第四百六十話 異母兄弟
アレクとルイーゼは、連れ立って浴場へ行くと、間もなくルドルフとアンナが浴場にやって来る。
アルビオン諸島の防衛駐留のために帝国軍が用意した浴場は、コンテナハウスのような造りになっており、建物の中にあらかじめ浴槽が据え付けられ、ストーンゴーレムで現場に据え付けて水タンクを配管に接続すると魔導石を熱源とする給湯装置で直ぐに湯船のお湯が沸かせる代物であった。
男性用と女性用があり、アレク達はそれぞれ男女に分かれて浴場に入る。
ルドルフは、男性用浴場の脱衣所で服を脱いでいると、アレクと目が合う。
アレクは、ルドルフの首筋から胸元にかけてキスマークがいくつも付いている事に気付いて尋ねる。
「ルドルフ。首筋のそれって・・・」
ルドルフは、首筋を指先で撫でるが、特に気に掛ける様子も無く答える。
「ああ。これか?」
「彼女としてたのかよ?」
「まぁ・・・な」
アレクは、敢えてルドルフに尋ねてみるが、ルドルフは素っ気なく答える。
ルドルフは、アレクが服を脱ぎ始めると、アレクの首元や胸元にも自分と同じようにキスマークが付いているのが目に入る。
アレクが上着を脱ぐと、軽い金属音と共にアレクが首から下げていた物が現れる。
それは、細い金属鎖に繋がれた帝室の紋章が刻まれているブローチであった。
アレクは、いつもなら財布と共に部屋に置いて来るのだが、ルイーゼを抱いた直後で気が抜けていたため、ブローチを身に付けたまま浴場へ来てしまっていた。
(ヤバい! お守りを着けたままだった!)
アレクは、慌ててブローチを右手で握って隠すが、ルドルフは帝室の紋章が刻まれているアレクのブローチを目撃する。
ルドルフは、アレクが首から下げているブローチに刻まれている紋章に見覚えがあった。
(あれは・・・帝室の紋章!?)
ルドルフは、父である皇帝ラインハルトから贈られたサーベルに、同じ帝室の紋章が刻まれている事を覚えていた。
帝国では、帝室の人間以外が帝室の紋章を使ったり、帝室の紋章が刻まれた物品を身に付ける事は、固く禁じられていた。
ルドルフは尋ねる。
「その、首から下げている物は?」
アレクは、焦ってブローチを手で握って隠したまま答える。
「これは、士官学校に入学する時に母上から貰った大切なお守りなんだ」
「そうか・・・」
ルドルフは、アレクが手で隠した事から察し、それ以上、ブローチについて詮索しないで話題を切り替える。
「お前も首や胸にキスマークが付いてるぞ」
アレクは、ルドルフから紋章とは違う事を尋ねられたため、少し安心して苦笑いしながら答える。
「まぁ・・・ね」
(良かった! ルドルフは、紋章に気付いていないみたいだ)
ルドルフはチクリとツッコミを入れる。
「お前、他人の事、とやかく言えないだろ」
アレクは、苦笑いしながらルドルフからのツッコミを聞き流す。
「ははは・・・」
服を脱ぎ終えた二人はそれぞれ浴室に入り、お湯で身体を流すと、お湯で満たされた浴槽に浸かる。
ルドルフは、お湯に浸かりながら考えを巡らせる。
(・・・間違いない。あれは『帝室の紋章』だ)
(アレクが『帝室の紋章が刻まれた物を持っている』という事は、帝室の人間ということか)
(母から貰ったと言っていたが・・・)
ルドルフは、チラッと傍らでお湯に浸かるアレクの横顔を見て考える。
(アレクの、女みたいな顔立ち。あのエメラルドの瞳。あの金髪・・・肖像画の皇妃に良く似てる)
(・・・気付かなかった)
(こいつ・・・、ただの金持ちボンボンじゃなくて、帝室の皇子だったのか)
(どおりで・・・)
ルドルフはそう考えると、頭の片隅にあった、今までアレクに対して感じていた不自然な事柄が、ジグソーパズルのようにピッタリと符合してくる。
ジカイラがなぜ、アレクの教育・指導に力を入れていたのか。
革命戦役を共に戦った親友である皇帝ラインハルトの息子だから。
アレクがなぜ、上級騎士になれたのか。
至高にして最強の騎士・皇帝ラインハルトの息子だから。
士官学校を訪問した皇太子がなぜ、わざわざ教室に来てアレクに声を掛けたのか。
血を分けた実の兄弟だから。
考えがまとまったルドルフは、妙に納得してしまう。
(・・・そういう事か)
(オレとアレクは『腹違いの兄弟』『異母兄弟』ということか・・・)
(身分を隠しているということは、何か理由があるんだろう・・・)
ルドルフは、そこまで考えを巡らせると、浴槽の縁に背を持たれて寄り掛かり、天井を見上げる。
(オレも、アレクも、上級騎士)
(オレも、アレクも、同じ時、女を抱いていた・・・)
「・・・フッ」
ルドルフは、異母兄弟のアレクと自分の共通点を見つけ、思わず一人でニヤけていた。