第三百七十一話 トラキア離宮凱旋式
-- バレンシュテット帝国とソユット帝国の和議成立から一週間後。
帝国政府広報であるツァンダレイ市内の壁新聞に『国境紛争勝利』の記事が貼り出されていた。
壁新聞の記事の概要は、以下のようなものであった。
『皇太子ジークフリード殿下に率いられたトラキア兵団は、敵地に攻め込んでソユット帝国軍を撃破。戦艦四隻と輸送船多数を撃沈。
越境してきた敵二個部隊のうち、一部隊は帝国魔界兵団が撃破。もう一部隊は、帝国竜騎兵団が撤退させた』
今回の『国境紛争での勝利』は、トラキア人達が抱えていたトラキア戦役での『敗戦の記憶』を、ソユット帝国との紛争に『勝利した記憶』で上書きするものであった。
記事には、トラキアを治めている皇太子ジークと、自分達と同じトラキア人からなるトラキア兵団の活躍が書かれており、凱旋式が開催される当日、市民達は狂喜して大通りに繰り出し、ツァンダレイ市内はお祭り騒ぎとなる。
--凱旋式 当日
トラキアの州都ツァンダレイは、熱気に包まれていた。
街の東門の周囲には、まだ戦闘の後が残っているものの、早朝から街の至るところで凱旋式の準備が進められていた。
大通りには一定の間隔で帝国旗が掲げられ、通りに面した店では、軒先でビアガーデンの席や露店の準備にせわしなく取り掛かっていた。
凱旋式のパレードのため、ジークとアストリッド、トラキア兵団、帝国軍の四個兵団は、凱旋パレードのため州都ツァンダレイ郊外にいた。
先頭の第一列は、白馬に乗るジークがアストリッドと並び、トラキアの諸侯達とトラキア兵団が後に並ぶ。
続く第二列に、ジカイラ大佐とヒナ少佐を先頭にアレク達教導大隊が隊列を組んで並ぶ。
第三列がアキックス伯爵とソフィアが率いる帝国竜騎兵団。
第四列にナナシ伯爵が率いる帝国魔界兵団。
第五列にエリシス伯爵が率いる帝国不死兵団。
第六列にヒマジン伯爵が率いる帝国機甲兵団が並ぶ。
最後尾は、荷馬車の荷台に作られた柱に括りつけた巨人兵の遺骸と、鉄檻に入れられたソユット軍捕虜達であった。
開始時刻になり凱旋式パレードが始まる。
軍楽隊が先導し、パレードの隊列は街の大通りへ向けて、ゆっくりと正門へと進む。
隊列が入口の門をくぐると、門の上と街の建物の二階の窓から撒かれたであろう、空を舞う無数の紙吹雪と花びら、大きな拍手と歓声がパレードの隊列を迎える。
沿道には、トラキアに勝利をもたらした英雄達を「ひと目見よう」と大勢の人が溢れ返りひしめき合っていた。
街の大通りには帝国軍兵士が一定間隔で並び、パレードの隊列が通れるように規制していた。
「帝国、万歳!!」
「帝国、万歳!!」
「勝利、万歳!!」
「勝利、万歳!!」
熱狂的に喝采を贈る沿道のツァンダレイ市民達に、白馬に乗って皇太子の礼装に身を包んだジークは右手をかざして応え、ジークの隣で軍服姿のアストリッドも笑顔で観衆に手を振って応える。
二人に続くトラキア諸侯達も笑顔で観衆に手を振って応えていた。
トラキア兵団に続いてジカイラとヒナ、教導大隊の隊列が続く。
ジカイラは、紙吹雪と花びらの舞う、晴れた青空を眩しそうに目を細めて見上げながら、傍らで教導大隊の軍旗を持つヒナに話し掛ける。
「まさかトラキアで凱旋式をやるとはな。・・・オレ達がこうやって、パレードに出るのも何回目だ?」
「十七年前の凱旋式と帝都入場式、そして、トラキア戦役の出陣式と凱旋式、今回の凱旋式で五回目ね」
ジカイラはヒナに笑顔を見せる。
「ふふ。・・・何回でも悪くねぇな。『英雄』ってのは」
ヒナも笑顔で答える。
「そうね」
アレク達の教導大隊も小隊毎に隊列を組んでジカイラとヒナに続いて行進する。
ルイーゼはアレクに話し掛ける。
「見て! アレク! トラキアの人々が!!」
アレクも、帝都とは異なる黒目黒髪のトラキア人達が沿道に大勢集まっている事に驚く。
「・・・凄い」
アルは、周囲を眺めながら軽口を開く。
「フッ・・・。我こそは、帝国無宿人、黒い剣士ジカイラが一子、アルフォンス・オブストラクト・ジカイラ・ジュニア、ここにありってな!」
ナタリーはアルに微笑み掛ける。
「アル、一騎打ちで敵の巨人をやっつけたもんね!」
アルは笑顔で答える。
「まぁね」
アキックス伯爵と皇太子正妃ソフィアは、オープンタイプの馬車に乗って帝国竜騎兵団の先頭を進んでいた。
二人が乗る馬車の後ろに竜槍を掲げた竜騎士達が隊列を組んで行進する。
ソフィアは、自分がジークの隣にいない事に不満であり、むくれていた。
アキックスはむくれているソフィアに話し掛ける。
「ソフィア。歓迎してくれる観衆に答えてあげなさい」
ソフィアは、むくれ気味に答える。
「ジーク様の隣は、正妃である私の席です。・・・トラキア人など。放っておけば良いのです」
アキックスはソフィアを諭す。
「・・・お前は身重なのだ。馬などに乗って、万が一があったらどうする? 殿下を悲しませるつもりか? ・・・キズナで大人しく自重しろと言われていたのに、飛竜に乗ってトラキアまでついてきた挙句、全く困ったものだ」
ツァンダレイの大通りの上空を古代竜王シュタインベルガーと飛竜に乗った竜騎兵団が編隊を組んで観覧飛行していく。
帝国竜騎兵団の隊列に続いて、帝国魔界兵団の隊列が続く。
ナナシ伯爵もオープンタイプの馬車に乗り、左右に二体の淫魔を座らせていた。
ナナシは、傍らの淫魔達に熱く語る。
「見よ! この熱狂するトラキアの群衆を! ・・・この歓声! この熱気! ・・・見事だ! 皇太子殿下! ・・・今や帝国とトラキアは、一体になっている! もはや、トラキアは外地ではなく、帝国本土の一部になったとも言える」
ナナシの言葉に二体の淫魔は、互いに顔を見合わせると小首を傾げる。
ナナシは続ける。
「・・・お前達は理解しなくて良い。群衆に手を振って答えてやれば良い。それで群衆は喜ぶのだから」
ナナシに言われた通り、二体の淫魔は、笑顔で群衆に手を振って答える。
ナナシの乗る馬車の後ろを上位悪魔と下等悪魔が隊列を組んで行進する。
帝国魔界兵団が行進する大通りの上空を魔神マイルフィックと上位悪魔、下等悪魔が編隊を組んで観覧飛行していく。
帝国魔界兵団の後に帝国不死兵団が続く。
エリシス伯爵とリリーは、小さな砦ほどの大きさもある車輪の付いた巨大な輿に乗って帝国不死兵団の先頭を進む。
輿には、五メートルほどの高さの位置にある、玉座を模した椅子に座る軍服姿のエリシスと、その傍らに軍服姿で立つリリーが控え、車輪の付いた輿を何体もの巨人の動死体が押し進める。
エリシスは呟く。
「・・・出番が無かったのに戦勝パレードを行進するってのも、気が引けるわね。リリー」
リリーは答える。
「帝国の威信をトラキア人達に示すためですよ。エリシス」
エリシスは、ため息交じりに答える。
「それは判っているわ」
エリシスとリリーの乗る腰の後を四体の竜の動死体が続き、骸骨騎士や死の騎士などの不死者が隊列を組んで後に続く。
帝国不死兵団に続いて、帝国機甲兵団が続く。
帝国機甲兵団を率いるヒマジンは、先頭の蒸気戦車のハッチから上半身を出してパレードを眺めると、ため息を吐く。
「はぁ・・・」
(遅刻して出番なし。それでいて、戦勝パレードに参加とは。・・・さすがにバツが悪いな)
蒸気戦車の隊列に、新装備である蒸気輸送車と、その蒸気輸送車に牽引された重砲の隊列が続く。
最後尾は、巨人兵の遺骸と鉄檻に入れられた捕虜の車列であった。
やがてパレードの隊列は、トラキア離宮前広場に到着する。
トラキア離宮前広場に仮設で作られた壇上では、皇帝ラインハルト、皇妃ナナイ、帝国魔法科学省長官ハリッシュ夫妻、第三妃フェリシア、第四妃カリンを始め、帝国政府の要人達が並び立ちパレードの諸将を出迎える。
トラキア兵団を率いたジークとアストリッドは馬から降りて壇上に上り、皇帝ラインハルトに戦勝を報告する。
次に叙勲式が始まる。
トラキア兵団のジャダラン王とメルキト王、そして教導大隊を率いてソユット軍の別部隊を壊滅させたジカイラとヒナ、アレク達平民組の二年生達が壇上に呼ばれる。
皇帝であるラインハルトから、一列に並んだ面々に順番に『帝国騎士十字章』が叙勲されていく。
叙勲が終わると、皇帝ラインハルトから皇太子ジークのトラキア統治の補佐役としてジャダラン王とメルキト王を子爵から伯爵に※陞爵することと、バレンシュテット帝国の軍政改編と帝国四魔将を新たに他の伯爵家より上位に位置する『辺境伯』として叙勲することが発表された。
(※陞爵:爵位が上がること)




