第四十三話 大人の階段を登る二人、ソフィアの激昂
アレクに口移しでカクテルを飲ませたルイーゼは、そのままキスし続ける。
「んんっ・・・」
キスを終えた二人に対して、カーテン越しに店員が尋ねてくる。
「お客さん、時間だよ。延長するかい?」
アレクが店員に答える。
「会計で」
「あいよ」
アレクとルイーゼは、衣服を直すと会計を済ませて、店を出た。
ルイーゼは、想い人であるアレクと初めてキスして、すこぶる上機嫌であった。
一方、アレクは、彼女にリードされっぱなしで情けないと自己嫌悪していた。
『大人の階段』を一つ登った二人は、揚陸艇が駐機しているところまで戻ると、連絡艇に乗って飛行空母へ帰還した。
-- 少し時を戻した飛行空母
州都キャスパーシティで辺境派遣軍と教導大隊は合流した。
ソフィアは、制服姿で飛行空母の通路を歩いていた。
燃えているような紅い髪を靡かせ、颯爽と歩いている。しかし、美しいその顔には『焦り』と『苛立ち』を浮かべていた。
先日の「業火と鋼鉄の鉄槌作戦」は、ソフィアの目には、想い人である皇太子ジークが、伯爵家筆頭であり正妃(候補)のソフィアを差し置いて、家格が下の第二妃(候補)のアストリッドを傍に置きたがっているように映った。
気が強く、プライドが高く、気性の激しいソフィアにとって、許せることではなかった。
だからといって、想い人であるジークに詰め寄って文句を言う訳にもいかず、家格が下で大人しいアストリッドに当たる事は『自分の負けを認めること』と同じであり、プライドが許さなかった。
アストリッドはジークの寝室に入る事も許されていたが、ソフィアには許されていなかった。
ソフィアは、ただ、焦り、苛立っていた。
後ろからソフィアに甲高い声で呼び止める者が居た。
「おい! そこの端女! 皇太子殿下を知らぬか? 我がヨーイチ男爵家の屋敷にお招きしたいのだが」
ソフィアが振り返ると、声を掛けてきたのはキャスパー・ヨーイチ三世であった。
恋煩いで、只でさえ苛立っているところに、貴族として数段、格下のキャスパーに『端女』(※「召使いの女」という意味)呼ばわりされ、ソフィアの頭に一気に血が上り激昂する。
「貴様ァ! この私を『端女』呼ばわりするかぁ!」
キャスパーは、声を掛けた女が想像と違う反応であったため、掛けている瓶底眼鏡の縁を持って、ピントを合わせるように、振り向いて詰め寄ってくる女の顔を改めて見る。
キャスパーは、瓶底眼鏡のピントを合わせ、声を掛けた女の顔を再認識する。
(・・・しまった! 筆頭伯爵家のゲキックス伯爵令嬢だ! 竜騎士! 皇太子正妃ではないか!)
「こ、これは、とんだゴッ!!」
キャスパーが謝罪の言葉を言い掛けた途端、問答無用でソフィアの怒りの鉄拳がキャスパーの顔面に炸裂する。
ソフィアは、元々、ジークに腰巾着のように付きまとうキャスパーを嫌悪し、毛嫌いしていた。
ヨーイチ男爵家の先代は逆賊であり、キャスパーは、弱く、醜く、低俗で、卑屈で、貴族の誇りの欠片もない。
他人に迷惑を掛けても何とも思わない『最低の貴族』、『最低の人間』、まさに『帝国貴族の面汚し』であった。
キャスパーの無礼に怒りが爆発したソフィアは、その怒りが収まるまで徹底的にキャスパーを殴り、蹴り飛ばす。
キャスパーは、叩きのめされ、仰向けに床の上に転がる。
ソフィアは、キャスパーの顔の上に跨り、顔を見下しながら苦々しく口を開く。
「二度と私の前に、その顔を見せるな!」
叩きのめされたキャスパーは、顔の上に跨るソフィアの股間を下から見上げながら、必死に謝罪の言葉を口にする。
「・・・これは・・・とんだ・・・御無礼を・・・なにとぞ・・・お許しを」
ソフィアはキャスパーの謝罪を無視して、ジークの元に向かった。