第四百五十八話 焦りと企み
--アルビオン諸島 アルビオン泊地 スベリエ王国軍 本陣
アルビオン本島には、スベリエ王国軍が駐留し、沖合の泊地にはスベリエ・ガレオン二十隻を主力とするスベリエ艦隊百三十隻が停泊していた。
スベリエ・ガレオンは、北方の列強であるスベリエ王国で開発され使用される砲撃用のガレオン船で、舷側に張り出した2段の船尾楼と外板に施された飾り板が特徴であり、三層の甲板全てに多数の砲門を備えているため高い砲撃能力を持つが、水面に近い最下層の砲門から浸水しやすい弱点を持つ。
主にスベリエ海といった波の穏やかな内海や氷竜海といった本土近海での艦隊運用を想定した『低速多砲』というスベリエ王国軍の用兵思想を体現したガレオンであった。
白い獅子の紋章が描かれた軍旗を掲げる本陣の陣屋の中、その奥には仮設の玉座が据えられ大柄で屈強な壮年の男が腰を降ろしていた。
壮年の男は、堀の深い顔に見事な銀髪であり、白い獅子の鬣を想起させる。
『北方の獅子王』の異名を持つスベリエ王国国王フェルディナント・ヨハン・スベリエ、その人であった。
スベリエ王国軍は、地上軍をフェルディナント王が、艦隊はオクセンシェルナ伯爵が、飛行艦隊は王太子アルムフェルトが率いており、三人が陣屋に集まっていた。
バレンシュテット帝国の教導大隊が十二メートル級のストーンゴーレムや三メートル級のアースゴーレムを駆使して手早く土木工事を進め、既に野戦築城を終えているのに対して、スベリエ王国軍は人力の三交代で陣地の設営と建設を行っている最中であった。
工事の遅れが報告されフェルディナントは焦って苛立つ。
「遅い! これでは西方協商の艦隊が来るまでに間に合わないではないか! 大砲の方はどうなってる!?」
オクセンシェルナ伯爵は、二つのグラスにワインを注ぐと、ワインを満たした一つをフェルディナントに渡して答える。
「陛下、落ち着て下さい。沿岸砲台の方は八割ほど設置を終えております。我が艦隊もアルビオン泊地内に布陣を終えております。今しばらくの猶予を」
「フン」
なだめられたものの、機嫌の悪いフェルディナントは、グラスのワインを一口飲むと続ける。
「・・・航空戦力のほうはどうなってる?」
アルムフェルトは答える。
「我が方の飛行艦隊は既に揃っております。ソユットの帝国飛行艦隊も、間もなく到着すると思われます」
「そうか・・・」
アルムフェルトの答えを聞いたフェルディナントは、仮設の玉座に腰を掛けたまま目を閉じると、天を仰ぐように上を向き、瞑想する。
(アルビオン諸島はスベリエの食糧庫。この戦に我々は負ける訳にはいかんのだ)
--西方協商 輸送艦隊
輸送船の倉庫での獣人達の談議は続いていた。
バルドゥインは呟く。
「カスパニアの王太子が『約束の地』を知っているというのは、恐らく嘘だろう」
シャイニングは尋ねる。
「なら、何故、集落ごと、カスパニアの傭兵になったんだ?」
バルドゥインは答える。
「集落の獣人全て、女子供、老人も含めて、集落丸ごと北の大陸に運べるほどの艦船を持っているのは、列強と呼ばれる人間の国しかねぇ。・・・カスパニア、ヴェネト、ソユット。南方大陸まで手を伸ばしている列強は、そんなところだ。・・・ヴェネトとソユットは、南方大陸でやりあってる。北の大陸でやりあっているのは、カスパニアしかねぇからな。・・・オレ達は『オレ達全員を北の大陸へ運んで欲しい」、カスパニアは「戦場での弾除けが一人でも多く欲しい」。・・・『利害の一致』ということさ」
アナスタシアは口を開く。
「バルドゥインさん。人間だからといって、相手を疑って掛かるのは良くありません」
バルドゥインは答える。
「アナスタシア。『人を信じたい』と願うお前の気持ちは判る。・・・だが、集落から出た事の無いお前は知らないだろうが、カスパニアは麻薬商人と奴隷商人の元締めのような国で、世界で一番評判の悪い連中だ。列強とはいえ、ロクな国家じゃない。信用するな」
バルドゥインの言葉にアナスタシアは俯く。
バルドゥインは続ける。
「聞いた予定では、我々は南側の島に上陸するらしい」
シャイニングは尋ねる。
「オレ達は本島に上陸するんじゃないのか?」
バルドゥインは周囲を見回してカスパニア兵が居ないことを確認すると、声を潜めながら話す。
「そうだ。オレ達は、本島には上陸しない。カスパニアは、オレ達獣人を低く見下して『二級戦力扱い』している。主戦場ではない南側の島に上陸する・・・上陸したらオレ達三人が率いる男衆は、陽動として敵を攻撃して時間を稼ぐ。・・・だから、アナスタシア。女子供、老人を連れて戦線を離脱して隠れろ。・・・いいな?」
アナスタシアは俯きながら答える。
「・・・判りました。皆さん、気を付けて下さい」
アナスタシア達を乗せた輸送船団は、刻一刻と決戦が行われるアルビオン諸島に迫っていた。