第四百三十二話 グレース王国艦隊の士官達
--翌日。
私室で執務中のジークの元に士官が報告に訪れてくる。
「殿下。お忙しいところ、失礼致します。デン・ヘルダーに回航させたグレース王国の艦隊についてなのですが、艦隊の士官達が騒ぎ出しておりまして・・・」
「士官達が?」
「はい。『姫様に会わせろ』と・・・」
「判った。シャーロットを連れて行くと伝えろ」
「了解致しました」
ジークは、キリの良いところで執務を切り上げると、同じ貴賓区画にあるシャーロットの居る貴賓室へ向かう。
ノックの後、ジークはシャーロットの貴賓室に入る。
「失礼。入るぞ」
ジークが訪れてきた事を知ったシャーロットは、上機嫌で鼻歌交じりに小躍りしながら部屋の奥から駆け寄って来ると、ジークの前で両手を後ろで組み、目を閉じて唇を突き出す。
「んっ!」
「・・・?」
「んんっ!!」
(・・・『キスしろ』という事か)
ジークがシャーロットの意図を察してキスすると、シャーロットはジークの首に両腕を回して抱き付く。
キスを終えたシャーロットは、ジークの腕の中で照れ臭そうに頬を染めながらジークに告げる。
「『お目覚めのキス』だというのに、遅いではないか。・・・もう昼近いぞ」
「・・・これから毎朝キスするのか?」
「当然だ。私達は夫婦なのだからな」
シャーロットがジークにそう言うと、二人は連れ立って貴賓室のリビングへと歩いて行く。
シャーロットは、部屋の奥へ歩きながら一晩中考えた理想の結婚式について目を輝かせてジークに熱く語る。
「私達の結婚式は、グレースの王都ロンデニオンでやろう。王城のホールには貴族達や諸国の大使達を呼び集め、王城前の広場には兵士達を。王都の大通りには民達を呼ぼう。楽団に音楽を奏でさせ、皆に料理と酒を振る舞って、夜通しの晩餐と宴にしよう! 皆、きっと私達を祝福してくれるぞ!!」
そこまで熱く語ると、シャーロットはジークの顔色を伺う。
「・・・金が掛かり過ぎるか?」
シャーロットの懸念をジークは鼻で笑う。
「・・・フッ。金の心配は、しなくて良い」
ジークの答えを聞いたシャーロットは、再び満面の笑顔に戻る。
「さすが、私の夫だな! 気前が良い!!」
リビングの奥にあるソファーにジークが座ると、シャーロットは隣に座りジークの腕を取って手を握り満足そうに微笑み掛ける。
ジークが尋ねる。
「・・・対面ではなく、隣なのか?」
シャーロットが力説する。
「当然だ。私達は夫婦なのだからな」
「・・・判った」
やっと話せる状況になったジークは、シャーロットに話し始める。
「実は、デン・ヘルダーに回航した其方の艦隊の士官達が『姫様に会わせろ』と騒ぎ出してな・・・」
ジークの話を聞いたシャーロットの顔が恋する乙女から軍人の顔に変わる。
「部下達が!?」
「そうだ。其方の身を案じているようだ。顔を見せてやって欲しいのだが」
「判った! 会わせてくれ! すぐ行く!!」
ジークとシャーロットは、ニーベルンゲンから揚陸艇でデン・ヘルダーの帝国海軍宿営地がある軍港に降下する。
グレース艦隊は、デン・ヘルダーの軍港にある埠頭の一角に係留されていた。
シャーロットがジークと共に艦隊を訪れると、士官達が出迎える。
五人の士官達は、いずれも先王であるシャーロットの父の代から仕えており、先王と共に幾多の戦場を戦い抜いた古強者達であり、公私に渡って先王の娘であるシャーロットを支え、守っていた。
「お前達! 無事だったか!!」
シャーロットが出迎えた士官達に声を掛けると、一斉に士官達や水兵たちが集まって来て人だかりができ、士官達が口々にシャーロットの身を案じる。
「「姫様!!」」
「「シャーロット様!」」
「心配しましたよ!」
「御無事で何よりです!」
シャーロットが士官達に答える。
「皆、すまない。心配掛けたな」
シャーロットはジークと腕を組むと、得意気に士官達にジークを紹介する。
「お前達には紹介しておこう。私の夫、バレンシュテット帝国の皇太子ジークフリート殿下だ」
シャーロットを取り囲む士官達は、皆、一斉に目が点になる。
「・・・は!?」
シャーロットは、怪訝な顔で士官達に尋ねる。
「・・・どうした? 何かおかしいか??」
士官の一人が答える。
「いえ。『帝国軍の指揮官と話してくる』と言って出て行ったシャーロット様が、まさか『帝国の皇太子殿下と結婚して戻って来る』とは、夢にも思いませんでしたので・・・」
別の士官も口を開く。
「・・・想定外・・・だよな?」
その他の士官達も、互いに顔を見合わせながら口々に呟く。
「・・・まさに想定外」
「ああ」
士官達のイマイチな反応に、シャーロットは少し不満気であり語気を強めて告げる。
「列強グレース王国の第一王女たる、この私には、バレンシュテット帝国の皇太子であるジークフリート殿下こそ、夫にふさわしいであろう!」
追認を迫るシャーロットの迫力に、士官達は苦笑いしながら追従する。
「え~。姫様のおっしゃるとおりです!」
「美男・美女の組み合わせで、お似合いだと思います!」
士官達の言葉にシャーロットは頬を染めて拳を握りながら力説する。
「そうだろう!」
士官の一人が口を開く。
「さすがシャーロット様です。まさか、勅命の攻撃目標だった帝国軍を味方につけるとは思いませんでした。・・・このまま皇太子殿下の帝国軍と一緒に王都に戻って、生臭坊主たちをやっつけましょう!」
士官が口にした、その言葉にシャーロットはハッとして傍らのジークの顔を見上げる。
「・・・そうだ! その手があったな!!」
「?」
小首を傾げるジークにシャーロットが告げる。
「詳しい話をする。場所を変えよう」
二人と艦隊の士官達は、帝国海軍の宿営地の一室に場所を移すと、シャーロットやグレース王国艦隊の士官達は、昨今のグレース王国の状況や内状についてジークに詳しく話す。
シャーロットの父である先王の戦死。
王宮に入り込んで専横を始め、カスパニアとの和睦を推し進める枢機卿ユースケの教会勢力。
先王の後妻アメリアの女王即位とシャーロットの海軍任官。
グレース王国内部の分裂と対立。
シャーロットに出される無理難題の勅命の数々。
「・・・そういう事か」
頭の回転の速いジークは、グレース王国の内情について、おおよそ理解する。
士官の一人が口を開く。
「我らグレースは自由なる海の民です。仇敵ナヴァールや、麻薬で富を集め人々を鉄鎖に繋いで隷属させるカスパニアとは相容れません。講和など論外です」
別の士官達も追従する。
「そうだ!!」
「徹底抗戦だ!!」
シャーロットは、得意気に笑顔でジークに告げる。
「私達の結婚について、継母殿に報告せねばなるまい?」
ジークは不敵な笑みを浮かべながら答える。
「そうだな。継母殿に挨拶せねばな」
ジークとシャーロット達のグレース王国行きは、一週間後と決まった。




