第三百九十三話 集落での戦闘(一)
先陣を切るルイーゼが集落の大通りに突入すると、目の前で鋤を持った村人と蛙人が戦闘していた。
蛙人が振り上げた棍棒を村人に向けて振り下ろすと、村人は鋤で棍棒の一撃を受け止め、二人はそのまま互いに力比べのように押し合う。
ルイーゼは走りながら両手に装備している鉤爪の留め金を外して四本のミスリルの刃を伸ばすと、村人と蛙人の戦闘を観察する。
(・・・蛙人。棍棒に木の盾。皮の鎧か、鉄の胸当て)
(武器も防具も、粗末なものばかり。・・・腕力はありそうだが、動きは鈍い)
(戦闘経験のある基本職、戦士相当。戦力的に中堅職まで・・・は、いかないか)
潜伏して気配を殺しているルイーゼは、誰からも発見される事無く、村人と押し合う蛙人の背後に回り込むと、左手の鉤爪の一撃を蛙人の後頭部に叩き込む。
ルイーゼの鉤爪の四本のミスリルの刃が蛙人の後頭部を貫く。
「ポエッ!?」
後頭部を鉤爪に貫かれた蛙人が口を大きく開くと、蛙人の開いた口から鉤爪の四本の刃先が現れる。
村人は、鋤と棍棒で力比べのように押し合っていた蛙人が、突然絶命して口を開けたまま、その場に崩れ落ちた事に驚く。
「えっ!?」
ルイーゼは、攻撃した蛙人を仕留めた事を確認すると、次の標的の蛙人に向かって走り出す。
鋤を持った村人は、偶然、走り去るルイーゼの姿を一瞬だけ認識する。
「・・・女の子? ・・・って、おい??」
次の瞬間、村人の視界からルイーゼの姿は消えていた。
ルイーゼは乱戦を駆け抜けながら、次々と蛙人を仕留めていく。
ナディアは、ルイーゼの後を追い掛けながら、その動きを見ていた。
(乱戦の中でも敵の位置を正確に把握)
(気付かれる事無く接近して一撃で仕留める)
(流石ね。普通の人は、ルイーゼの動きを追う事さえ、できないでしょうけど)
(そう・・・、普通の人間にはね)
ルイーゼの動きを目で追っていたナディアは、エルフである自分を自嘲するように微笑むと、蛙人に目を向ける。
(・・・蛙人)
(あの、焦点の合っていない、どこを見ているのか判らない、うつろな目が嫌ね)
蛙人達は、潜伏しているルイーゼの存在を認識する事は出来なかったが、ルイーゼの後を追うように続いて走るナディアの存在を認識する。
「グエッ!? ゲッ! ゲッ!」
蛙人の一人が棍棒を振り上げてナディアに襲い掛かる。
走っていたナディアは立ち止まると、軽く後ろに飛び退いて蛙人が振り下ろしてきた棍棒の一撃を避ける。
「・・・っと!!」
棍棒を振り下ろした蛙人は、更に棍棒を水平に払う。
ナディアは、大きく両脚を開いて姿勢を低く下げて棍棒の払いを躱すと、レイピアを抜いて間合いを詰め、蛙人を斬りつける。
すれ違いざまにナディアのレイピアの切先が蛙人の脇腹を斬り裂く。
「ケェーーッ!!」
斬られた蛙人は、棍棒を捨てて両手で傷を押さえ、叫びながら両膝を着く。
別の蛙人が棍棒を振り上げてナディアに襲い掛かる。
ナディアは、襲い掛かって来た蛙人に向けて手をかざし魔法を唱える。
「戦乙女の戦槍!!」
ナディアの手の先に三つの光の球体が現れると、それは三本の光の矢に形を変えて蛙人に目掛けて飛んでいき、その胸を貫く。
三本の光の矢に胸を貫かれた蛙人は、絶命して仰向けに倒れた。
「ゲッ! ゲッ! ゲッ! ゲッ!!」
更に別の蛙人が棍棒を振り上げ、後ろからナディアに襲い掛かる。
ナディアは大きく身体を捻ると、蛙人に向けて後ろ回し蹴りを放つ。
布鎧の裾が開け、ナディアが身に付けている黒い下着が顕になる。
ナディアの右足が蛙人の顎を捕らえ、鈍い音を上げて炸裂する。
「グエッ!!」
嗚咽と共に蛙人は両手両足を広げて仰向けで後ろに倒れる。
蛙人が仰向けで後ろに倒れ、戦闘が一段落したところでエルザがナディアに追い付いてくる。
エルザはナディアに尋ねる。
「ナディア! 無事!?」
「無事よ」
そう答えると、ナディアは仰向けにひっくり返ってノビている蛙人を見下しながら、開けていた布鎧の裾を直す。
「・・・蛙にサービスするつもりは無いわ。私は高いのよ」
ナディアの落ち着いた様子を見たエルザは口を開く。
「よぉ~し! エルザちゃんも活躍しないとね!」
エルザは両手剣を構えて周囲を見回すと、村人の叫び声が聞こえてくる。
「くそっ! こっちに来るな! 来るなぁ!」
エルザが叫び声の方へ眼を向けると、叫びながら鎌を振り回して二体の蛙人を追い払おうとしている若い男の姿が目に入る。
男の影で二人の子供を抱えて屈んでいる女性。二人の子供達は、恐怖で母親であろう女性にしがみついていた。
「おりゃあああああ!!」
エルザは、雄叫びを上げながら二体の蛙人へ駆け寄ると、蛙人の一体に向けて大上段に構えた両手剣を一気に振り下ろす。
エルザが振り下ろした両手剣は、鈍い音を上げながら蛙人の頭部を叩き割り、胸のあたりまで一気に切り裂く。
「クェックェッ!? ゲッ、ゲッ!!」
もう一体の蛙人は、突然現れたエルザに驚いて後退り、棍棒と木盾を構える。
エルザが斬り倒した蛙人の死体から両手剣を引き抜いている姿を見て、蛙人は棍棒を振り上げてエルザに襲い掛かる。
「ケェーッ!!」
「おっと!」
エルザは引き抜いた両手剣で棍棒の一撃を受けると、両手剣を水平に振り払う。
蛙人は木盾でエルザの両手剣の一撃を防ぐ。
木盾が乾いた音を立ててエルザの一撃を防いだ、次の瞬間、蛙人は口を開け、エルザの顔に向けて、もの凄い速さで舌を伸ばしてくる。
「くっ!?」
エルザは大きく身体を反らして蛙人の口から伸びてきた舌の一撃を躱すと、そのまま身体を捻って、左足で後ろ回し蹴りを放つ。
獣人ならではの敏捷性と柔軟性を活かしたエルザの攻撃であった。
エルザの左足のかかとが蛙人の側頭部を捉えて炸裂する。
「グギィッ!?」
エルザの後ろ回し蹴りを食らった蛙人は、身体のバランスを崩して二歩三歩とよろける。
「はぁあああっ!!」
エルザは、よろけた蛙人に向けて両手剣の突きを放つ。
エルザの両手剣は鈍い音と共に蛙人の皮鎧ごと腹部を貫くと、その背中から突き抜けた剣先が現れる。
エルザは、絶命した蛙人の身体を足で踏み付けながら、貫通した両手剣を蛙人の身体から引き抜く。
エルザに助けられた若い男は、鎌を手にしたまま、その場にへたり込んで呟く。
「た、助かった・・・」
二人の子供を抱えたまま、女性もへなへなとその場に座り込む。
女性に抱き抱えられていた子供の一人は、エルザを見て叫ぶ。
「お姉ちゃん、すごーい!!」
エルザは女性と子供達に向けて笑顔を見せると、片目を瞑って答える。
「すごいでしょ?」