第四百二十二話 氷竜海の海賊姫vsスベリエ王太子
--四日後。
シャーロットは軍旗を手に持って白馬に乗り、港から意気揚々と王都ロンデニオンの大通りを王宮へ進んでいた。
海軍の軍楽隊が行進曲を演奏しながらシャーロットの後に続き、シャーロットが率いる艦隊の五人の士官達が馬車に乗って軍楽隊に続く。
五人の士官達は、いずれも先王であるシャーロットの父の代から仕えており、先王と共に幾多の戦場を戦い抜いた古強者達であり、公私に渡って先王の娘であるシャーロットを支え、守っていた。
シャーロットが率いる艦隊の水兵たちも隊列を整え、士官達の乗る馬車の後ろに続いて行進する。
シャーロット達が行進する隊列が市街地に差し掛かると、王都中の市民達が出迎える。
シャーロットを見た市民達が次々に口を開く。
「姫様だ!」
「姫様!」
「姫様がカスパニアの軍旗を持っているぞ!?」
「姫様、あの無敵艦隊に勝ったのか!!」
「シャーロット王女、万歳!!」
「グレース王国、万歳!!」
シャーロットは、軍人であった先王の血を継いでおり、海戦の才能があった。
シャーロットが率いる五隻の艦隊が中立国であるトゥス・カレ王国の港で補給中のカスパニア無敵艦隊に所属する私掠船を攻撃して撃沈し、その軍旗を奪取して王都に凱旋してきたのであった。
中立侵犯など褒められた事では無いが、王都の市民達はシャーロット達の勝利に熱狂する。
シャーロットと五人の士官達は、そのまま王宮へと乗り込み、二十台半ば程の若く美しいアメリア女王のいる玉座の間へと進んで行く。
シャーロットはレッドーカーペットの上を進み、女王が座る玉座の前で立ち止まると、女王の前の床に奪取してきたカスパニア無敵艦隊の軍旗を投げ捨てる。
シャーロットはアメリア達に告げる。
「勅命どおり、カスパニア無敵艦隊所属の私掠船バンシー・バルセロナを撃破した。証拠のカスパニア無敵艦隊の軍旗だ。検分するといい」
無敵艦隊の軍旗を見た重臣達が騒ぎ出す。
「・・・本物だ。本物の無敵艦隊の軍旗だ」
「姫がカスパニア無敵艦隊を撃破するとは・・・」
アメリア女王が座る玉座の隣に立つ枢機卿ユースケは、シャーロットが上げた武勲に騒ぎ出す重臣達を見て苛立っていたようであった。
ユースケは、シャーロットに告げる。
「たかが私掠船一隻ではないか! カスパニア無敵艦隊を撃破したなどと大げさに」
シャーロットは反論する。
「私掠船一隻でもカスパニア無敵艦隊に所属する船だ。勅命は『カスパニア無敵艦隊を撃破しろ』だ。『全滅させろ』ではない」
ユースケは、論点を変えてシャーロットを非難する。
「誰が中立国で攻撃しろと命じた!? 中立侵犯など言語道断だ!」
シャーロットは、悪意のある笑みを顔に浮かべながら反論する。
「勅命には『いつ、どこで戦え』と指定は無いだろう? 」
ユースケは、額に青筋を浮かび上がらせながらシャーロットを非難する。
「世界の海で私掠を繰り広げるカスパニア無敵艦隊が、『いつ、どこにいるか』など、我らが知り得る訳が無かろうが!」
シャーロットは皮肉たっぷりの笑顔で反論する。
「自分達は、相手がどこにいるのか知らないのに、我らにそれと戦えと? 呆れたものだな!」
「くっ・・・!」
シャーロットの皮肉にユースケは押し黙る。
シャーロットは、押し黙ったユースケを睨みながら続ける。
「・・・貴様、何様のつもりだ」
シャーロットの言葉にユースケは驚く。
「は?」
「グレースの王族たる私に向かって! 何様のつもりだァ!」
「ぐぐぐ・・・」
シャーロットに怒鳴られたユースケは歯軋りする。
両者がにらみ合う一色触発の空気の中、口論が一段落したところで、アメリアはシャーロットに告げる。
「勅命、大儀であった」
アメリアの言葉を聞いたシャーロットは、無言で踵を返して士官達と共に玉座の間を後にする。
---女王の私室
女王の私室には、女王アメリアと枢機卿ユースケ、王太子と教会の司祭達が居た。
ユースケは呟く。
「まったく。あの小娘は、どんな戦場に差し向けても死なないで戻って来る。しぶとい」
司祭の一人は口を開く。
「まさかカスパニア無敵艦隊に勝って帰って来るとは。民衆は、あの小娘を祭り上げる始末。何とか、あの小娘の追放するか、処刑する口実を作りませぬと」
苦々しくユースケは告げる。
「くそっ! 小娘が! いい気になりおって! 世界大戦に参戦した先王の娘である、あの小娘が居る限り、カスパニアと和睦できないではないか!」
アメリアは口を開く。
「我に名案がある」
アメリアからの言葉に一同は驚く。
「おぉ!!」
「女王陛下のお考えとは?」
アメリアの名案とは、グレース王国の王女であるシャーロットとスベリエ王国の王太子アルムフェルトの縁組であった。
どんな戦場に送り出しても生還して来るなら、結婚させて妃として外国に追いやろうというものであった。
列強と呼ばれる大国の、それも王族同士の縁組とあって、北方諸国に伝わる古来からの慣例に従い、いきなり『両者の婚姻』というのではなく、まずは『両者のお見合い』からということでシャーロットとアルムフェルトの縁談はとんとん拍子に進み、グレース王国の王都ロンデニオンでお見合いを行うという予定が組まれた。
--お見合い当日。
会場となった王宮のホールには見合いの席が設けられていた。
開催予定より少し早い時間に見合いの席に座る、堀の深い顔をした大柄で屈強な壮年の男。その男の髪は見事な銀髪であり、白い獅子の鬣を想起させる。
『猛将』『北方の獅子王』と恐れられるスベリエ王国国王フェルディナント・ヨハン・スベリエ。その人であった。
その隣に座るのは、意匠を凝らした派手な服を着た遊び人風の若い男。スベリエ王国王太子アルムフェルト・ヨハン・スベリエであった。
フェルディナントの席の向かいには、グレース王国のアメリア女王が座る。
シャーロットの美貌を表わした『氷竜海の白百合』という二つ名を知るアルムフェルトは、麗しのシャーロットが来るのを待ちきれずに落ち着かない様子であり、対照的にフェルディナントは椅子にどっかりとすわったまま、目を閉じてじっとしていた。
自分で縁談の予定を組んだものの、豪傑であるフェルディナントの迫力に、目の前に座るアメリアは緊張した面持ちであった。
「お待たせ致しました」
声と共にシャーロットが見合いの席に現れると、その姿を見た三人は驚愕する。
シャーロットは、グリース王国海軍の将校用礼服を着用し帯剣して、見合いの席に現れたのであった。
通常、貴族や王族といった高貴な身分の女性は、フォーマルな祭事ではドレスを着るのが常識であった。
「・・・軍服!?」
アメリアは、上ずった声を絞り出すと顔が引きつる。
「・・・ほぅ?」
フェルディナントは、感心したように僅かに目を細めて軍服姿のシャーロットを睨む。
アルムフェルトは、見合いの席に現れたシャーロットを見ると、即座に席を立ってシャーロットの元に駆け寄り、恭しくシャーロットに一礼すると口を開く。
「お初にお目に掛かる。私は、スベリエ王国王太子アルムフェルト・ヨハン・スベリエと申します」
そして顔を上げると、アルムフェルトは大げさな身振り手振りをしながらシャーロットを口説き始める。
「これはこれは! 聞きしに勝る、可憐さ! 美しさ! 是非とも、麗しい貴女と一夜を共にしたい! 私の妃になりたまえ!!」
シャーロットは、露骨に自分を口説きに掛かるアルムフェルトに侮蔑した目線を向けると、冷たく答える。
「我がグレース王国は戦時中であり、見合いの席に軍服で現れた非礼は御容赦願いたい。それと、我が王家は武門。なればこそ、夫となる相手は、剣で見極めたいと思う。・・・一手、お手合わせ願いたい」
そう告げると、シャーロットはアルムフェルトに一振りの剣を手渡す。
剣を受け取ったアルムフェルトは、フェルディナントに目を向けて顔色を伺うが『北方の獅子王』と呼ばれる豪傑は、無言のまま鼻先で答える。
『その勝負、受けろ』と。
王宮のホールの中央でシャーロットとアルムフェルトの剣術試合は行われた。
小一時間続いた試合は、悲惨なものであった。
両手の指先を口元に添え、真っ青に青ざめるアメリア女王。
右手の手のひらを額に当てて俯くフェルディナント王。
中堅職である騎士のシャーロットと基本職にさえ就いていない遊び人のアルムフェルトでは勝負にならなかった。
シャーロットは手加減無しに一方的にアルムフェルトをボコボコに叩きのめし、叩きのめされたアルムフェルトは床の上に這いつくばっていた。
アルムフェルトは、這いつくばりながら呻き声をあげる。
「ち、父上ぇ~」
シャーロットは、叩きのめしたアルムフェルトに冷たく言い放つ。
「その様子では、我が夫は務まりませんな」
アメリアは、真っ青な顔でフェルディナントに謝罪する。
「こたびの事、なんと申し開きしたら良いか・・・。誠に申し訳ございません」
フェルディナントは上機嫌で答える。
「女王よ。謝る事は無い」
「はぁ・・・?」
フェルディナントは、口を開く。
「見事だ! 『氷竜海の白百合』という美貌もさることながら、見合いの席にまで軍服を着て帯剣し武装する、その用心深さ! 夫となる相手を、自ら剣術で見極めようという、その心意気! その器量! そなたは、武門である我がスベリエ王家にこそ相応しい! ・・・余が二十年若ければ、我が妃に迎えたいとさえ思う!」
そう告げると、フェルディナントはシャーロットに向けて手のひらが上になるように手を伸ばし、拳を握って見せる。
フェルディナントの仕草を見たシャーロットは、ピンときて背中に悪寒が走る。
それは『できる事ならシャーロットを自分のものにしたい』という意味であった。
フェルディナントは大きくため息を吐くと、床の上でノビているアルムフェルトに目線を向ける。
「・・・だが、残念ながら、この不肖の愚息では、そなたの夫には役不足のようだ。・・・久々に面白いものが見れた。では、失礼する。・・・来い! アルムフェルト!」
そう告げるとフェルディナントは、床に這いつくばるアルムフェルトの襟首を掴んで床の上を引きずりながら退席していった。
「・・・余に大恥を掛かせおって! だから『剣術の鍛練をしろ』、『魔法の勉強をしろ』と言っておるのだ! いつもいつも女の尻ばかり追い掛けておるから、こうなるのだ!」
「だってぇ~、父上ぇ~」
二日後。
シャーロットの元に新たな勅命が届く。
勅命は、女王アメリアの名前で羊皮紙にこう記されていた。
『ホラント沖に集結しているバレンシュテット帝国の帝国海軍を撃破せよ』
シャーロットがぶち壊したお見合いによって面目丸潰れとなったアメリアからシャーロットに対して突き付けられた事実上の『死刑宣告』であった。