第四百五十四話 野戦築城
ナディアが宿舎となる半地下の掩体豪を掘って建物を組み終えたため、アレク達は、寝具などの様々な物品を宿舎に運び込み、ルイーゼとナタリーは厨房回りの備品を宿舎に運んでいた。
ナディアは他の掩体壕や塹壕をストーンゴーレムに掘らせつつ、四体に数を増やしたアースゴーレムで掘った壕に資材を組み立てていく。
仕事をサボっているエルザはナディアを冷やかす。
「ナディア~! 寒いけど、土木工事、頑張ってねぇ~。エルザちゃんは、ストーブで暖まってるからぁ~」
ストーンゴーレムの掌の上に乗っているナディアは、両腕を組んで得意気に答える。
「いいわよ~。これが終わったら、私はアレクに温めて貰うから。・・・人肌で」
エルザは、ナディアの答えを聞いて驚く。
「ええっ!?」
ナディアは、エルザに見せつけるように両手を交差させて自分の両肩を掴むと、身体をくねらせて寸劇を演じながら語る。
「雪の舞い散る寒空の下で、愛のため、我が身を犠牲に健気に働く二番目の妻にこそ、男は愛と子種を注いでくれるのよ。『ナディア。良く頑張ったね。愛してるよ』『ありがとう。アレク。私も愛してるわ』。・・・ちゅ。・・・エルザは、一人寂しくストーブで暖まっててね」
そう告げると、ナディアはエルザに対してジト目を向ける。
エルザは、悔しさで拳を握ってプルプルと震えると、涙目でナディアに向かって叫ぶ。
「ズ~ル~い~! ナディア、ズルい! いつの間にアレクとそんな約束してたのよ!?」
ナディアはしたり顔で答える。
「ズルくなんて無いわよ~。私は、アレクのために、ちゃ~んと働いているもの。エルザは、何もしてないじゃない? 愛されたいなら、胸とお尻が大きいだけじゃダメよ。ちゃ~んと男の役に立たないとね!」
エルザは、何かを思い立った様に涙目を腕で拭うと態度を豹変させ、自分の頬の横で両手を合わせてナディアに媚び始める。
「ね~ぇ~。ナディアお姉さま。エルザちゃんにも、お仕事のお手伝いさせてくれるかしら? ・・・アレクからの御褒美の順番は、お姉さまの次で良いから」
「・・・しょうがないわね」
ナディアは呆れたように答えると、自分が乗っているストーンゴーレムの手をエルザの前に降ろさせる。
エルザは、大喜びで降りてきたストーンゴーレムの手のひらに飛び乗る。
「やったぁ!」
ナディアがエルザに地図と図面を手渡して告げる。
「エルザは、地図と図面を読み上げてちょうだい。私がゴーレムに指示するから」
「りょーかい!」
二人は引き続き、陣地の設営に取り掛かる。
ストーンゴーレムとアースゴーレムを使った教導大隊の陣地構築は、驚くべき速さで進んで行き、初日に各小隊の宿舎が出来上がり。二日目に指揮所と倉庫、三日目には連絡壕と塹壕が出来上がる。
作業の進捗を確認したアレクは、ジカイラに報告するため指揮所への連絡壕を歩いていた。
連絡壕は二メートルほどの深さで、床は切り出した薄い石板を並べ、その上に木製の敷板が敷かれていた。
アレクが歩みを進める度に木製の敷板が籠った音を立てる。
連絡壕の天井と壁の合わせ目には、数メートルおきに採光のための小窓と通気のための通風口があり、吸い込んできた外の冷気と共にわずかに侵入してきた粉雪が通風口から落ちてくる。
連絡壕の壁に目を向けると、連絡壕は6メートル毎にH型の鉄柱が建てられ、鉄柱の溝に嵌め込むように木製の壁板が嵌め込まれ連絡壕の壁になっていた。
天井部分は、そのまま木製の屋根になっていたが、天井の上には土が盛られており、地上に降り積もる雪が盛り土の上にも積り、連絡壕の存在を部外者から覆い隠していた。
アレクは、入口のドアをノックするとジカイラがいる指揮所へ入る。
「失礼します。大佐。主要な施設の建設は終わりました。塹壕のほうも近日中には完成します」
アレクから報告を受けてたジカイラは、椅子に深く腰掛け、両足を伸ばして机の上に上げて寛いでいる様子であった。
「ご苦労。卒業までにゴーレムを使った野戦築城を経験できて良かったな。組み立て式とはいえ、帝国の防衛施設は良く出来ている。半地下式のこの野戦陣地は、西方協商の旧式大砲じゃ、完全に破壊するのは困難だ。運悪く砲弾が当たっても、屋根に穴が開く位だろう。・・・スベリエ軍は、兵士たちが人力で凍った土を掘って陣地を構築しているようだ」
ジカイラは続ける。
「大隊としては、水際と、この陣地での二段構えで戦うつもりだ。一応、対空用臼砲を四門、カロネード砲を八門用意している。今、外に大砲を設置しても雪に埋まっちまうからな。敵が現れたらアースゴーレムに設置させる。遮蔽物の無い南の斜面に敵が現れたら、攻撃魔法とカロネードで散弾をブチかましてやろうと考えている」
アレクは尋ねる。
「水際で上陸を防がないのですか?」
ジカイラは答える。
「水際では一撃を加えて撤退しろ。圧倒的な物量で上陸してくる敵を水際で防ぎきるのは難しいだろう。斜面におびき寄せて攻撃魔法と大砲で叩け」
「・・・なるほど」
「西方協商の艦隊がカスパニアの王都セビーリャを出港したようだ。ここに攻めてくるのは、一週間から十日後当たりだろう。それまでゆっくり休め」
アレクは答える。
「判りました。失礼致します」
ジカイラへの報告を終えたアレクは、宿舎の食堂へ戻る。
「戻ったよ」
戻ってきたアレクを小隊の仲間たちが労う。
「お帰りなさい」
「おかえりー」
ルイーゼは声を掛ける。
「お帰りなさい。ちょうど夕食ができたところなの。用意するわね」
「ありがとう」
アレクが席に着くと、ルイーゼとナタリー、ナディア、エルザは食堂で配膳し始める。
ルイーゼはアレクの前に置いた皿にシチューを盛り付け、ナタリーがウインナーとソーセージを、ナディアが葉野菜と果物、エルザが白パンを置いていく。
エルザは思い出したようにトゥルムの皿に魚を置く。
「トゥルムはコレね」
「すまない」
配膳が終わったところを見計らって、アルは食事を始める。
「じゃ、冷めないうちに頂きま~す」
アルに続いてアレクや小隊の仲間たちも食事を始める。
ルイーゼはアレクに尋ねる。
「大佐は、何て?」
パンをかじりながらアレクは答える。
「西方協商がここに攻めてくるのは、一週間から十日後らしい。それまでゆっくり休めって」
「そう・・・」
アルは口を開く。
「良いじゃないか。西方協商が攻めてくるまで、飯食って、ゴロゴロしてれば。たま~に偵察と雪かきとか、あるけどさ」
「そうね」
ナタリーとアルは微笑みあう。
ソーセージを食べながらドミトリーが不満を口にする。
「むぅ・・・。寝てばかりでは、身体が鈍ってしまうな」
ナディアは答える。
「食事が終わったら、塹壕や宿舎の周りの雪かきをしてきたら? 今も雪が降っているし、人力だと、結構、きつい運動よ」
ドミトリーはうなずく。
「うむ。そうするとしよう」
トゥルムもドミトリーに続く。
「私もドミトリーと一緒にやるとしよう」
エルザは呆れたように呟く。
「この寒いのに、ワザワザ夜の冷え込みの厳しい外に出て、好き好んで雪かきなんて重労働をやろうとするわね。・・・エルザちゃんは、食べ終わったら暖かいお風呂に入って寝るわ~」
アルはエルザをからかう。
「やっぱり、お前はネコ科だな」
エルザは反論する。
「そこは『子猫のような可愛らしい乙女』と言って!」
エルザの反論を聞いた小隊の仲間たちは笑う。
冬の嵐が吹き荒ぶ絶海の群島に来ても、仲間たちのいつもと変わらない食事風景に、アレクは安堵して微笑む。
ルイーゼは、アレクの手の上に自分の手を重ねると、そっとアレクに告げる。
「大丈夫。今度も上手くいくわ」
「ああ」
アレクたちの教導大隊は、今まで幾多の戦場を戦い抜いてきた。
しかし、初めての島嶼防衛戦に、アレクは一抹の不安を抱いていた。