第三百九十八話 夕食のひと時(二)
アレク達が話していると、幼い女の子の若い両親が現れる。
「すみません。娘がお邪魔しまして・・・」
「構わないさ」
謝罪する両親にアレクは穏やかに答えると、ドミトリーは両親に尋ねる。
「あの子は随分とお腹を空かせていたようだ。まさか、育ち盛りの幼子に食事をさせていない訳ではあるまい?・・・良かったら、訳を聞かせてくれないか?」
「実は・・・」
女の子の若い父親は、語り始めた。
ホラントは、カスパニアが属州に課している重税によって、集落が収穫する作物は殆んど属州総督府によって取り上げられていた。
世界大戦が始まると、属州総督府は世界大戦を口実に更に重税を課し、この集落だけに限らずホラントの民衆は日々の食事にも事欠く有り様であった。
重税を払えなければ人狩りに逮捕され、引き渡された奴隷商人によって奴隷として外国に売り飛ばされてしまうとの事であった。
若い父親は苦々しく続ける。
「この子には、お腹一杯食べさせてやりたいのですが、麦どころか、粟や稗でさえ、満足に食べることができず・・・」
話しを聞いたドミトリーは唸る。
「むぅ・・・。左様であったか」
ナディアは若い両親を食卓に招き、席に座らせる。
「貴方達も一緒にどうぞ」
「すみません・・・」
「ありがとうございます」
アルはアレクに尋ねる。
「ところで、粟や稗って何だ?」
アレクは首を傾げる。
「さぁ・・・?」
アレクとアルは、それぞれルイーゼとナタリーに尋ねるように目線を向けるが、ルイーゼとナタリーも首を横に振り、知らないようであった。
エルザは、ナディアとトゥルムに尋ねる。
「二人とも、知ってる?」
「いいえ・・・」
「私も聞いた事が無いな」
四人に限らず、蜥蜴人のトゥルム、獣人三世のエルザ、エルフのナディアも知らない様子であった。
「むぅ・・・。お前達は育ちが良さそうだからな。知らぬのも無理は無いか・・・。良い機会だ。拙僧が教えて進ぜよう」
ドミトリーは、粟や稗を知らない七人の様子を見て、呆れたように解説する。
「順番に話していくぞ・・・。皆が今、食べているこの白いパンは、世間では『白パン』と呼ばれるもので小麦で出来ている。帝国にはルードシュタットといった豊かな穀倉地帯があり、小麦はふんだんに収穫されているからな」
ドミトリーの解説に皆が頷くと、ドミトリーは解説を続ける。
「だが、諸外国では、基本的に白パンは貴族や金持ちが食べる物で、滅多に庶民の口には入らない。庶民が食べているのは、こっち。・・・黒パンだ。黒パンは、小麦より安価なライ麦で作られている。皆も野営訓練の時に食べただろう?」
再びドミトリーの解説に皆が頷くと、ドミトリーは解説を続ける。
「そして、庶民よりも貧しい貧民が食べているのがコーンブレッド。ライ麦より更に安価なトウモロコシで作られているパンだ。・・・諸外国では一般的だが、豊かな帝国では、コーンブレッドなど、よほど貧しい開拓民でもない限り、食べていないだろう」
アレクは素直に驚く。
「トウモロコシで作られているパンなんて、あったんだ・・・」
アルはドミトリーに尋ねる。
「それで、粟や稗って・・・?」
ドミトリーは、苦々しく吐き捨てるように答える。
「粟や稗というのは、雑穀と呼ばれている穀物だ。・・・帝国では雑穀を食べる者などいない! 家畜や鶏のエサだ!」
ドミトリーの解説を聞いたアレク達は、現実を知って強い衝撃を受ける。
ルイーゼは絶句する。
「そんな・・・」
ナタリーも言葉を失う。
「この集落の人達って、家畜のエサを食べていたってこと・・・?」
アルも顔を歪める。
「酷ぇな・・・」
トゥルムは、同情を口にする。
「こんな可愛い幼子に、家畜のエサしか食べさせる事ができなかったとは。・・・さぞ、辛かっただろう」
トゥルムの言葉に若い両親は無言で頷く。
エルザは、唇を噛むように結ぶと、無言で膝の上に抱く女の子の頭を撫でる。
ナディアは、流し目で集落の先にある属州総督府の方角へ目を向けると、皮肉を込めて呟く。
「ホラントの住民は重税を払えなければ、奴隷として外国に売り飛ばされる。・・・その一方で、総督達は、あの居城で、さぞ贅沢な暮らしをしている事でしょうね。・・・カスパニアの暴政、ここに極めり・・・ってところね」
食事を終え、皆の話を聞いていたアレクは、俯いたまま呟く。
「間違ってる。こんなの、絶対に間違っているだろう・・・」
ルイーゼは訝しんで、呟くアレクの顔を覗き込むように尋ねる。
「・・・アレク?」
アレクは皆の話を聞きながら、ホラントを属州として支配し暴政を敷くカスパニアに対して沸々と込み上げる義憤を募らせていた。
アレクは、突然、立ち上がると、小隊の仲間達に熱く胸の内を語る。
「麻薬を売った金で武器を買い揃え、奴隷を得るために外国を侵略する! 征服した地の住民に重税を課して、払えなければ奴隷にして外国に売り飛ばす! 総督達は贅沢をして、住民は家畜のエサしか食べられないなんて! こんなの、絶対に間違っているだろう!」
トゥルムは、熱弁を振るうアレクを諫める。
「隊長、落ち着け。カスパニアの麻薬貿易と奴隷貿易は、今に始まった事では無いだろう」
ドミトリーも、いきり立つアレクを諫める。
「隊長。拙僧は、『社会悪を許さない』という隊長のそういうところは好きだぞ。・・・だが、落ち着け。カスパニアとの戦は、まだまだこれからだ。冷静さを失ってはならん。万事、冷静にな」
ルイーゼは、こうなった時のアレクを『殺し文句』を使って諫める。
「アレク。世界大戦をやってる列強の王様達と、バレンシュテット帝国の皇帝陛下は違うのよ。それに、私達に出来る事は、限られているわ」
ルイーゼが口にした『殺し文句』で、アレクは冷静さを取り戻し、再び席に座る。
(・・・皇帝陛下。・・・父上)
アレクが席に座ると、程なくジカイラがヒナを連れてアレク達の食卓を訪れてくる。
ジカイラは口を開く。
「お? お前達、住民を招いて食事してたのか。・・・なかなか盛り上がっているようだな」
「大佐! お願いがあるのですが・・・」
アレクは、現れたジカイラに集落の実態を話し、困窮している集落へ教導大隊の食糧の提供を願い出る。
アレク自身は、これから長期戦になるであろう州都の攻城戦を控え、教導大隊の食糧の供与は難しいだろうと思っていたが、ジカイラはアレクからの嘆願を快諾する。
「構わないぞ。集落の人達に食糧配給しよう。夜の見張りは、戦闘していないセイレーン小隊に。集落の人々への食糧配給は、一年生達にやらせよう」
「ありがとうございます!」
御礼と共にアレクがジカイラに深々と頭を下げると、小隊の仲間達も笑顔を見せる。
ヒナは、ジカイラを問い質す。
「ジカさん、集落への食糧配給なんて大丈夫なの? これから攻城戦があるのよ?」
ジカイラは悪びれた素振りも見せず答える。
「問題無い。この集落は、攻城戦の際の補給拠点にちょうど良い位置にある。オレからラインハルトに補給部隊をここに寄越す様にフクロウ便で知らせておくさ」
「そういう事ね」
ジカイラの答えに、ヒナは納得したようであった。
「それに・・・」
「それに?」
「州都の攻城戦を長引かせるつもりは無い。カスパニア相手に手加減は無用だと思わないか?」
歪んだ笑みを浮かべてヒナにそう告げたジカイラの目には、凶悪な光が宿っていた。




