第四百二十六話 謁見
-- バレンシュテット帝国軍総旗艦 ニーベルンゲン 艦橋
艦橋にはジークとヒマジン伯爵がいた。
ジークはヒマジンに尋ねる。
「あれこれと理由を考えてみたが、解せんな。なぜグレース王国が帝国を攻撃する? 帝国は、北部同盟に対して敵対行動は取っていないはず。今度のホラント独立工作といい、帝国は北部同盟とは友好的であったと認識しているが・・・」
「私にも今回のグレース艦隊による攻撃は理解できません。・・・謎です」
ヒマジンは、手のひらを上にして両手を広げ、上げて見せる。
ジークは、考える素振りを見せながら士官に話す。
「グレースの艦隊指揮官と話してみるか。・・・投降したグレース王国艦隊の指揮官を謁見の間に」
「了解しました」
--半時後。
-- バレンシュテット帝国軍総旗艦 ニーベルンゲン 謁見の間
皇宮の謁見の間を丸ごと持って来たかのような一室でジークは雛壇の上の玉座に座り、その両脇にヒマジン伯爵とアストリッドが立ち並ぶ。
二人の衛兵によって木製の手枷が付けられたシャーロットが連れてこられ、ジーク達の前に引き出される。
引き出されたシャーロットは、毅然とした面持ちでジーク達の前で堂々と仁王立ちしていた。
ジークは、引き出されたシャーロットを見て目を細める。
ジークの目に映るシャーロットは、美しい流れるような銀髪と銀色の瞳、年齢の割には大人びている、グレース人特有の透き通るような白い肌をした軍服を着た美女であった。
(・・・女?)
ジークは尋ねる。
「私は、バレンシュテット帝国皇太子 ジークフリート・ヘーゲル・フォン・バレンシュテット。帝国ホラント沖派遣軍の総司令官だ。投降したグレース艦隊の指揮官か? 官姓名を名乗れ」
(・・・帝国の・・・皇太子!)
シャーロットは、ジークの評判と噂は耳にしていた。
父である皇帝ラインハルトと瓜二つの容姿の長身の美形。
武勇に優れ、帝国最年少で上級騎士になり、士官学校を飛び級で卒業した秀才であり、トラキア戦役で帝国を勝利させた若き英雄。容姿も、能力も、家柄も、財力も申し分ない。
ジークは、まさにシャーロット自身が思い描く理想の男性であった。
シャーロット自身も『私の夫になるなら、帝国の皇太子でないとな!』などと周囲にうそぶいていた。
そのジーク本人がシャーロットの目の前にいる。
シャーロットは、ジークと目が合った瞬間、きゅうっと胸が締め付けられる感覚を覚え、動揺する。
シャーロットは、動揺を隠しながらジークに答える。
「グレース王国王立海軍 独立艦隊提督シャーロット・ヨーク・グレース」
ジークは、シャーロットの名乗りを聞いて驚く。
「グレース姓!? グレースの王族か?」
ジークからの問いに、シャーロットは答える。
「グレース王国第一王女だ」
「『氷竜海の白百合』の名は私も聞いた事がある。・・・グレース王家の姫君が、なぜ、海軍に?」
「亡き父に代わって祖国を守るためだ」
「帝国は、北部同盟やグリース王国とは敵対していない。なぜ、帝国海軍を攻撃した?」
「女王陛下の勅命に従ったまで」
「女王の勅命だと?」
ジークがシャーロットの言葉を訝しんでいると、シャーロットは衛兵に声を掛ける。
「コートのポケットに羊皮紙の命令書がある。それを・・・」
衛兵は、シャーロットが着ているコートのポケットを探って勅命が書かれた羊皮紙を取り出すと、ジークの元へ行って手渡す。
ジークは勅命が書かれた羊皮紙に目を通すと、グレース王家の紋章の蝋印が押してあった。
「・・・確かに。グレース王国アメリア女王直筆の勅命だ」
ジークは羊皮紙に書かれた勅命を傍らのヒマジンにも見せ、互いに顔を見合わせて囁いていると、シャーロットは口を開く。
「私と部下を釈放して貰いたい。身代金は支払う」
ジークは、シャーロットからの申し出を一呼吸の間、考える。
「・・・それは出来ん」
「なぜだ!?」
「帝国を攻撃してきたグレース王国の真意が不明である以上、現時点で交戦可能な戦力を前線復帰させる訳にはいかない。それに・・・」
「それに?」
「身代金の担保も無いしな」
ジークの考えを聞いたシャーロットは、方針を変える。
(交渉では無理か。ならば・・)
「私は、グレースの王族だ。二言は無いし、約束を違えるつもりも無い。それと、帝国はグレースの王族にこのような扱いをするのか?」
シャーロットは皮肉っぽくそう告げると、両手を胸の高さまで上げ、掛けられた手枷をジークに示す。
ジークは、シャーロットの姿を見て苦笑いする。
「宣戦布告も無く攻撃した相手に言える事か? ・・・まぁ、良い」
ジークは、シャーロットに付けられている手枷を外してやろうと思い、連れて来た衛兵から鍵を受け取ると、玉座から立ち上がり、ヒマジンとアストリッドが立つ間を通り抜けてシャーロットの方へ歩いて行く。
ジークは、ヒマジンとアストリッドの間を通り抜けてシャーロットに近づく。
(今だ!)
シャーロットは駆け出してジークとの間合いを一気に詰めると、ジークを狙って後ろ回し蹴りを放つ。
「ハアァァッ!」
ジークは、僅かに首を傾げた体勢で右手の甲と手首でシャーロットの後ろ回し蹴りを受け止める。
謁見の間に、ジークがシャーロットの後ろ回し蹴りを受け止めた、乾いた音が鳴り響く。
ジークは、少し驚いたように呟く。
「まさか、この状況で私を狙ってくるとはな」
シャーロットは、短く舌打ちする。
(チッ! しくじったか!)
シャーロットはジークを人質に取り、自分達の釈放と交換取引するつもりであった。
シャーロットは、大きく後ろに飛び退くとジークと間合いを取って身構える。
「殿下!?」
「ジーク様!」
直ぐにヒマジンとアストリッドが抜剣し、ジークを背に庇うようにシャーロットに向かって長剣を構える。
ヒマジンとアストリッドに続き、謁見の間に居る衛兵達も剣を抜いて構える。
ジークは、シャーロットに穏やかに告げる。
「ここは空の上だぞ? 逃げきれると思ったか?」
シャーロットは、アストリッドの後ろにいるジークに向かって叫ぶ。
「女の影に隠れおって! 卑怯者が!」
「なにぃ?」
普段は無表情なジークであったが、露骨な侮辱に怒りの色が顔に浮かぶ。
シャーロットは続ける。
「貴様も騎士なら、正々堂々と私と一騎打ちで勝負しろ!」




