第三百九十九話 州都攻略戦(一)
アレク達が夕食を終えた夜半、マイヨが率いるホラント独立義勇軍が集落に到着し、ジカイラは独立義勇軍を出迎えた。
--翌日。
アレク達の教導大隊と独立義勇軍は、州都の正門前まで数キロの地点まで進軍する。
地平線に浮かぶ属州ホラントの州都ライン・マース・スヘルデは、街の周囲を城壁を築いて囲んでおり、まさに都城といった風情であった。
前回は住民によって開かれていた州都の正門も、今回は蛙人達が閉じて正門前に木柵を立て並べ、防御陣地を築いて封鎖していた。
ジカイラとマイヨは、軍の先頭で望遠鏡を覗き、蛙人達が構築した防御陣地の様子を伺う。
マイヨは、覗いていた望遠鏡を副官のケーニッヒに渡してジカイラに尋ねる。
「なかなかに堅牢な防御陣地のようだ。黒い剣士殿、どう攻めるつもりだ?」
ジカイラも覗いていた望遠鏡を傍らのヒナに渡すとマイヨに答える。
「言ったろう? 正面から行くさ」
ジカイラはヒナに告げる。
「ヒナ。アレク、ルドルフ、フレデリクを呼んできてくれ」
「判ったわ」
程なくヒナに呼ばれたアレク達はジカイラの元を訪れる。
アレクは尋ねる。
「大佐、お呼びですか?」
独立義勇軍の手前、畏まるアレク達にジカイラは悪びれた素振りも見せず答える。
「ああ。今回の攻城戦は、お前達三個小隊が先陣だ。防御陣地と正門を突破したら、そのまま突撃して属州総督府を叩け。総督は逮捕しても殺しても構わん」
すかさずルドルフは尋ねる。
「大佐、本気ですか!? 防御陣地で固められた正門前には、二千人以上の蛙人の兵団が布陣しているんですよ!?」
ジカイラは真顔で答える。
「本気さ。・・・アレク。お前の小隊はストーンゴーレムが召喚できたな? アレを召喚して防御陣地と正門を叩け。正門周辺の蛙人達は、オレとヒナ、教導大隊の貴族組と一年生で抑える。侵攻速度がカギだ。お前達は、そのまま突撃しろ」
「了解しました」
ジカイラはアレクに微笑み掛けると、マイヨに告げる。
「マイヨ大尉。独立義勇軍は、オレ達が開いた突破口から州都へ突入して州都市内の要所を押さえてくれ」
「判った」
方針と役割分担が決まった事で、指揮官達はそれぞれ自分の部隊へと戻る。
アレクは、ユニコーン小隊の仲間達の元に戻ると、ジカイラの作戦を説明する。
アレクから『ストーンゴーレムを使う』という作戦内容を聞いたナディアとエルザは、大喜びしながら嬉々として、はしゃぐ。
エルザは、興奮して立ち上がると、両手でガッツポーズをしながらナディアに語り掛ける。
「ナディア! 聞いた!? 私達が全軍の先陣よ! 遂に私達の努力と実績が大佐に認められたのよ!」
ナディアも立ち上がって右手で拳を握り、興奮気味に答える。
「そうね! 気合い入れて行きましょう!」
アルは、はしゃいで興奮冷めやらぬ二人の様子を見てアレクに囁く。
「おいおいアレク。大佐は本気か? あの二人に先陣を切らせるなんて、街が大惨事になるんじゃないのか?」
アレクは、苦笑いしながら答える。
「まぁ・・・ジカイラ大佐からの命令だしね」
ルイーゼもアレクに不安げに告げる。
「・・・本当に大丈夫かしら?」
ナタリーも不安を口にする。
「・・・街の人達が無事だと良いけど」
トゥルムは、色々と考えを巡らせたようで、ゆっくりと語り出す。
「隊長。・・・巨大なストーンゴーレムは目立つ。街を防衛しているカスパニア軍や蛙人達の攻撃は、ストーンゴーレムに集中するだろう。その間に我々が総督府を突き、教導大隊が正門と蛙人を抑え、兵力のある独立義勇軍が街の要所を押さえる。・・・大佐の作戦は、意外に名案かもしれんぞ?」
ドミトリーもトゥルムに追従する。
「左様。拙僧も同じ考えだ。街を防衛しているカスパニア軍や蛙人達の兵力は、一万もおるまい? せいぜい七~八千人だ。対して独立義勇軍は五万人以上。防御陣地と正門さえ突破してしまえば、大軍による力押しでこちらが勝つだろう」
トゥルムとドミトリーの二人が述べた考察は、的を得たものであった。
教導大隊は、ユニコーン、グリフォン、フェンリルの三個小隊を先頭に陣形を組み直す。
不安げな表情のアレク、無表情のルドルフ、苦笑いするフレデリクの三人の小隊長達の前にナディアとエルザがやって来る。
アレクは二人に告げる。
「ストーンゴーレムは目立つ。敵の砲火が集中するだろうから、二人とも、気を付けて!」
エルザは、興奮冷めやらぬ様子でアレクに告げる。
「アレク! カスパニアをやっつけるから見ててね! 後でチューしてよ!」
アレクは、張り切るエルザに不安を隠せずにいると、ナディアがアレクの傍らにやって来て語り掛ける。
「エルザはともかく、私の事なら心配無いわ。任せて」
そう告げると、ナディアはアレクの頬に右手を添えてキスする。
すかさずエルザは、文句を言う。
「ああっ! ナディア、ズルい! 自分だけ、抜け駆けして! 私だって、アレクとキスしたいのに!」
いつもの二人の様子にアレクは思わずクスリと笑う。
ナディアは州都の方角へ少し歩くと、懐から呪符を取り出して地面に置き、片膝を付いて両手を地面に当て、召喚魔法を唱える。
「Я приказываю своему слуге по контракту с землей.」
(我、大地との契約に基づき、下僕に命じる!)
「Убирайся! Каменный гигант! !」
(出でよ! 石の巨兵!!)
ナディアの足元と呪符が置かれた地面に大きな魔法陣が現れ、ナディアの頭上にも一定間隔で六つの魔法陣が現れる。
ナディアは立ち上がると両手を空に向けて上げ、天を仰ぐ。
「Скалы, камни. Приди из мира призраков и прими форму. По моей воле.」
(岩よ、石よ! 幽世より来たりて、形を成せ! 我が意のままに!)
空中に浮き上がった呪符に地面から浮き出た石や岩が集まり、大きな人形を形作っていく。
やがて集まった石や岩は巨大なストーンゴーレムとなった。
出来上がったストーンゴーレムは、魔法陣の中で片膝を付いて主であるナディアを注視していた。
魔法陣の中でナディアが州都の方角を指差すと、ストーンゴーレムもナディアが指差す方向を向く。
ナディアは、ストーンゴーレムに命令を下す。
「Сокрушить моих врагов! Сдирать, Stepping давка!! Underway! продвигать! гигант!!」
(我が敵を粉砕せよ! 薙ぎ払い、踏みしだけ!! 突き進め! 石の巨兵よ!!)
ナディアが魔法の詠唱を終えると、魔法陣は光の粉となって空中に消えた。
ストーンゴーレムは、『承知した』と言わんばかりに両目を一度、大きく赤く輝かせると、州都の正門を目指して走り出した。