第四百五十五話 西方協商艦隊
西方協商の艦隊は、艦隊を大きく三つに分けてカスパニアの王都セビーリャを出港する。
第一陣は、カスパニア無敵艦隊。
第二陣は、ナヴァール艦隊。
最後尾は、輸送船団であった。
第一陣、先頭を進むカスパニア無敵艦隊は、列強カスパニアが誇る長距離航海型のカスパニア・ガレオン船二十隻、ガレアス船十隻を主力とする総勢百五十隻からなる大艦隊であった。
無敵艦隊と称しているものの、戦列艦を多数擁する世界最強の帝国海軍とは戦いを避け、争う事が無いように新大陸周辺での活動を避けていた。
カスパニア無敵艦隊は、リベ沖の海戦で受けた損失を補充し、巨大洋を北上していく。
第二陣となるナヴァール艦隊は、ナヴァール・ガレオン二十隻を主力とする総勢百隻からなる大艦隊であった。
しかし、ナヴァール・ガレオンは、ナヴァール王国の艦隊運用思想である『船団防御』から低速巨砲型のガレオンであり、長距離航海型のカスパニア・ガレオンより船速で劣るため、両艦体はほぼ同時にセビーリャを出航したものの、次第にカスパニア無敵艦隊に引き離されていく。
ナヴァール艦隊の旗艦に乗るブルグント王は、引き離されていく事を気にも留めなかった。
カスパニア無敵艦隊がグレース本島北岸を迂回する航路であるのに対して、ナヴァール艦隊はグレース本島の南岸を迂回する航路であり、自分達の後ろに続く輸送船団をエスコートできれば、それで良かったからであった。
最後尾に輸送船団が続く。
大小様々な輸送船をかき集めて編成された船団は、キャラックやキャラベルなど船種はバラバラであり、ほぼ非武装であったが、アルビオン諸島を攻略するための地上兵力を積載していた。
南方大陸の集落から集められた獣人達は、いくつかの輸送船に分けられて乗船させられていた。
キャラック型輸送船は、高波でも船体の安定を保つだけの巨体と大量輸送に適した広い船倉を持つ。
西方協商の輸送船団、その内の一隻のキャラック型輸送船の船倉にアナスタシア達は居た。
広い船倉には、三十人程の獣人達が少人数の集団に分かれて屯しており、リーダーは聖女であるアナスタシアであったが、それぞれの集団が思い思いに過ごしていた。
アナスタシアは、床板の上に麻袋を敷き、その上に折り畳んだ毛布を置いて座布団代わりに座っていた。
その周囲を彼女と親しい三人の獣人達が彼女を守るように取り囲んで座っていた。
アナスタシアは、獣人三世であり、人間に近い容姿をしていたが、他の三人は、虎人、狼人、猪人の獣人二世であり、屈強な体躯で『知性のある人型の獣』といった容姿であった。
船倉の片隅にある木箱の影から、女の声が四人に聞こえてくる。
虎人のバルドゥインは、短く舌打ちすると呟く。
「チッ・・・。こんな場所で」
猪人のパンタロウも続く。
「『場所を選ばず』か・・・」
狼人のシャイニングも続く。
「だから、我らは人間たちから見下されるのだ」
アナスタシアは三人をたしなめる。
「これから戦場へ向かうのです。命のやり取りをする戦場に向かう時と戻ってきた時は、昂ると聞きます」
バルドゥインは、ため息交じりに答える。
「昂るというか、『子孫を残そう』っていうことだろう」
アナスタシアは答える。
「大地母神ナントスエルタの御導きです」
そう告げると、アナスタシアは胸の前で両手を合わせて祈る。
パンタロウは尋ねる。
「アナスタシア。女神様に祈っているのか?」
「はい」
シャイニングは、大地母神ナントスエルタを信仰していないようで、悪びれた素振りも見せず皮肉めいた口調で呟く。
「オレは、一度でいいから、その女神様というやつに、会ってみたいねぇ・・・」
パンタロウは口を開く。
「オレ達の村の伝承にあるだろう。・・・太古の昔に、北の大陸で神殺しの竜王と戦って敗れた大地母神は、オレ達の村まで逃げてきた。アナスタシアの先祖が介抱したが、竜王に受けた傷は致命傷で大地母神は帰天したんだよ。それで、介抱してくれた御礼にアナスタシアの先祖に祭祀の力と加護を与えたと・・・」
バルドゥインは、真顔で答える。
「オレは見たぞ」
シャイニングは驚く。
「本当か!?」
「ああ。本当さ・・・」
そう答えると、バルドゥインは大地母神ナントスエルタを目撃した時の事を語り始めた。