第三百九十六話 パズル・ボックス
--カスパニア属州ホラント 州都ライン・マース・スヘルデ 近郊の森
ダークエルフの魔法騎士シグマ・アイゼナハトは、属州総督府のあるライン・マース・スヘルデ郊外の森の中にいた。
森の奥の開けた場所に禍々しい魔法陣が描かれた呪符が張られ、呪符は、その周囲二十メートルほどの範囲に拡大した魔法陣を怪しげな光で描いていた。
描かれた魔法陣の中にキラキラと輝く池がある。
『混沌の泉』と呼ばれる泉であった。
ダークエルフの魔法騎士シグマ・アイゼナハトは、『混沌の泉』の傍らに立っていた。
森の中からゆっくりと三体の蛙人達が現れる。
両脇に二体の蛙人従える中央の蛙人は、空を飛ぶ大きな鉄鍋に乗り、太ったガマガエルのような姿であり、その右眼には大きな傷跡があり、潰れていた。
蛙人の族長ロロトマシであった。
ロロトマシは、シグマの腰の高さまで乗っている鉄鍋を浮かび上がらせ、座っている自分の両膝の上に手を置き、シグマに頭を下げる。
「シグマ様。州都近くの集落に『黒い剣士』が現れ、集落が反乱軍に制圧されたとの事です」
シグマは、ロロトマシを侮蔑した目線で見下しながら告げる。
「ほう? 『黒い剣士』が? ・・・そうか」
シグマが魔法陣が描かれた呪符に手をかざしてエルフ語で魔法を唱えると、そこにあった『混沌の泉』が描かれている魔法陣の中に消えていき、魔法陣も消えていく。
混沌の泉が消えて無くなった事にロロトマシは驚く。
「シグマ様!? 『混沌の泉』が?」
シグマは、魔法陣が消えた呪符を懐に仕舞うと、歪んだ笑みを浮かべる。
「『蛙人兵団五千人』。それが総督との約束だ。この地に蛙人は、これ以上必要無い」
ロロトマシは尋ねる。
「では、我々はどうすれば?」
シグマは答える。
「『黒い剣士』の件、総督には私から伝える。お前達は州都の防備を固めろ」
宙に浮かんだ鉄鍋に乗ったまま、ロロトマシはシグマに深々と頭を下げる。
「畏まりました」
--半時後。カスパニア属州ホラント 州都ライン・マース・スヘルデ 属州総督府
ダークエルフの魔法騎士シグマ・アイゼナハトは、集落での出来事を知らせるべく、属州総督府の総督アルベルト・ラーセンのいる執務室を訪れる。
シグマは口を開く。
「総督。州都近くの集落が反乱軍の手に落ちたぞ」
アルベルト・ラーセンはシグマの言葉に驚愕する。
「なんだと!?」
「クックックッ。ここに反乱軍が迫るのも時間の問題だな」
アルベルト・ラーセンは狼狽しながら懇願する。
「た、頼む! シグマ、助けてくれ! 帝国海軍の海上封鎖で本国から補給物資も来ないのだ! 反乱軍に捕まれば、ワシは殺される! 処刑されるのだ! 頼む! 助けてくれ!」
シグマは鼻で笑うと、歪んだ笑みを浮かべる。
「フッ・・・。条件次第だな」
アルベルト・ラーセンは、引き出しから鍵を取り出すと、両手でシグマの手に鍵を握らせる。
「これは?」
「この城の宝物庫の鍵だ! そこにある金貨を全部やる! だから、頼む! 助けてくれ!」
「ほぅ・・・?」
総督の態度と言葉にシグマは目を細め、考える素振りを見せる。
「食人鬼が十体、それと・・・」
そこまで呟くと、シグマは懐から金色の小箱を取り出して、総督の机の上に置く。
「これだ」
アルベルト・ラーセンは、シグマが置いた握り拳大の大きさをした正方形の小箱を見詰めながら訝しむ。
「これは?」
シグマはおもむろに告げる。
「パズル・ボックスだ」
「パズル・ボックス?」
小箱を眺めながら小首を傾げる総督に、シグマは得意気に語りだす。
「このパズル・ボックスには、古代の魔物が封印されている。パズルを解いて封印を解くが良い。魔物の依代となる生け贄が必要だが、反乱軍を蹴散らすくらい簡単にやってくれるだろう」
「依代? 魔物を使役するには、生贄が必要なのか?」
「そうだ。封印されている魔物は、極めて強力でパズル・ボックスの近くにいる人間に憑依する。もっとも、自分自身に魔物を憑依させても構わないが、私のいない所でやってくれ。私は、カスパニア軍と反乱軍の戦いに巻き込まれるつもりは無い」
アルベルト・ラーセンは、シグマの言葉に目を輝かせる。
「おぉ、そうか! すまん! 助かる! シグマ、恩に着る! 恩に着るぞ!! ・・・反乱軍を蹴散らした暁には、お前に勲章を賜るよう国王陛下に奏上しようぞ!」
総督の態度を見たシグマは鼻で笑う。
「フッ・・・。勲章など不用だ。対価は頂いたからな」
「そうか、感謝するぞ!」
シグマは、嬉々とした笑顔を見せるアルベルト・ラーセンを侮蔑した目線で一瞥すると、総督の執務室を後にする。
執務室から通路に出たシグマは、歩きながら宝物庫の鍵を手にして呟く。
「いるか?」
「ハッ!」
三人のダークエルフの従者がシグマの背後に現れる。
シグマは現れた従者の一人に宝物庫の鍵を渡す。
「この城の宝物庫の鍵だ。・・・金目のものは全部頂け」
「判りました」
シグマは別の従者に告げる。
「食人鬼を十体用意して、総督に引き渡せ」
「畏まりました」
シグマは、残る従者の一人を伴い属州総督府を出る。
歪んだ笑みを浮かべたまま、シグマは呟く。
「クックックッ。愚かな人間ども。・・・我らは、カスパニアが勝とうと、負けようと、どうでも良いのだよ」