第四百四話 州都攻略戦(六)
アレク達三個小隊は、陣形を整えて隊列を組み、総督府前広場に集結中であった蛙人兵団を攻撃する。
アレクが攻撃命令を下す度に、蛙人兵団は容赦無く次々と斬り伏せられていく。
ロロトマシは、宙に浮かぶ鉄鍋に乗りながら蛙人達の間を後退していた。
「クソッ! 帝国騎士め! こっちは、まだ、陣形も取れていないというのに!」
後退中のロロトマシの右脇を稲妻が通り抜け、稲妻の直撃を受けた蛙人達はバタバタと倒れる。
ロロトマシは右側を向いて訝しむ。
「なんだ? 今のは?」
次の瞬間、今度はロロトマシの左脇で大爆発が起き、蛙人達の上に爆炎と火の粉が降り注ぐ。
「ギィイイイ!!」
「グガガガ!!」
火炎魔法の爆炎が直撃した蛙人達は黒焦げになって倒れていき、ロロトマシも火の粉を被る。
「ケェェーーーッ!!」
ロロトマシは、大きく口を開いて悲鳴を上げながら片方しかない目を見開き、両手で必死に身体から被った火の粉を払い落す。
ロロトマシは、火の粉を振り払い終えると呟く。
「雷撃魔法に、火炎魔法だと!? よりによって、魔導師までいるのか!?」
ナタリーとアンナは三個小隊の前衛の後ろで、空中に浮かびながら魔法で蛙人兵団を攻撃していた。
ナタリーは、口を開く。
「う~ん。ちょっと、外しちゃった」
隣のアンナも悔しそうに答える。
「惜しい! 私も外しちゃった。・・・まったく、あのボス蛙! 鍋に乗ってチョコマカと逃げ回って!」
再び蛙人兵団にナタリーの火炎魔法が炸裂すると、ロロトマシは怒り狂って叫ぶ。
「おのれ、ダークエルフめ! 帝国騎士が攻めて来ると知って、我らを捨て駒にしたな!?」
叫び終わったロロトマシは、ひと呼吸すると、蛙人兵団に命令を出す。
「ぐぬぅううぅ・・・退けぇ、退却だぁ! 全軍退却! 総員、街を捨てて北門から脱出しろ! 殿はワシがやる!」
族長であるロロトマシから退却命令を受けた蛙人兵団は、一斉に逃げ出し始める。
アルは、交戦している蛙人兵団が退却し始めた事に気付く。
「アレク! 蛙人が逃げ出し始めたぞ!!」
アレクは、アルの言葉を聞いて決断する。
「Angriff!!」
(突撃!!)
アレクの号令を合図に、三個小隊は盾を並べて整列していた陣形を一斉に崩し、退却し始めた蛙人兵団に白刃突撃を仕掛ける。
蛙人兵団が退却していく中、ロロトマシが前線に出て来てアレク達に対峙すると、アレク達に両手を向けて魔法を唱える。
「Åskguden som bori Balerdi och Elortalde」
(バレルディとエルロターデに住まう雷神よ)
ロロトマシの乗る鉄鍋の下の地面に一つ、頭上に五つの魔法陣が現れる。
「Blixten född ur stormen」
(嵐より生まれし雷よ)
「Kom från hans berg och samlas här!」
(彼の山々より来りて、ここに集え!)
ロロトマシの両手の先に魔法陣が現れ、空気中から集まった魔力が青白い巨大な球体を形作っていく。
「Bli åskans drake och krossa mina fiender!」
(雷の竜となりて、我が敵を打ち砕け!!)
「雷竜電撃!!」
魔力が集まって出来た青白い球体は、雷でできた竜のように形状を変えると、アレク達に襲い掛かる。
蛙人兵団に向かって突撃していく三個小隊の前に、鉄鍋に乗ったロロトマシが現れる。
アレク達前衛の後ろで空中に浮かぶナタリーとアンナは、その様子を見て訝しむ。
アンナは、黒髪のツインテールを揺らしながら口を開く。
「え? ボス蛙が前に出て来た?」
途端に五つの魔法陣がロロトマシの頭上に現れ、空気中から集まった魔力が青白い巨大な球体を形作っていく。
ロロトマシが詠唱する魔法によって集められた青白い魔力の球体と描かれた魔法陣の大きさと数に、ナタリーは肌にピリピリとしたものを感じる。
(第五位階魔法!? この魔力量!? ・・・いけない!)
ナタリーは手をかざして叫ぶ。
「させない! 魔力魔法防壁!!」
アレク達の前に魔力による青白い魔法の防壁が作られ、ロロトマシが放った第五位階魔法雷竜電撃と激突する。
目の前で二つの魔法がぶつかり合った事で、突撃していたアレク達は一瞬、足を止める。
ぶつかり合う二つの魔法は、魔力特有の青白いまばゆく輝く光と小さな稲妻を放ちながらアレク達の前でせめぎ合う。
ロロトマシは、第五位階魔法である雷竜電撃を放ち続けながら唸る。
「グゥウウウ・・・」
アンナは、隣で魔法を放ち続けてロロトマシと対峙するナタリーを心配する。
「・・・あのボス蛙の魔法、かなりの魔力よ!? 大丈夫?」
ナタリーは、額に汗をにじませながらアンナに答える。
「・・・平気よ。これくらい!」
四半時程、互いに魔法での力比べの様相となるが、ナタリーの魔力魔法防壁がロロトマシの雷竜電撃を防ぎ切り、雷でできた竜は魔力の青白い光と共に消えていく。
ロロトマシは、自分の切り札であった第五位階魔法『雷竜電撃』を防がれて怒り狂い、咆哮をあげる。
「おのれぇ! 小娘ぇえええ!」
ロロトマシは、右手で乗っている鉄鍋の中から抜き身の短刀を取り出して持つと、鉄鍋の高度を上げてアレク達の頭上を飛び越えながらナタリーに向かって斬り掛かっていく。
一瞬の出来事であったが、忍者であるルイーゼはロロトマシの挙動を見逃さなかった。
ルイーゼは強化弓に矢を番えると、三個小隊の前衛を飛び越えたロロトマシに向けて放つ。
ルイーゼの放った矢が音も無く飛んで行き、ロロトマシの短刀を持つ右手を貫く。
「グァアアアア!!」
ロロトマシは悲鳴を上げながら持っていた短刀を手放すと、鉄鍋の高度をヨタヨタと下げていく。
アルは持っていた斧槍を捨ててロロトマシのほうへ数歩走ると、トゥルムの方を向いて腰を落とし、膝の前で掌を上に向けて両手を組む。
「トゥルム! 今だ!」
「ウォォオオオオオ!!」
トゥルムは叫びながらアルに向かって走り出すと、アルが組んだ両手を踏み台にして飛び上がり、三叉槍を両手で握り、大きく振りかぶる。
アルはタイミングを合わせて、両手の上に足を乗せたトゥルムを持ち上げる。
「ロロトマァシ!!」
アルを踏み台にして飛び上がったトゥルムは、雄叫びを上げながらロロトマシに向けて三叉槍を振り下ろす。
トゥルムが両手で振り下ろした三叉槍の一撃が鉄鍋に乗ったロロトマシの顔面を捉える。
「グブゥ!!」
トゥルムが全力で放った一撃は、乗っていた鉄鍋ごとロロトマシを地上に叩き落とした。
地上に落ちたロロトマシは、必死に短い手足をバタバタと動かしながら、丸々と太った身体で転がって仰向けになる。
トゥルムは盾の裏側から二本の短槍を取り出すと、仰向けに転がるロロトマシの胸と腹に突き立てる。
「ロロトマシ! 父の仇! 取らせてもらうぞ!」
「グェエエエエエ!」
二本の短槍で身体を貫かれたロロトマシは、片方の目を見開きながら苦悶の嗚咽を漏らす。
「蜥蜴人ごときが・・・。我が一族、蛙人は滅びぬ。何度でも数を増やし、蘇る」
そう呟くと、ロロトマシは目を見開いて口を開いたまま絶命する。
アレク達は、ロロトマシの屍を見下ろしたまま立ち尽くすトゥルムの傍に集まる。
ドミトリーはトゥルムに告げる。
「見事だ。トゥルム」
トゥルムはドミトリーの言葉には答えず、見下ろしたままロロトマシの屍に語り掛ける。
「蛙人と蜥蜴人。どちらも卵性の亜人で大きな違いは無い。・・・私は士官学校で学び、人間や亜人の友人達に出会い、仲間と共に戦う事が出来た。・・・ロロトマシ。お前の敗因は、ダークエルフと組んで驕り、結局、一人で戦う羽目になった事だ。その違いだ」
ロロトマシを失った蛙人兵団は、総崩れとなって州都市街から敗走していった。




