第四百十話 不死王と真祖吸血鬼の探索
エリシスとリリーは調査のため、空中都市イル・ラヴァーリに来ていた。
空中都市イル・ラヴァーリの海上部分は、幾つもの艀を鉄鎖で繋いで陸地のように見立てており、海上船が艀に接舷し、港湾として機能できるようになっていた。
空中都市に駐在する帝国南部方面軍は不死者の軍団であり、駐在する一個師団を率いているのは死者の魔導師であった。
エリシスとリリーの二人は、ダークエルフが率いる妖魔の軍勢が侵攻してきた時のルートをたどりながら、司令官である死者の魔導師から当時の状況を詳しく聞く。
死者の魔導師は、海上の艀の大通りを歩きながら説明する。
「・・・妖魔の軍勢が、この大通りを通って軌道昇降機に」
リリーは、貧民街が広がる周囲を見回しながら検分する。
「結構、広い大通りですね。両側に建物はありますが、貧民街から軌道昇降機まで遮蔽物が何も無い直線道路です」
戦々恐々としながら、死者の魔導師は続ける。
「動死体や骸骨達といった下級の不死者では、この通りから攻めて来た敵の軍勢を防ぎきることができず・・・」
エリシスは、死者の魔導師を労う。
「お前を責めている訳では無いわ」
死者の魔導師は、深々と頭を下げる。
「畏れ入ります」
エリシスは歩きながら考えていた。
(ダークエルフは、艀から揚陸して軌道昇降機の出入口まで侵攻して占領した)
(だが、上空の空中都市には侵攻しなかった)
(なぜ、あっさり撤退した?)
(なぜ、何も取らずに?)
(・・・なぜ?)
やがて三人は、軌道昇降機にたどり着き、遥か上空の空中都市へとそびえたつ軌道昇降機を見上げる。
リリーは、軌道昇降機の白い外壁を手で撫でる。
「戦闘があったというのに。・・・傷一つありませんね」
エリシスは、リリーに答える。
「この軌道昇降機は、太古に造られたもの。あの空中都市を支えているほど、恐ろしく頑丈に出来ているわ。未だに金属なのか、陶器なのかさえ判明していない。・・・私達の文明の技術力では、判らないのよ」
リリーは、軌道昇降機の外壁に手を添えると、遥かその先の上空に浮かぶ空中都市を見上げて呟く。
「古代遺跡の空中都市・・・」
三人は、軌道昇降機の中に入る。
円筒状の何も無い白い外壁の部屋が広がる。
リリーは呟く。
「外壁と同じ材質ですね」
エリシスは、軌道昇降機の操作盤に目を向けると、それぞれのボタンを指先で撫でる。
(・・・開く。・・・閉じる。・・・上。・・・下)
エリシスは指先で撫でていた下行きのボタンの上でピタリと手を止める。
(・・・下!?)
エリシスは、ハッとして死者の魔導師に尋ねる。
「お前! ここの下には、何がある!?」
突然、帝国南部方面軍の総司令官であるエリシスから質問され、死者の魔導師は狼狽える。
「わ、判りません。地下は、我が受け持つ区画の外なので・・・」
エリシスは、死者の魔導師の言葉を聞いて、軌道昇降機の操作盤にある下行きのボタンを押すと、軌道昇降機が海上から地下へ向けて下降し始める。
リリーは、驚いてエリシスに尋ねる。
「エリシス!? 突然、何を?」
エリシスは、呟くように答える。
「この軌道昇降機まで攻め込んできたダークエルフは、上空の空中都市には行かず、ここから地下へ行った。・・・と、すると・・・」
程なく下降していた軌道昇降機は、地下深くの昇降場に停止して扉を開く。
地下の昇降場の周囲は巨大な洞窟状の空間になっており、一定間隔で配置された魔力水晶が魔法の青白い光で周囲を照らし出していた。
リリーは、魔法の青白い光が照らし出す周囲を見回しながら尋ねる。
「これは!? 空中都市の地下にこのような空間が?」
死者の魔導師も周囲を見回しながら呟く。
「洞窟・・・?」
エリシスは、軌道昇降機から降りると洞窟の奥へと歩いて行く。
「行くわよ。・・・不死王の私と真祖吸血鬼のリリー、死者の魔導師の貴方。私達は不死者。何があっても、死ぬ事は無いわ」
やがて三人は、洞窟の奥にある苔生した石造りの神殿に行きつく。
リリーは口を開く。
「地下神殿!?」
神殿の入口には岩扉があったが、その岩扉は開かれていた。
リリーは、開かれている岩扉に指先で触れて検分する。
「苔が千切れている。・・・この岩扉。最近、開かれたようですね」
エリシスも岩扉の合わせ目を検分する。
「そうね。この岩扉は、魔法で封印されていた痕跡があるわ。・・・それに、岩扉の両面には苔が生えているのに、合わせ目には苔が生えていない。最近、開かれたからよ」
三人が魔法の青白い光が照らし出す石造りの通路を進んで行くと、再び三人の前に開かれた岩扉が現れる。
リリーは、呟く。
「・・・この岩扉も開いてる」
エリシスは、二つ目の岩扉と、その合わせ目を指先で検分すると、確信を得たように足早に地下神殿の奥へと歩き始める。
「・・・間違いない。魔法で封印されていたであろう、二つの岩扉は開かれている。・・・奴らは! ・・・ダークエルフはここに来た!」
足早に石造りの通路を奥へと歩き始めたエリシスの後を、リリーと死者の魔導師が追う。
エリシスは口を開く。
「・・・そして、ダークエルフはここに来た!」
地下神殿の通路の先に着いた三人の前には、半円状の広い空間が広がっていた。
魔力水晶が照らし出す魔法の青白い光が少ししか届かない空間の最奥には、苔生した石の祭壇があった。
死者の魔導師は、石の祭壇の側へ歩くと口を開く。
「石の祭壇? ・・・一体、ここには、何が祭られていたのだ?」
リリーは、祭壇の周囲を検分する。
「・・・祭壇の前の、この一帯だけ苔が生えていない。・・・ここに巨大な『何か』があった?」
エリシスは、地面の一角を指差しながら告げる。
「『あった』というより、『いた』というべきかしら。・・・この足跡・・・竜ね」
死者の魔導師は、エリシスが指差す先に顔を向けて尋ねる。
「まさか、空中都市の地下に竜がいたとは! ダークエルフは軍勢を引き連れて攻め込み、ここにいたであろう竜を連れ出すのが目的であったと・・・?」
エリシスは、苔生した石の祭壇の前に歩みを進める。
「竜が目的? ・・・いいえ。ダークエルフの本命は、竜の後ろ。・・・いや、竜が守っていた、この祭壇・・・」
リリーも石の祭壇の前に歩いて来る。
「・・・この祭壇に何が?」
「『何か』が置いてあったようね・・・」
エリシスは、石の祭壇を覗き込もうとして祭壇の傍らの壁に手を着くと、壁を覆っていた苔が剥がれ落ち、黄金で出来た板に文字が刻まれた碑が現れる。
「・・・黄金の碑文」
そう口にすると、リリーは掛けている伊達メガネの縁に手を添え、石壁に埋め込まれた黄金の碑文に目を向ける。
「金は腐食しないわ。後世に伝えるメッセージを刻むには最適ね」
エリシスは、したり顔でリリーにそう告げると、リリーの隣で碑文を覗き込む。
(・・・この文字は? ・・・古代エルフ語?)
黄金の碑文は、古代エルフ語で記されており、エリシスは刻まれている碑文を目で追っていく。
古代人ネラー達は、高度な魔法科学文明を築き上げて栄華を極めていた。
神殺しの竜王を封じ込めた古代人ネラーは、自らを『神』に造り変えようとして、ある魔道具を造り出す。
しかし、出来上がったのは『強い悪意や欲望を持った人間を、強大な力を持った『神』を名乗る魔物に造り変え、その悪意や欲望を遂行させる』という人類が持ち得る究極の悪意と欲望を体現した『意思ある魔道具』であった。
『意思ある魔道具』は、古代人ネラーを次々と『神』に造り変え、造り出された『神』は、その悪意や欲望のままに破壊と略奪を行っていく。
また、神殺しの竜王を封じ込めてしまったため、天敵がいなくなった魔神や悪魔達が『地獄の門』から地上に現れて破壊と殺戮の限りを尽くす。
古代人ネラー達は『意思ある魔道具』によって自分達を『神』に造り変え、それによって現れた『神』と、神殺しの竜王を封じ込めたために地上に現れた魔神や悪魔達と、両方に自分達の都市や魔法科学文明を破壊され、滅亡に瀕する。
生き残った僅かな古代人ネラー達は、地下神殿を築いて『意思ある魔道具』を封印し、邪竜にその門番を命じた。
生き残りの古代人ネラー達は、封印の監視と荒廃した地上から逃れるため、地下神殿の上に空中都市イル・ラヴァーリを築いて移り住むが、複雑高度化した魔法科学文明を再建する事はできずに滅亡した。
エリシスは、黄金の碑文の最後の項の文章を読み上げる。
「『人の欲望は無限であるが、生産は無限ではない』」
「『人の全ての欲望を物質で満たす事は不可能である』」
「『どれだけ身体を改造しても、どれだけ魔力を強化させても、人は神になることはできない』」
「『創造主が造りし、滅びと災厄の魔神マイルフィック』」
「『人造の魔神にして狂乱の道化師ロロネー』」
「『魔神を止められるのは神殺しの竜王のみ』」
「『我らネラーは、自らの欲望と傲慢によって自ら滅亡を招いた』」
「『この空中都市と地下神殿は子孫達への警鐘であり、我らネラーの墓標である』」
「『決して封印を解いてはならない』」
ひと呼吸の後、リリーが苦虫を噛んだ顔で唾棄するように答える。
「エリシス。古代人、・・・いや、ネラーって、馬鹿なんですか? ・・・ここまで高度な魔法科学文明を築いていながら、自滅するなんて!」
エリシスは、リリーに諭すように告げる。
「皮肉ね。今を生きる私達の文明はネラーの文明より劣るけど、私達の心は満たされているわ」
リリーは尋ねる。
「満たされている、とは?」
エリシスは、悪びれた素振りもみせず、トボけたようにリリーに告げる。
「リリー。貴女も、想い人の陛下に抱かれて愛されたら、心が満たされたでしょう?」
リリーは、突然、想い人である皇帝ラインハルトを引き合いに出され、恥じらいから顔を真っ赤に火照らせると、焦ってしどろもどろに答える。
「わ、私が陛下に!? いえ、想い人に抱かれたというか、その・・・、抱かれた時に『満たされた』と言うべきか、・・・陛下に抱かれて、愛されて、心が満たされました。はい」
エリシスは、微笑みながら答える。
「私もよ。リリー。・・・ネラーは、愛を知ろうとせず、物で心を満たそうとして滅んだのよ」
リリーは、大きくため息を吐くと、呟くように話す。
「それで古代人ネラーは、自らを『神』に造り変えようと。呆れ果てますね。思い上がりも甚だしい。驕れるにも、ほどがあるでしょう」
エリシスは苦笑いしながら口を開く。
「そして、驕れるネラーは、自ら滅びを招いた。・・・この地下神殿に封印されていた物。人間を『神』に造り変え、その悪意や欲望を遂行させる『意思ある魔道具』。それが、ダークエルフがここから持ち去った物」
リリーは、ハッとしてエリシスに告げる。
「エリシス! そんな凶悪な魔道具が、ここから持ち出されて現代の人間の手に渡ったら、未曽有宇の大惨事になりますよ!?」
エリシスは呆れたように答える。
「世界大戦といって人間同士が争っている場合じゃないわね。・・・人間、誰もがラインハルト陛下のような完璧超人で聖人君子という訳ではないわ。魔道具によって、地上は『神』を名乗る魔物達で溢れ、悪意と欲望のままに破壊と略奪の限りを尽くす。・・・まさに”神々の黄昏”の到来ね」
死者の魔導師は、口を挟む。
「恐れながら申し上げます。・・・直ちに皇帝陛下に御報告されるのがよろしいかと」
エリシスは、あっけらかんと死者の魔導師に答える。
「そうね。地上に戻りましょう」
三人は、再び軌道昇降機へ戻ると、地上へと戻って行った。