第三十八話 男爵領 中央部東側 開拓村 防衛戦(四)
警報が鳴り響く格納庫で、再び伝令が叫ぶ。
「敵だ! 鼠人の軍勢が攻めて来たぞ!」
格納庫の座席で眠っていたジカイラは直ぐに飛び起き、伝令に聞き返す。
「敵はどこだ!?」
伝令が答える。
「敵軍は、村の東側です!」
ジカイラは揚陸艇を降りると、村の東側の木壁にある物見櫓に登り、村の東側を見る。
開拓村の東側に広がる原野には、鼠人の軍勢が展開し、開拓村に迫っていた。
ジカイラは、彼我の戦力差を考える。
(・・・マズイな。教導大隊の戦力で、あの軍勢を防ぎきるのは難しい・・・)
ジカイラは、揚陸艇の前まで戻ると『村からの撤退』を視野に入れて指示を出す。
「第一中隊、第二中隊は、村の木壁と櫓で防衛に当たれ! 第三中隊は住民を揚陸艇に避難させろ! 機会を見てこの村から撤退する!」
揚陸艇から降りてきたヒナがジカイラに尋ねる。
「ジカさん、第四中隊はどうするの?」
「第四中隊は、オレに続け! ヒナ、お前も一緒に来い!」
「判ったわ!」
伝令達は、ジカイラからの指示を伝えるため、駆け足で各中隊に向かう。
連絡を受けたアレク達第四中隊が揚陸艇から降りて、ジカイラとヒナの前に集まる。
集まった第四中隊にジカイラが告げる。
「集まったな。 村の東側から敵軍が迫っている。我々は、住民達を連れて、機会を見てこの村から撤退する。オレとヒナ、第四中隊は、撤退準備が整うまで東門の外で時間を稼ぐ」
ジカイラからの指示内容に中隊がざわめく。
アルが呟く。
「撤退・・・」
トゥルムも口を開く。
「逃げるのか?」
ジカイラが口を開く。
「落ち着け! 教範どおりやれば問題無い! ・・・それじゃ、行くぞ! 第四中隊、続け!」
ジカイラ、ヒナ、アレク達第四中隊は、小走りで村の東側の原野に向かう。
ジカイラ達二人と第四中隊は、開拓村の大通りを通って村の東門を抜け、村に迫る鼠人の軍勢に対し、隊列を整えて身構える。
既にジカイラの指示を受けた第三中隊は住民の避難誘導を始め、両手に持てるだけの荷物を持った住民達が、続々と揚陸艇に乗り込んでいた。
ジカイラが傍らのヒナに話し掛ける。
「ヒナ、開幕の一撃に敵に魔法を叩き込め!」
「任せて!」
鼠人の軍勢が三百メートルほどまで近づき、ジカイラが指示を出す。
「第四中隊、構え! 抜刀!!」
ジカイラとアレク達、第四中隊は盾を構え、剣を抜いて構える。
一部の鼠人の部隊が弓矢を射掛けてくる。
粗末な鼠人の弓矢では、帝国騎士の盾を貫くことはできなかった。
盾に当たった矢は、乾いた音を立てて弾かれ、地面に落ちる。
鼠人の軍勢が第四中隊を目指して突撃してくる。
ジカイラがヒナに向かって叫ぶ。
「ヒナ! 今だ!」
ヒナは大きく頷くと両手を広げ、魔法の詠唱を始める。
「Manna, människans alla saker」
(万物の素なるマナよ)
「Loki och Anglebosas dotter」
(ロキとアングルボサの娘)
ヒナの足元に一つ、頭上に大きな魔法陣が等間隔で十個現れる。
「Isgudinna som styr de dödas land」
(死者の国を支配する氷の女神よ)
「Elysnil, isens prästinna, fryser för alltid」
(永遠に凍てつくエーリューズニル、氷の巫女よ)
「Nu är det dags för Lagunarok!!」
(今こそ神々の黄昏の時!!)
大きな十個の魔法陣は、ヒナが鼠人に向けてかざす両手の先に、前後に二つずつ、横一列に五個並んで位置取り、配置を変える。
「Kommer från Nivreheim」
(ニヴルヘイムより来たりて)
「Låna ut den makten till mig!!」
(その力を我に貸し与え給え!!)
「絶対零度氷結水晶監獄!!」
ヒナの両手の先に並ぶ、横一列に五個並んだ大きな魔法陣から鼠人達に向けて、五本の巨大な円筒状の白い柱が伸びて飛んでいく。
空気の断層によってできた巨大な円筒の柱は、絶対零度の凍気を内包するため、外周は氷結した霜で白く覆われていた。
ヒナが放つ魔法に、それを見た教導大隊の学生達は驚愕する。
「・・・第十位階魔法!?」
「凄い!!」
「・・・さすが『革命戦役の英雄』」
ヒナが放った第十位階魔法は、鼠人達の軍勢に命中する。
轟音と共に巨大な白い霜の球体ができ、一呼吸置いた後、その白い霜の球体は砕け散った。
五本の巨大な霜の円筒と白い霜の球体に捕らわれた鼠人達は、絶対零度の凍気によって一瞬のうちに凍りつき、その白い霜の球体と共に砕け散っていった。
生き残った鼠人達の軍勢は尚も突撃を続け、第四中隊と激突する。
第四中隊は帝国軍の歩兵戦術教範通り、隊列を組んで盾を並べて敵の攻撃を防ぎ、呼吸を合わせて一斉に攻撃する戦術を取っていた。
ジカイラが指示を出す。
「後列は、各個に援護しろ!」
ドミトリーがユニコーン小隊の前衛メンバーに支援魔法を掛ける。
「筋力強化!」
ナディアがアレク達に向けて手をかざし、召喚魔法を唱える。
「矢弾からの防御!」
緑色の淡い光がユニコーン小隊を包む。
ナディアが続ける。
「風の妖精の加護よ。これで矢は当たらないわ!」
タイミングを見計らって、ジカイラが攻撃命令を出す。
「Attacke!!」
(攻撃!!)
第四中隊の前列は、盾で相手を押し返すと一斉に鼠人達を攻撃する。
鼠人達の第一陣が崩れる。
隊列を組んで盾を構えたまま、アルが軽口を叩く。
「こりゃ、否応無しに『歩兵戦術』『歩兵戦闘』が上手くなるわな!」
アレクが冗談まじりに答える。
「事前に練習しておいて、正解だったね!」
トゥルムも答える。
「私としては好都合だ!」
エルザは、ご機嫌斜めであった。
「もっと、こう、簡単な、楽にやる方法は無いの!?」
開拓村の木壁や櫓から鼠人達に向けて無数の矢が射られ、当たった鼠人達が倒れていく。
第二陣、第三陣と鼠人達の軍勢と第四中隊が激突するが、いずれもアレク達第四中隊は撃破する。
再び、盾を構えたままアルが軽口を叩く。
「コレ、敵軍の撃破まで、いけるんじゃね?」
アレクが諭す。
「アル、油断するなよ!」
ルイーゼが叫ぶ。
「アレク! 屈んで!」
ルイーゼの言葉を聞いたアレクは、直ぐに屈む。
ルイーゼは、鼠人に向けて、弓に番えた矢を放つ。
ルイーゼの矢は、鼠人の喉を貫き、喉に矢を受けた鼠人は、仰向けに後ろに倒れた。
アレクが屈んだことで、鼠人達の軍勢の様子がルイーゼの目に映る。
鼠人達は、大型兵器を前線に引き出していた。
(あれは・・・!? まさか! 投石機!)
ルイーゼが叫ぶ。
「投石機よ!!」