガレオンの船尾楼からカロカロの事を望遠鏡で見ていた。
シャーロットは、カロカロが望遠鏡で自分を見ている事に気付くと、手に持っていた望遠鏡を足元に置き、傍にあったランタンを手に取って自分の顔を照らす様に顔の横まで上げると、カロカロに向かって小馬鹿にするように指先で目尻を押し下げて舌を出す。
カロカロは、望遠鏡越しにシャーロットから『アカンベー』と舌を出して小馬鹿にされた事に激昂して歯軋りする。
「あぁぁぁんんの小娘がぁぁぁあ! バカにしおってぇえええ! ひん剥いてマストから吊るしてやる!!」
激怒しているカロカロの元にカスパニアの将軍達が集まって来る。
レイドリックは口を開く。
「殿下! グレース王国艦隊からの砲撃です!!」
怒り心頭のカロカロは怒鳴り散らす。
「総帆展開! 速度を上げろ! 追え! 逃がすなぁあああ!!」
怒鳴り散らすカロカロを他所に、イナ・トモは旗艦の前を通り過ぎて行った純白のグレース・ガレオンの船体の影の先の波間に、チカチカと無数のオレンジ色の光が点滅するのを目撃し、光を指差す。
「あれは!? 発砲煙??」
アルシエ・ベルサードがイナ・トモが指差す波間の先に目を凝らすと、オレンジ色の発砲煙を上げているのは、二列縦隊で艦隊を組んで船舷の大砲を自分達無敵艦隊に向けて砲撃してきているグレース王国艦隊の姿であった。
アルシエ・ベルサードは叫ぶ。
「砲撃、来るぞ! 回避だァ!!」
次の瞬間、無数の風切り音と共に、二列縦隊のグレース王国艦隊が放った砲弾がカスパニア無敵艦隊に飛来してくる。
旗艦の船舷と甲板に数発の砲弾が着弾し、甲板の装具や置いてあった木箱が飛び散って煙が舞い上がり、カロカロ達は狼狽える。
「うぉおおおお!?」
「クッソォ!!」
二呼吸程の後、被弾によって舞い上がった煙を風が押し流すと、再びカロカロは怒鳴り散らす。
「何をしている!? 前進だぁ! 反撃しろぉ!!」
カロカロに怒鳴られて、士官達と水兵達が慌てて作業に取り掛かり始める。
被弾した船体部分を見てレイドリックは呟く。
「・・・あの距離でガレオンの装甲板を撃ち抜くなんて。グレースは新型砲でも開発したのか?」
--グレース王国 スカパフロー諸島沖 グレース王国艦隊 旗艦HMSクイーン・シャーロット
カスパニア無敵艦隊への奇襲攻撃に成功したシャーロットは、上機嫌で旗艦の船尾楼の屋上に立っていた。
士官の一人が駆け寄って来る。
「姫。奇襲攻撃は成功です。カスパニア無敵艦隊に一撃加えてやりました」
シャーロットは答える。
「上出来だ。艦列に戻れ。・・・このまま最高速度まで加速して、時計方向に少し転進。アルビオン諸島へ向かう」
「了解しました」
士官は水兵達に指示を出す。
「フォアステイスル(※艦首帆)、ムーンセイル(※船頂帆)、トリプル・スパンカー(※艦尾帆)展開! 左右ボンネット(※追加帆)も開け! 全速!!」
指示を出していた士官にシャーロットは告げる。
「無敵艦隊に追い付かれるなよ?」
士官は、笑顔で答える。
「姫! さすがに、それはありませんって!」
グレース王国艦隊は、楔形陣形に陣形を組み替えると、更に速度を上げてアルビオン諸島へ向かっていった。