第四百十二話 邪神降臨
--夕刻
女士官は邪神ロロネーに乱暴され、石の床の上に横たわり呻き声を上げる。
「ううぅ・・・」
ロロネーは、仁王立ちしながら動かなくなった女士官を見下ろしながら呟く。
「すっかり動かなくなったな。・・・コイツにも飽きたし。外に出るか」
ロロネーは伸ばしていた触手を身体の中にしまうと、地下室の天井を見上げて吠える。
「オオオオオオォォーー!!」
ロロネーの咆哮に呼応するように机の上のパズル・ボックスが輝き出し、そこから伸びた光の柱が天井を照らし貫いていく。
アレク達は、半壊した総督府の中で総督を捜索していた。
突如、地震が起きて総督府の建物が大きく揺れ始める。
ルイーゼは口を開く。
「・・・何!? 揺れてる?」
天井からパラパラと瓦礫の破片が落ちてくる。
アレクは叫ぶ。
「地震だ! 総員、退避! 急いで建物から出ろ!」
アンナは口を開く。
「えっ!? 揺れてる??」
ルドルフは号令を掛ける。
「崩れるぞ! 総員、退避! 急げ!」
アレク達三個小隊が総督府の建物から外に出ると、地震は更に大きくなる。
アレクは叫ぶ。
「みんな、総督府から離れろ! 崩れるぞ!!」
アレク達三個小隊は、総督府の敷地からジカイラ達がいる広場まで走って行くと、総督府の方向を振り向く。
アルは呟く。
「何だ?」
ナタリーはアルに答える。
「ただの地震じゃない?」
トゥルムも呟く。
「あの光の柱・・・」
ドミトリーは呟く。
「一体、何が起きたというのだ?」
アレク達の目の前に信じがたい光景が現れる。
轟音と共に、地下から総督府の中心を貫く光の柱が現れ、上空の雪雲を貫いて一直線に天空まで立ち昇っていく。
雪雲は、光の柱を避けるようにドーナツ状に晴れていく。
光の柱はどんどん大きく太くなり、総督府の建物と、建物に頭を突っ込んだストーンゴーレムを巻き込んで瓦礫と共に上空へと吹き飛ばし、粉々に粉砕して分解していく。
ジカイラは、光の柱を眺めながらヒナに話し掛ける。
「うおおっ!? あのストーンゴーレムがバラバラに・・・。ヒナ。あの光、ヤバいヤツだろ?」
ヒナは、緊張で顔を強張らせながら光の柱を睨む。
「・・・嫌な予感がする」
やがて光の柱は細くなると、上空に立ち込めていた雪雲と総督府の建物は消えて無くなり、総督府の跡地には地下室まで続く大きな穴が開いていた。
アルは、細くなった光の柱の空中の一点を指差す。
「なんだ? あれ?」
アレクは、アルに答える。
「・・・道化師?」
それは光の柱の中を地下室から飛び上がり、地上から三十メートルほどの高さで空中に浮かぶロロネーであった。
ロロネーは、右手に半斧槍を持ち、左手には金色に輝くパズル・ボックスを持ったまま、空中に浮いていた。
ロロネーは、口を開く。
「さて。現世の者達へ挨拶だ」
ロロネーは左手に持つパズル・ボックスを目の高さに掲げると、再び咆哮を上げる。
「ウオオオオオオォォーー!」
ロロネーの咆哮にパズル・ボックスが共鳴し、強大な魔力の衝撃波を放つ。
強大な魔力の衝撃波は、土星の環のような同心円状の形状をしており、空中で波紋のように水平に広がっていく。
放たれた魔力の衝撃波は極めて強力であり、アスカニア大陸が存在する世界、全ての魔力を認識できる者達が、放たれたその邪悪な魔力の波動を感じとるものであった。
ロロネーの近くにいた教導大隊の魔力を認識できる者達は、例外なく全員その邪悪な魔力の波動の直撃を受ける。
ジカイラの傍らにいたヒナは、全身に冷や汗が溢れ出して鳥肌が立ち、顔面蒼白でその場にうずくまる。
ジカイラは、うずくまったヒナを気遣う。
「ヒナ? おい!? 大丈夫か?」
ヒナは、見上げるように光の柱を睨む。
「なんて邪悪な・・・。強大な魔力・・・」
アレク達も邪悪な魔力の波動の影響を受けていた。
ナディアは、肺の中の空気を吐き出すように大きく咳き込むと、崩れ落ちるようにその場にガックリと両膝を着く。
「クハッ! ハッ!」
エルザが、いきなり両膝を着いたナディアに驚く。
「ちょっと! ナディア!?」
ナディアは、苦悶の表情を浮かべながらエルザに答える。
「・・・心臓を鷲掴みされたみたい」
ドミトリーも心臓発作を起こしたようにうずくまる。
「ぐうっ・・・!」
トゥルムはドミトリーに駆け寄る。
「大丈夫か!?」
ドミトリーも全身に冷や汗を吹き出させながら答える。
「ああ。・・・何というか。・・・恨み、憎しみというより『怨念』の波動というべきか」
トゥルムは尋ねる。
「『怨念の波動』?」
ドミトリーも光の柱を睨みながら答える。
「そうだ。・・・決して心地良いものではない。邪悪な意思を感じる波動だ。この世の全てを恨み憎んでいる・・・」
アンナも顔面蒼白で全身に冷や汗を噴き出させ、力が抜けた様にその場にへたり込む。
ルドルフは、へたり込むアンナの元に駆け寄る。
「アンナ!?」
アンナは、ルドルフに抱き起こされながら呟く。
「何なの? ・・・激しい敵意と憎悪。・・・まるで地獄の瘴気に当てられたみたい」
もっとも大きく波動の影響を受けたのは、両親から優れた魔法の才能を受け継いだナタリーであった。
「きゃあッ!?」
短い悲鳴と共にナタリーは気を失って、その場に崩れ落ちる。
アルは、慌ててナタリーを抱き抱える。
「ナタリー!? ナタリー! しっかりしろ!?」
「ううぅ・・・」
ナタリーは、アルの腕の中で苦悶の表情を浮かべる。
ルイーゼは周囲を見回すと、ロロネーの魔力の波動によって教導大隊の魔法を扱える職の者達は、一斉に倒れ、或いはうずくまっていた。
ルイーゼは、アレクに告げる。
「アレク! みんなが!?」
アレクは、苦々しく告げる。
「くそッ! 何なんだ! あれは!?」
やがて光の柱が消え去ると、上空に浮かんでいたロロネーは、パズル・ボックスをズボンのポケットに仕舞い、ゆっくりと総督府の正門跡に降り立つ。
ロロネーは、正門跡から広場にいる教導大隊の前に歩み出て告げる。
「我は人が造りし神ロロネー。・・・神の前にひれ伏せ。人間ども!」
ジカイラは、警戒しながら斧槍を構えてロロネーに対峙する。
「『神』・・・だと!?」
ジカイラは、緑色の道化服を着たロロネーの姿を正視する。
(・・・!? まさか!?)
ジカイラは、ロロネーの姿形に見覚えがあった。
オカッパ頭、瓶底眼鏡、出っ歯でネズミのような顔をした神経質そうな小男。
ジカイラは、ロロネーに尋ねる。
「・・・お前、キャスパーか!? 道化服なんて着やがって! お似合いだが、遂に頭までイカれやがったか!」