第三百九十話 作戦会議
--帝国海軍大演習、当日
帝国海軍は、予定通りにホラント沖に展開し、艦隊毎に陣形を組んで艦隊機動演習を行っていた。
ラインハルト夫妻とジーク達はニーベルンゲンの皇帝専用室から、海上で行われている演習の様子を眺める。
一糸乱れぬ陣形を保ちながら艦隊行動をとる帝国海軍は、皇帝ラインハルトの眼前に、その高い練度を示していた。
十七年前の革命戦役、そしてトラキア戦役、北方動乱といった近年に起きた戦乱でも、華々しく活躍したのは帝国地上軍(正しくは四個方面軍)であり、出番の無かった帝国海軍としては、何とか国内外に自分達の存在を誇示する機会を求めていたのであった。
「なかなかやるではないか。見事な陣形だ」
帝国海軍の高い練度にラインハルトは上機嫌で微笑んでいると、皇帝専用室の片隅に転移門が出現する。
転移門から現れたのは、帝国南部方面軍と帝国不死兵団を率いるエリシス伯爵と、その副官のリリーであった。
二人はラインハルトの前に跪くと、エリシスが口を開く。
「恐れ入ります! 陛下! 火急の報告があり、参上致しました!」
ラインハルトは跪く二人に尋ねる。
「エリシス、どうした?」
エリシスは答える。
「帝国が保護下に置いている空中都市イル・ラヴァーリがダークエルフの軍勢の襲撃を受けました!」
その場にいる者達は、エリシスの言葉に驚く。
ラインハルトは問い質す。
「ダークエルフの軍勢が!?」
「はい」
ラインハルト達がいる属州ホラント沖は、帝国領北西端の先であり、空中都市イル・ラヴァーリは帝国領南東端の更に先、南大洋の果てに位置している。
広大なバレンシュテット帝国領を挟んだ反対側にダークエルフの軍勢が現れた事は、ラインハルトの想定外であった。
「帝国四魔将を招集する! 魔法科学省長官と情報局長も呼べ! ナナイ、皇宮へ戻るぞ!! ・・・ジーク、後は任せる」
「ハッ! お任せ下さい!」
力強く答えるジークに、思わずラインハルトは笑顔で答える。
「・・・頼もしいな」
そう告げると、ラインハルトはナナイを連れてエリシス達と共に転移門を通って皇宮へと戻って行った。
--カスパニア属州ホラント ゾイト・ホラント 白き風亭
野戦指揮所のような納屋の二階<ホラント独立派司令部>にホラント独立派の志士達と、帝国から派遣されたアレク達教導大隊、ジカイラとヒナが集まり、作戦会議が開かれる。
ホラント王国親衛隊のケーニッヒ少尉が壁にホラントの大きな地図を張り出す。
リシーはホラントの地図を指し示しながら現在の戦況を説明し始める。
「奴隷市場があった『スフラー・フェン・ハーフェン』。強制収容所が存在した『メストレーヒ』。カスパニア軍の物資集積地であった『ヘメーンテ・デルフト』。・・・この主要な三都市は、我らホラント独立派が制圧致しました。しかし・・・」
リシーは続ける。
「ホラントの州都であり、属州総督府のある『ライン・マース・スヘルデ』。ここには強力な蛙人兵団五千人によって守られており、包囲こそしておりますが、制圧には至っておりません」
ジカイラは尋ねる。
「独立派が包囲しているなら、カスパニア軍は補給が続かず、時期に陥落するんじゃないのか?」
マイヨは答える。
「カスパニアは、海路でライン・マース・スヘルデへ補給を行っているのです」
ジカイラは笑いを漏らす。
「くっくっくっ・・・なるほどな。カスパニアは、ライン・マース・スヘルデに海路で補給しているから、あれほど帝国海軍の大演習に猛反発してきた訳だ」
ヒナは続く。
「ジカさん、どういうこと?」
ジカイラは説明する。
「帝国海軍の大演習は、事実上のホラントの海上封鎖だ。・・・カスパニアの奴らは、海路でライン・マース・スヘルデへ補給できなくなったって事さ」
アレクは尋ねる。
「それなら、このまま包囲を続ければ・・・」
ジカイラは答える。
「帝国海軍の大演習、・・・事実上の海上封鎖も、ライン・マース・スヘルデが干上がって陥落するまで、何か月も続けられる事じゃない。大演習で補給が受けられず、カスパニア軍が弱体化している間に、あの街を攻略するしかないな」
「なるほど・・・」
ジカイラの答えにアレク達も、その場にいる者も納得したようであった。
マイヨは尋ねる。
「それで、黒い剣士殿。どうやって、あの州都を攻略するつもりなのだ?」
ジカイラは不敵な笑みを見せる。
「小細工は要らない。正面から叩くさ」
ケーニッヒは口を開く。
「蛙人兵団五千人によって守られている州都を正面から叩くと!?」
「その通りだ。オレ達、教導大隊が先陣を切る。義勇軍は後に続いてくれれば良い」
リシーは答える。
「判りました」